〘三十五番星〙進歩




「名奈さん、凛さんの検査の結果が出たのですが」


ポットことラファエルが魔癒師としてコンサルタントされた病院の一角。


言葉の通り手には薄い書類。真剣な面持ちで、彼はスタスタと歩く少女を呼び止めた。



少女は少し考えてから振り返り、笑みを張り付ける。


「……そっか、思ったよりもはやかったね」



薄暗い廊下に妖しく光るのは彼女の細められた若葉色の瞳。

それが自分に向けられるのは久しぶりで、どうにも心痛い。



「これはどういうことですか? 偶然…とは思えません。知っていたんですか」


恐る恐る、尋ねる。平然を装っているが声は確かに震えていた。

どうか自分の思い過ごしであってくれと願っている。



彼女は問われ、手を後ろに組みこてんと首をかしげた。


「『知ってた』? う~ん……ずっと待ってはいたんだけどね」


目を伏せたまま、視線を足元へそらす。

ポットは感じ取っていた。これは分厚い仮面を付け何か企んでいるときの名奈であると。

しかしその表情に哀愁を感じるのは気のせいだろうか。



「なんだか、うまくいかないことばっかり」




☆   ☆   ☆





「あのパンプキンはベイビーが倒したの? 見かけによらずパワフルな子は好きよっ!」


「ぱんぷきん…??」


エステルとヒューゴ夫妻に見送られ下山しだしたは良いが、なぜかついてきているマッチョ。


「魔物ちゃんのことよ、カワイイでしょう」


「かわ…? 魔物が?」


彼はぱっと見積もって百九十センチはありそうな長身、その上筋骨隆々。

そしてスタイリッシュなファッションと、語尾にハートマークが付きそうなほど甘い口調はギャップがある。



「そういえば聞いてなかったわね、ベイビーの名前はなんて言うの? アタシのことは気軽にルカちゃんって呼んでちょうだい!」


その気迫に満ちた様子にしどろもどろしつつ凛も名乗ると、彼は「澄んだ氷のように美しい響きね…素晴らしいわッ!!」なんて騒ぐ。



「パンプキンの骸を見たのだけど、凛ちゃんの戦闘スタイルって煌びやかで本当にステキね。アナタみたいなスターゲイザーがいるんなら、夜空が輝きを取り戻すのもそう遠くないわね!」


「すた…すみません、なんですか?」

言葉の意味を理解できず尋ねると、ルカは星を取り戻そうと奔走する人々のことよと優しく言い添えた。


「私は――そんな立派な称号で呼ばれる程じゃありません」


「あら、どうして?」


「私はわたしとして生きるべきじゃなかった。幸か不幸か…助けてもらえちゃいましたけど」

出会ったばかりの人に言うべき事ではないと分かっていながら零れてしまった弱音に、少女は俯いた。



「――――どうりで知っている匂いがするわけね」


「すみません、なんて?」

凛は耳に入ってこなかったつぶやきを聞き返す。


しかし彼は「アナタの救世主に聞いてみるといいわ、その強さをどう手に入れたのかってね」と言って、ぱちんとウィンクするのみだった。




☆   ☆   ☆




 ビジューのおつかいでセントサンドリナを採りに行ったことをふと思い出した凛は、名奈に尋ねた。「どうやってその強さを手に入れたのか」と。



「…え? あぁ――」

彼女は珍しく言葉を詰まらせる。

閉ざされたままの口、宙を彷徨う視線。


「名奈ちゃん?」

何か言いづらいことでもあるのだろうかと凛は首をかしげる。

しかし彼女は黙ったまま。しばらく沈黙が流れ辛抱ならなくなった凛は当惑し眉をひそめた。



「凛さん、学校に行くのもいいと思いますよ」

後ろからひょっこり現れた茶色はポットの髪の毛。

いきなりで驚いたのか、名奈は咎めるように彼の名を口にする。


ポットは彼女へ小さく謝ってから話を続ける。


「近頃、魔導師の人手不足が社会問題と言われ始めるほど深刻で、政府が魔導学校の無償化を決定したんです。試験という高い壁は未だ健在ですけど……僕、凛さんと一緒に働けたらとてもうれしいです!」



彼の無垢な笑みと、ある単語が凛の興味を引いた。


「がっこう――勉、強…?」


「そう、様々なことを効率よく学べる場所です。名奈さんは確かEMAエマ出身でしたっけ?」


どんな学校があるのか知らない凛は、ポットに質問する。


「エピック・マジェスティ・アカデミー、通称EMA。界立の魔導学校卒業とか、名奈さん本当に――」


「ポット、私の話はいいから」


眉をひそめぺっぺと手を払う。それにより微かに風が流れ、彼女の香りが鼻をかすめた。

一瞬いい匂い~なんて凛は思ったが、今はそれどころじゃないと首を横に振る。


「……行って、みたい――なんて」



その言葉を聞いた二人は凛の予想通り顔を見合わせた。

非力、無力もいいところな私がそんな崇高な学び舎に通えるわけがないと、彼女を傷つけずどう伝えればよいか考えているのだと、凛は思う。



しかし、返ってきた言葉は良い意味で彼女を裏切った。


「猛特訓すれば行けるかも。力の扱いに不慣れなだけで、素質はあるよ」


「僕も。磨けば光る原石だと思いますよ」



声色、表情共に二人が慰めを言っているようには見えなくて、凛は驚きぱちくりと瞬いた。



「だったらレギオンの会館に行って仕事をこなすといいよ。EMAの入試は実践経験を問われるし、応募条件がB級以上の魔導師だからね」


レギオンとは名ばかりの、エクスプローラーギルド。

そこに術師や剣士、薬師などとして登録することで、自治体や貴族からの依頼を引き受けることができるそうな。


病院の閑散期であり魔獣も眠りにつく冬は、名奈もレギオンからの仕事を収入源としている。



「登録の際にランクもつけてもらえますから、試しに一度行ってみてはいかがですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る