〘三十三番星〙硬直



「……それで本格的に魔物狩りを始めたんだ?」


とある錬金術店。斜めにカットされた特徴的な前髪の女性と銀髪の少女が談笑している。


「えっと、すごく要約すると…そうなります」


「はぁ~っ。凛ちゃんって見かけによらずガッツがあるんだね!」


「そう…なんでしょうか。ただちょっと、あの子の隣に立ちたい…って思ったんです」


それにもしも叶都と再会したら、その時今のような弱い自分のままでは恥ずかしいと、そうはありたくないと、凛は思ったのだ。

きっと今度こそ本当の意味で、強くなったと認められるように。「皆の道標になれ」と、彼が言ったのだから。



凛が独り言のように話すと、ビジューは少し切なそうに笑った。


「それ、名奈ちゃん本人に言ってあげてよ」



凛は少し想像すると、微かに顔を赤らめ目を泳がせる。

恥ずかしさをごまかすように話題をそらした。


「――――そうでした、今日は欲しい素材などないか聞きに来たんです」


肩に下げたバッグを漁りながらカウンターまで歩いていき、取り出した紙を見せる。


「このあたりの魔物は相手できます」


「おお~、その辺の冒険者が泣いちゃうねぇ。…っとそれはさておき、今回は魔物じゃなくて薬草をお願いしたいな」


「薬草…ですか?」


植物に関して詳しくないという意を込め尋ねる。

するとビジューはカウンターの後ろにある本棚から分厚い図鑑をよいしょと取り出した。



しばらくしないうちにビジューは「あった!」と小さく声を上げ、前の方にあるページを見せた。


「これはセンテッドサントリナ。虫や蛇とかの解毒ポーションの原料だね」


固く乾いた茎は何度も枝分かれしており、その先についている沢山の小さな葉はグレーとシルバーの中間のような色合いをしている。細いひげ根はまるで絹糸だ。




凛は興味深そうにしげしげと見つめてから、突然我に返ったように顔を上げた。


「中級素材と書いてありますが、私に採取できるのですか…? というか…見分けられる自信がありません」

せっかくお仕事をいただけたのに、と悲しそうに眉をハの時にさせる。



そんな凛を見てビジューは、悩むことなく一つの提案をした。


「じゃあ…識別魔術、習得してみる?」



識別魔術。それは動物や植物などの種類を見分ける術である。


「……そっ、そんな高度な術…私に習得できるのですか?」

目をぱちくりさせてから、驚いたように首を傾げた。


が、言い終わる前にビジューは部屋の奥にある本棚を物色しだしている。


「識別魔術には段階があって、高レベルだと初めて見た植物をも判別できる程の汎用性があるよ。でもその分習得には時間がかかるから――ってうわあ!!」


悲鳴とともに大きな音が店内に響いた。


「ビジューさん…!?」


奥まで慌てて駆けつければ、なんと大きな本でできた山ができていた。

凛は一瞬「ビジューさんが消えた!」なんて思ったが、何やら山が動いていて、彼女は本に埋もれているのだと気が付く。


わずかにのぞいた白いカチューシャに恐る恐る手を伸ばすと――――


「ぷはーっ! 窒息するかと思った!!」


もの凄い勢いでビジューが――発芽した。



「あの、お怪我は」


「あははごめんね、あたしは大丈夫。慣れてるから」


「慣れ……え?」


「はいこれ、見つけたよ!」


ほこりをはたきながら、おそらくセンテッドサントリナと思われる植物のハーバリウムと薄い魔導書を差し出した。




☆   ☆   ☆





「ひさびさの森で――ひとり、リュックサック、手袋、魔杖ワンド、それから二十年前の地図。……はぁ、明らかに装備と説明不足だよね」


凛は一人、広大な森を散策している。

目標はセンテッドサントリナとついでにいくつかの薬草を採取すること。


ベノムポーションの原材料としては異様に希少なのでビジューに質問したところ、「魔獣の巣の周りによく生息してるから、採取難易度が高いんだよね~」とのこと。

その上「あ、できればその魔獣も採ってきて~」と追加の注文をされた。



今朝、珍しく名奈が行き渋っていたのはそういう事だったのだろうか、と考える。





突然、凛は足を止めた。


涼しい風が泳ぎ、気を揺らし落ち葉をさらっていく。


(雰囲気が…急に変わった…?)


再び紙へ視線を移す。

「地図ではまだ結界付近の安全区域…だけど、二十年前のだからなあ…」


既に魔境に足を踏み入れているとしてもおかしくはない。


いつ敵と対峙してもいいよう、気配を薄め感覚を研ぎ澄まし、魔杖を握りなおす。

一人きりで戦うのは初めてのはずなのに不思議と緊張しないな、と凛は思った。




センテッドサントリナがないかあたりを見回してみるが、あの特徴的な銀色は確認できない。

ならばめぼしき場所を当たった方が効率が良いと判断し、ビジューに言われた魔獣の巣を探すべく歩き出す。


(確か、草むらと柔らかい土を好む…だっけ。能力も強そうだしちょっと嫌だな)



パキリ。

凛はびくりとする。枝を踏んでしまっただけのようだ。


背後で不自然な草の音がしてまた驚いて振り向くと、急いで逃げていくネズミの尻尾が見えた。想像していた魔獣とは違う可愛らしいフォルムに胸をなでおろす。


(あれ? ネズミって――)





違和感を抱いたその瞬間、森に裂けるような悲鳴が響き渡った。



バサバサと木々が揺れ、黒や茶色の鳥たちが頭上を飛び去っていく。

凛は今までと比較にならないほどの不穏な空気を感じ取り、走り出した。



気にしていた足音も呼吸音も気にせず、ただ土を蹴る。



(さっきまで何も感じなかったのに、突然魔物の気配……きっとさっきまで潜んでいたんだ)



まるで狩りのようだ。じっと息を殺し身を潜め、獲物が目の前に来たら瞬時に口を大きく開き噛みつく。

であるならば、それだけ賢い魔物なのだろうと凛は憶測する。



悲鳴の主が腹に収まる前であることを祈り、木々をかき分けた。






森の奥へと進むと、何やら人の声が聞こえてくる。


「誰か! 誰かいないのか!!」

裏返った声は、先ほどの悲鳴とは違って男性のものだ。


凛は急いで声の主のもとへと向かう。

通せんぼしている蔦を引きちぎり、視界があける。




その先には、足が石になってしまった男性と彼の肩を持ち引きずりながら逃げようと試みる女性。

そして彼らの前には、金属的な光沢の赤い鱗がとぐろを巻き、威嚇するように舌を出した――大蛇。



背筋をすっとなぞられたような感覚に襲われるが、それでも凛の手は震えていない。

これ以上の恐怖を、覚えている。


これからこいつと戦うのだという覚悟を決めて魔杖を握りなおし、右足を踏み出した、その時。


「魔導師さま! 蛇の目を見てはいけませんわ!!」

先ほど聞こえた悲鳴と似た声質が凛を遮った。


「目を…?」


「ええ、奴はゲイズサーペントと呼ばれる魔物。目が合った相手を石像に変えてしまうのですわ…」

女性は眉間にしわを寄せ、男性を見る。

幸か不幸か、彼は膝のあたりまでが石に変わってしまっていた。



(だったら目を見なければ――)


本当は目を潰したいのだが、魔術はイマジネーション。的を見ずに攻撃を当てるのは至難の業だ。

そう考えた凛は頭の少し下の胴を狙い、魔杖から氷の刃を放つ。



――――しかし。


「っ弾かれた……!」


もう一度、今度は先ほどより大きく重く、鋭い氷塊をより速くぶつける。


それでも足りないようで、まるで銅のような鱗はびくともせずに氷を粉々にしてしまった。

物理攻撃が効かない。



ならば内側から凍らせて――――

魔力を貯めようとしたその時。



突然サーペントは体をうねらせ、自身の頭部を凛へと近づけた。


「危ないですわ!!」


「…っ!」



女性の声のおかげで、反射的に退く。

危機一髪だ。


硬いだけではない。なんてしなやかな筋肉。

この敵は狡猾さ、防御力攻撃力、スピード、戦闘で重要なものを併せ持っているのだ。厄介極まりない。




視線を合わせてはいけないのであればさっさと動きを封じたいところだが、下手に近づけばすぐにあの太く長い体で締め上げられてしまうだろう。



しかも徐々にではあるが男性の石化も進行しているようだ。

強敵との対峙、それもタイムリミット付き。




「どうすれば……」


どう戦えば、この場にいる全員が生きて帰ることができる?


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