〘四十四番星〙上昇
「 『生と死のサイクル』 」
生命が起こした、冬への反乱。
凛にとって冬は絶対的だった。
雪原に迷い込んだが最後、全身が凍り付き、そのまま動かなくなる。
それはこの世界に生きるものは抗えない、誰にでも訪れる宿命。
しかし彼女は生命の息吹を取り戻して見せたのだ。
凛は震える。
身体が、心が。
永久凍土のようなその目を大きく見開いて、笑った。
「何、それ――もっとみせて!!」
不思議な感覚。
以前記憶には霧がかかったままだが、身体が思い出してきている。
高揚感と思いつくままに魔杖を掲げた。
――――従って。
空から降るだけだった雪が少女のもとに集い始める。
「 『わたしが王だ』 」
短く唱えれば、集まって相当な密度になった吹雪がローズマリーへまっすぐ穿っていく。
「――――っ!!」
ローズマリーもそれを防ごうと水のヴェールを展開するが、吹雪の勢いに押され水は徐々に凍り始める。
(……やっぱり)
凛は勢いよく地面を蹴った。
苦し紛れに凛へ木々の攻撃を差し向けるローズマリーはその隙に体勢を整える。
次々に攻撃を浴びせようとする緑は蛇の如し。
しかし凛は進路をふさいだ枝を潜り抜け、足をすくおうとする蔦の上を跳び、まるで舞うかのように回避していく。
僅かに掠めた枝先が体に切り傷を作るが、気にも留めず駆け抜ける。
あと数歩で間合いの内側。
凛は足を止めずに魔杖を振り上げた。
「ローズマリー、楽しいね」
ローズマリーは愉悦色に染め上げられたモノクロの眼を見た。
――――刹那。
頭上、瞬く間に冷気が凝固していき形作られる巨大な氷塊。
それは重力に逆らうことなくローズマリーに落下するが間一髪、更に厚い水壁で何とか受け流す。
二人の力がぶつかり合い、アリーナに衝撃が轟いた。
「それ、けっこう消耗するんでしょ?」
「っ、!」
気付いたころにはもう遅く、少女の術中。
フィールド上すべての草木を凛へと差し向けるが、少女の間合いに入ると同時に凍り付き、身体に突き刺さる寸前で止まってしまう。
氷塊の防御に気を取られている隙に、凛は伝家の宝刀を抜いたのだった。
「 『アイシクルレイピア』 」
――――胸元へ到達した、決定的な一撃。
しかしその刃先は寸前で止まり、ローズマリーを傷つけることは無い。
先ほどとは一変、まるで時が止まったかのように静まり返るアリーナ。
二人は乱れた呼吸もそのままに、ただ互いを見つめている。
『……シータ決勝戦、試合終了。勝者――凛!』
「勝っ、た……?」
審判のコールが響くと、凛は気が抜けてへたり込んでしまった。
信じられないという様子で視線を漂わせる。
「あなたの方が、相手の能力を理解するのが早かった。悔しい…ぐやじいわ!!」
ローズマリーの目から大粒の雫があふれだす。
濁った声で咽ぶが、公衆の面前で恥を晒したくない、と彼女はすぐに涙を拭った。
「ほらっ、はやく立ちなさい…あたしがこんなやつに負けたって思われたくないわ」
そして、そう言って右手を凛へ差し伸べたのだ。
凛はほんの少しの間あ然としてから、すぐにその手を取り立ち上がる。
「こんなに…気持ちがどきどきしたのは初めて。ありがとう」
鼻にかかった声で、ローズマリーは「あたしもよ」と言って笑って見せた。
☆ ☆ ☆
――――第二次試験、開幕
「ふむ、それではまず自己紹介と行こうか。ワタシはマチュー、マチュー・ラヴェル。次期当主としてそれ相応の研鑽を積んできたつもりだ、よろしく頼む」
分厚い眼鏡により不明瞭な表情、極端に抑揚のあるしゃべり方はミステリアスな雰囲気を醸し出している。
少しの沈黙が流れると、マチューはやや気まずそうに隣に立っている小柄な少年に目をやった。
彼は「げっ、オレの番!?」なんて言ってからあからさまに咳ばらいをして、話始める。
「オレはアルジュンだ。こう見えて南の村一番の戦士なんだ、チビだからってバカにすんなよ。……その、仲良くしてくれると…嬉しい」
褐色の頬がまるで茹でたタコのように赤くなる。
しかし背中に背負った巨大な戦斧を見るに、村一番の戦士というのは嘘ではないようだった。
「えぇっと……凛、です。よろしくお願いします」
「あたしはローズマリーよ! 一次試験は決勝で負けちゃったけど……その後の敗者復活戦じゃあ圧勝だったんだから。皆あたしを頼るといいわ」
何と言うべきか、主張が強めである。
『ゴホンッ、あーあー……あれっ?おかしいなぁ。みんなあ!!!聞こえてるよねえ!!!!』
鼓膜が破れそうな大音量のアナウンスに、四人は揃って耳をふさいだ。
こちらも主張がかなり強そうだ。
『おっと失礼。ゴホン、皆大好きキャンパス長さんだよ~ん!試験エンジョイしてるぅ~? うんうん、あはっ、してるわけないよね~!』
不気味なほどに陽気な男性の声。きっと語尾にはお星さまのマークが付いている。
受験者たちがドン引く中、一人だけ「楽しんでるわ!」という声が響く。隣の少女は随分と上機嫌だが、凛は何も言わないでおいた。
『さてさて、お待ちかねの第二次試験のルール説明をするよ~ん!』
――――耳かっぽじって、よ~く聞いてね。
突然落ち着き低くなったその声に、場は水を打ったようになった。
二次試験は、戦闘を主としない「知略・協力・判断力」を問うテスト。
場所は学園の北方に位置する広大な魔法迷宮の内部。
参加者たちは五人一組のチームとして迷宮に放り込まれ、他のチームと競い合いながら、いくつかの難題やトラップを解決し、最終ゴールを目指すというもの。
『あっれれ、チームに四人しかいないゾ!と思ったそこの君!すべてのチームの能力は同程度になるよう編成してるから、安心してね~』
そして合格ラインは、迷宮内の「トライアルスコア」によって決まる。
『このスコアは迷宮内でクリアした試練の数、難易度、時間によって計算されるよ。しか~し!目標スコアに到達できなかったチームはたとえゴールにたどり着いても残念不合格だからよ~ちゅ~い!!』
せっかくゴールまでたどり着いたのに失格なんて悲しいよねぇ気を付けてね、としくしく泣き真似をする。
「ふーん。ギミックも全部無視して最速ゴールで時間のスコアを稼ぐ、ってことはできねえわけか」
『皆ちゃんとチームごとそれぞれのスタート地点にいるみたいだから……予定よりちょっと早いけど始めちゃおっか! それじゃあよーいど~んっ!』
こうして、随分と雑な形で第二次試験は幕を開けた。
レンガ造りの迷宮内。四人は狭く砂っぽい通路を進んでいく。
先頭は近距離戦が得意なアルジュンと状況把握能力に長けたマチュー。その後ろにサポートのローズマリーと遠距離攻撃役の凛。
薄暗い廊下をアルジュンが炎で照らしだしていた。
「序盤やるべきことはやはり情報収集。そして一刻も早くチェックポイントにたどり着くことだな」
「じゃースピードあげてどんどん行こうぜ」
アルジュンはそう言って一人駆けだすが――――
「っ、危ない下がって!」
凛の一声に足を止めたその瞬間、目の前に鋭い剣の雨が降り注いだ。
アルジュンのつま先ギリギリの地面に銀の刃が突き刺さる。
「あ、危なかったぜ……。さんきゅーな」
「大体のトラップは私が気配で探知できるから、慎重に行こう。ほら、ここも」
凛が少し先に魔杖から氷の塊を一つ飛ばすと、壁にぶつかった瞬間バリスタが発動し、反対側の壁に極太の矢が射当たった。
「こ…怖ぇ」
その後もそれぞれの能力を活かし迷宮の深部を目指す。
「ふむ、蔦が絡まっていて通れんな」
マチューは短杖を出現させ魔術により光の斬撃を繰り出すが、蔦には傷一つつく様子はない。
「貸して。あたしは木属性じゃないけど、応用すればこんなこともできるのよ」
そう言ってローズマリーが水の魔術を使うと――蔦は生える方向を変え、あっという間に道が開けた。
開けているが先には魔物が待っている道と、安全な近道だが入り口が瓦礫により埋まってしまっている道に遭遇する。
「硬い岩だな。仕方ないがあちらを行く他なさそうだ」
「いーや、こっちの道通れんぜ。――おらよっ…と!!」
アルジュンは炎と魔力をまとった戦斧を振りかぶり、そのまま瓦礫に打ち付けた。
とてつもない轟音が響くと同時に辺りは砂埃に包まれる。
「こほっ、こほっ。ちょっとあなた、服が汚れたじゃな――――へっ?」
視界が開け目に飛び込んできたのは、瓦礫どころか周囲の壁までが豪快に破壊され、ぽっかりと巨大な穴が出来ているという驚くべき光景。
「わあ」
あまりの衝撃に言葉も見つからない凛は間抜けに感嘆した。
「ふわーっ、やっと着いたな…!」
チェックポイントに入ろうとする者を邪魔する魔物たちをなんとか討伐し、無事エリア内に入ることができた凛たち。
迷宮に入って以来最も開けた地点であり、中央には三メートルほどの塔がそびえていた。
「ねえ、頂上を見て。きっとあれはスコアを得るための魔鉱石ね。でも……先に塔を覆ってる三つの魔方陣を解除しないと登れないみたい」
複雑な呪文が刻まれた、円形の魔方陣。ただ普通に破壊することは無理そうだ。
「あー…頭使う系はお前らに任せるよ」
「ワタシの出番ということだな。どれ、見せてくれ」
解除するにはまず理解から。マチューは魔方陣の術式を展開し始める。
展開し終えると、三つの魔方陣はそれぞれ黄、灰、紫に光の色を変えた。
「これは…もしや基本属性、対属性、特異属性を表しているのではないだろうか」
「その属性で解除できるってこと? ちょっと見せてみなさい」
「ここの字列だ。展開前は複雑に見えたが――」
「そうね…確かに、それぞれの元素のみに反応するようになってるみたい」
凛とアルジュンはエリア内を探索しつつ、魔方陣を冷静に分析する二人を「すごいな」と思い見つめている。
じきにマチューは「君たちの属性を聞きたいのだが」と二人を呼び止めた。
「あたしは水属性よ」「オレは火」「私は氷…です」
「そしてワタシは陽属性なわけだが――」
「つまり、ローズマリーとアルジュンが基本、マチューさんが対、私が特異属性に当てはまるということですね」
凛の考えにマチューは深く頷いた。
設置物の術式を解く方法をローズマリーに教わり、実践する凛。
無事三つとも解除に成功すると、塔に螺旋階段が現れた。
マチューが頂上で七色に煌めく魔鉱石――もといトライアルスコアを持ち帰る。
「これで一歩前進だな」
数か所のチェックポイントにたどり着き、いくつもの試練にクリアした。
試験も中盤に差し掛かり、ゴール間近であることも相まって他チーム同士でチェックポイントの奪い合いが勃発し始めている。
マチューが遠くから光の幻影を使い他チームを別のルートに誘導し、時たまアルジュンが物理的に妨害。
時間を稼ぎつつ迷宮を進んでいたのだが――――
ふと何かを思ったのか、マチューは突然足を止める。
「ずっと考えていたんだが、おかしいと思わないか」
先を歩いていたアルジュンとローズマリーは振りむき、その言葉の含意を尋ねた。
彼は言葉を整理するように視線を逸らしてから、すぐに口を開く。
「すべてのチームは異なる地点からスタートし、同じゴールを目指す。キャンパス長曰く『チームの能力は同程度』――これはあまりにも迷宮の地形が及ぼす結果への影響が大きすぎるとは思わないか?」
言われてみれば、と三人は思料する。
「確かに、地形どころか運勝負じゃねえか!」
「運で決まるような試験を行うような学校じゃないと思うけど……。あたしたちは何か見落としてるのかしら」
彼女の発言により沈黙が流れる。
もうゴールは目前だ。
もしチェックポイントに見落としてしまったギミックがあるとしたら、それに気が付いていないのが自分たちのチームだけだとしたら――――言うまでもなく、不合格になってしまう可能性が高いだろう。
『ハーイみんな!ドキドキ迷宮ウォーク楽しんでるかな~?』
突如として響き渡る陽気な男性の声。
四人は天井へ視線を向けた。音は設置されている円形のスピーカーから降ってきたようだ。
『な・な・なんと!残り時間が十五分を切りました!聡明なチームはもうゴール近くまで来てるね、順調そうで何より! ……そんな君たちは気づき始めてると思うけど、この試験、ちょっと刺激が足りないよね』
キャンパス長を名乗る男の言葉に、顔を見合わせる凛たち。
彼は嬉々とした声色で続けた。
『他チームが所持しているトライアルスコアを奪える、特別ルールを発動しま~す!』
試験は最終局面。
怒涛の如きクライマックスを迎える――――
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