〘四十五番星〙猜疑




「……来る、五時の方向!」


敵の気配を感じ取った凛の警鐘とほぼ同時に、斧を構えたアルジュンが前へ飛び出した。


魔力を纏った戦斧は地震を模した強力な範囲攻撃を繰り出し、敵チームの前衛を叩き伏せる。


しかし、その隙にアルジュン目掛け敵の遠距離攻撃が飛来する――――






――――数分前。



「はぁ?尚更分かんなくね、同じ実力同士で争ったって意味ねえじゃん!」


行き当たりばったりで物を言っているようにしか思えない例の男に憤るアルジュンと、ますます分からなくなったと考え込むマチュー。


「学校はどんな力を求めているのかしら…」


ローズマリーのふとした疑問にマチューが反応する。

「皆、一次試験での成績を教えてくれないか」



彼の言葉の含蓄を読み取れない三人は少々顔を見合わせてから、「優勝」「優勝者と一回戦で当たってしまい僅差で負け、敗者戦で一位を獲得した」「決勝で敗れ、その後は右に同じ」ということを順に述べた。



その情報からマチューは「順位や結果よりも能力が評価されている」という結論にたどり着く。



――――つまり、学校は単純な勝敗に興味があるわけではない。



「同じだけの戦力を持っている敵チームに勝つ方法って…!」


どうやらマチューと同様の結論に至ったらしい凛に、彼は頷き口を開いた。




「ああ。EMAがワタシたちに求めているものとは――――」












 敵チームの後衛術師による雷電がアルジュンを襲う寸前、稲光は鋭角に進路を変え、少年ではなく天井に直撃する。


「全く。勝算があるからと言って前に出すぎだ」


マチューの光を操作する術により、雷をやや強引に逸らしたのだ。



そして一部の脆弱な石が崩壊し、敵に降りかかろうとするが、彼らも何とか防御する。



「…ふふ、そういうことねマチュー!」


ローズマリーの水により急成長した植物たちが、防御に気を取られている敵の手足を縛りあげた。



「なにこの蔦…ッ! ちょっとアンタ、早く燃やしなさいよ!!」


「させないよ」


その隙に凛は氷塊を飛ばし敵の手首に命中させ、魔杖を手放させた。





集団戦において攻撃範囲の広さはとてつもないアドバンテージである。


魔術ユニットを失ったことで遠距離攻撃の脅威度が下がった今――前衛が突き進む道に敵なし。



「トライアルスコア、いただき!」



軽快な身のこなし。

あっという間にアルジュンがスコアの鉱石を奪って見せた。









「この調子でゴール出来れば恐らく合格だ。皆走れ!」


このチームは自分の幻影魔術でしばらく足止め出来るので気にせず行こう、というマチューの呼びかけにより、三人は駆け出した。





「それにしても、まさかこの試験の鍵が『味方との協力』だったなんてね!」



同程度の能力値を持つチーム同士で競うこの試験において重要なのは、「全員の力を足し算ではなくいかに掛け算するか」であった。


それが出来れば謎解きの試練で知識を出し合うだけでなく、この最終フェーズにおける戦いも切り抜けられるのだ。




「――――私、今までずっと『自分に力があって全部何とかするのが一番だ』って思ってた」


走りながら凛は言う。


「皆がいなければ気づけなかった。……ありがとう」




無条件で信じられる仲間というものを知らない凛にとって、自分自身が強くあることのみが問題への解決策だった。


しかし今回、合格という同じ志を全員が持っていることによる団結は疑いようのないものだ。


小さなものがたくさん集まることで、一つの大きなものに勝つこともある。

今日は凛がそれを知った日だ。




他三人は黙ったまま顔を見合わせる。


「なんつーか……おまえ、そんな喋れたんだな」


「え?」


「いやほら、事務的なこと以外に口開くことってあんま無かったからさ」


不思議で冷たいヤツだと思ってたけどそんなことないんだな、とアルジュンは笑った。




「――――確かにそうだな。一つの強い恒星……つまりは英雄と呼ばれるものは確かに眩しいが、我々はそうではない。恒星の光を反射するだけの惑星、或いはそれにも満たない石ころだ」


英雄の近くにいると、自分も輝いていると勘違いしてしまうが、実のところは世界を漂う有象無象に過ぎない。



「しかし、恒星の反射である惑星の微々たる光が、別の惑星を照らすこともあるのかもしれない」



マチューの言葉によりしばしの沈黙が流れる。



凛は思う。

名奈という光に照らされた自分が、また他の誰かに希望を与えることもできるのだろうか、と。



「その…難しい話は分かんねぇから黙ってたんだが、このまま突っ走ってゴールしたとして、スコアは足りんのか?」


「ああ。この順位なら先着ボーナスで勝てるはずだ」




上り階段が見えてくる。

迷宮の出口が近いと考えたその瞬間だった。



「そう上手くは行かせねえよ!」


「凛後ろ!」


重量のある両手剣による奇襲。


寸前で気配に気が付いた凛はギリギリのところで魔杖で攻撃を受け止める。



「気配を感じなかった――高度な…潜伏魔術?」


「おっ、あったり~。チームに優秀なレーダーがいるってのは当たりつけてたから――なっ!!」


剣を何とか押し返そうとしていたが、純粋な力比べで勝てるはずもなく。


元々力を抜いていた彼が少し本気を出すと、凛はすぐに押し負け尻もちをついてしまった。




「行くぞお前ら、強行突破だ!!」


「了解!」


両手剣の少年は後ろにいる他のメンバーを引き連れて駆け抜ける。



「行かせないわ!!」


彼らの足を止めようとローズマリーは蔦を差し向けるが、通路を埋め尽くしてしまうほどの火炎により全て灰になってしまった。


「っ…!」


勢いを失うことなく迫りくる炎を防ぐため、ローズマリーと凛は氷水の障壁を作り出す。

四人は、あまりの火力に壁の向こうが赤一色に染まっているのを見た。




火炎放射器と見紛うほどのそれがようやく消え視界が開けた頃には、もう彼らの姿は見えなくなっていた。



「うわこっわ!!二人が防いでくれなきゃ今頃ステーキになってたぜ……あいつら殺す気だろ!?」


「後ろから他チームの気配も感じる、早く行かなきゃ――」



氷の壁を戦斧で破壊し一刻も早く追おうとするアルジュンと凛を制止するマチュー。



「ローズマリー、君の水で急成長させた植物はどれだけの酸素を生み出せる?」


三分待つのが限界だ、と深刻な顔で言う彼に少女は笑って見せた。


「あたしをなめないで。一分で十分よ」




「何、どういうことだ?」


「あれだけの炎を放てば大量の酸素が消費される。しかもここは封鎖された地下迷宮」


「ええ。壁を破って飛び出してたら、あたしたちまとめて窒息死してたかもしれないわね」

ローズマリーは大量の植物を育てながら話す。



あまりの恐ろしさに凛は自分の足がすくむのを感じた。



「炎を風属性の術で増幅させたついでに酸素も生み出す――計画的犯行じゃねえか!」




つまり、あのチームは凛たちが窒息し戦闘不能になる、もしくはそれを避けるためにしばらく足を止めることを狙っていたのだ。


しかも学校が求めている「掛け算」も完璧。




「それだけではない。恐らくタイミングを見計らっての奇襲だ。優位に立っている我々を倒すのは困難。しかし今なら多くのチームが追いつき、乱闘に持ち込めるという訳だ」


「小賢しいヤツら、腹立つ!!」


一連の会話により状況を理解した凛は何かを感じ取り、眉をひそめる。


「もうかなり近いよ、音も聞こえる……」



「ローズマリー」


「今やってるわ、酸素の無駄よ黙りなさい!」




会話する声、複数人の走っている足音、そして戦いの轟音。


それらが凛だけでなく三人にも聞こえるほどに迫ってきている。



どうやら状況は彼らの目論見通りで、既にいくつものチームによる戦闘が発生しているようだ。



「このままあの戦いに巻き込まれれば……」


「泥沼だろうな。合格は絶望的だ」



マチューの言葉に凛は考え込む。


EMAへの入学はゴールではない。その先で待つ何かをつかみ取るためのスタートに過ぎないのだ。

自分がそうであるように、他の三人もきっとそう。



「ちょっと足りないかもしれないけど、これ以上は時間が許してくれないわよね」


「ああ、ここまで他チームが追い上げているとは。すまない、ワタシの誤算だ」



マチューとローズマリーの合図で、アルジュンは待ってましたと言わんばかりの勢いで戦斧を振りかぶり、叩きつけ――――壁を破壊した。



「急げ!!」


四人は駆けだす。



しかし無彩色の目は、後方の敵の姿を捉えていた。

視力の悪い凛ですら見えているのだから、三人が気付いていないはずがない。



「……ここであの人たちの次にゴールしないと、厳しいんだよね」


「そうだ。だから今はとにかく走れ」



木の魔術によりできた矢がすぐ横を掠めていくが、三人はそれを無視してただ前だけを目指す。



凛は怖くなった。

もしあの矢が誰かに刺さって、追いつかれて、追い抜かれて、それから――――


それから、彼らが掴もうとする何かを逃してしまうことを。





凛の脳裏に、ひとつの光景がまるで泡のように浮かび上がった。


天井のすべてを覆う、指示さししめしてして見守る宝石たち。



『安心してほしかったのよ、たどり着くところは同じ。人はみーんな、最後には――――』



凛は怖くて仕方がなかった。


それを一生失ってしまうことが。





「わたしが……やるんだ」



足を止め、振り向き、手を伸ばし、思い出さないように思い出す。



限りない雪原、澄んだ空気、煌めく星屑、青い瞳。



それらはすべて凛の味方だ。


なぜなら――――





魔杖と伸ばした方の腕に魔力が集まって、そして広がっていく。


魔術はイマジネーション。

しかし凛の断片的な思い出でも十分。


――――完全なそれはあまりにも強すぎるからだ。






刹那。


凛たちより後方はまるで豪雪地帯のようになってしまった。


「何をしたんだ、凛!?」



叩きつけるような猛吹雪が敵の進行を押さえつけ、氷の壁が道を塞ぐ。


そして熱いほどの冷気が戦意をさらい奪っていく。



「これで心配ないよね」


凛はそう言って再び走り始める。



三人は狼狽え顔を見合わせるが、彼らもゴールを目指し進むしかない。


今はそれしかできないのだ。




ただひたすらに足を動かし続ければ、光が漏れだす迷宮の出口が見えてくる。


あと少し、この階段を上り切ればゴールだ。






☆   ☆   ☆






「このチームは失格とするべきだ! この忌々しいめ!!」



怒鳴りつける着飾った小太りの男性と、彼を収めようとする学校側のスタッフたち。



凛はそれをはっきりしない頭で、なんとなく眺めていた。




「グチグチうるさいわね、迷宮全体に魔術を使ってはいけないなんてルール書いてないわよ!」


「このアルノー侯爵に向かってどんな口を…!フン、明日目を覚ましたら下流の愚民に成り下がっているだろう、覚悟しておけ!!」


ローズマリーは、世界が滅んでもいいなら自分の家に手を出せばいい、と彼の脅しを鼻で笑った。


アルジュンはそれをもうやめようぜ、なんて弱々しく制止しようとしている。





「おや、これはこれは。ラヴェルのお坊ちゃまではありませんか!」


しかしマチューを見つけるや否や侯爵は突然腰を低くする。



「聡明なあなた様ならお分かりになるでしょう。時間内にゴールへたどり着いたのはあなた方とその前にいたチームだけ!それもこれもこのガキによる魔術のせいだ。……彼女が冬の眷属で無くして一体何だというのです」


――――そうでしょう?




言葉の含意を読み取ったマチューは、一瞬彼の後ろへと視線をやった。


他にも大勢、豪華な衣装を身にまとった人々がいることが分かる。


マチューはその顔ぶれをよく知っていた。



恐らく彼らは入学試験を見学しに来た貴族連中だ。


ということは、自分の発言ひとつでラヴェル家の存続を左右しかねない――――

マチューは口を開くことができなかった。




「あの大雪害を引き起こした、忌むべき魔王の眷属ですぞ! 失格とするのは当然だ、問題はそれからどのように処刑するか――」


「まあ、アルノー侯爵ではありませんか。御機嫌よう」



凛ら四人の背後から突然声がし、振り返るとそこにいたのは、試験説明をしていた瑠璃の女性。


そしてもう一人は――――




「初めまして。エピック・マジェスティアカデミー、セドナキャンパスの長です」


「キャンパス長!?」


アナウンスと同じく、弾むように軽快な口調ではあったが、程よく丁寧な喋り方だ。


あまり光沢のない黒髪に長方形の眼鏡、しわの無いワイシャツの上にジャケットを羽織っている。ボタンは閉めていない。



「冬の眷属というのは確かに気になりますが、そこは大した問題ではありません。そうでしょう?」


「何だとッ」


「まあまあ落ち着いて。貴方が危惧しているのはこの三チーム以外が不合格になることだ。しかし固よりこの試験は結果ではなく過程を採点している。その証拠に、迷宮内には数多のカメラが設置されています」


そう言って、壁や天井に監視カメラが仕掛けられている写真を差し出す。


「ちなみに、このチームを失格とするつもりもありません。この少女の行動はさておき、彼らは他チームより人数が少ないにも関わらず、実に好結果を出している」



「そ、そうか。なら良いが――我々は目を光らせているからな」


そう言って彼は去っていく。


キャンパス長はにこやかな表情で、あっという間にアルノー侯爵を丸め込んでしまった。



四人は黙って侯爵の姿が見えなくなるのを待っていた。

学校側の二人も同じで、口を開くどころか凛たちの方へ振り替えることもしない。



嫌な緊張感が流れた。

凛の頬に冷や汗がつたう。



「……さて! 少しお話ししようか、君たち?」

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