2-越冬/PassTheWinter

〘三十一番星〙記憶



「なんで!?なんで、わたし…私が弱いから?だからみんないなくなっちゃうの!?」


「凛ちゃん、落ち着いて!!」


「弱くて、ばかでどんくさくて何もできないから!!私が無力だからぜんぶ悲しくなるんだ!!」


胸が苦しい。

鼻が詰まって息ができない。

ぼやけて何も見えないし、喉も痛い。



「……あの長い雪道でも、叶都が怖いのをやっつけてくれて、私が足を引っ張ってて……そんなの!私が何もできないなんて言われなくても自分が一番分かってるのに!!」



髪を振り乱して地面に縋りつけば、涙が床におちる。


きもちわるい、みず。

家を汚したらまた叱られちゃう。

だからダメなのに、泣いたら、もっと泣いちゃうからもっと痛くなって、それから、それから――――


もう水でてこないで。床を濡らさないで。


そうだ、そうだった。

いちばんさいしょに叩かれたのは、目から出てくる水のせいだった。

ちょっと湿っただけなのに。


気持ち悪い、お前なんてきらいだ。




「…きらい、ぜんぶ嫌い。ぜんぶ消えちゃえばいいのに! ……だれが?」


なにが、だれがきらいなの?

きえてほしいのは、しんでほしいのは誰?



「――――わたしだ。……そうだ、前もこうだった気がする」


「凛ちゃん…?」


沢山の相反する感情であんなにぐちゃぐちゃだったのに。

突然熱がすーっと冷めていく。



前も、いらないって叫んだら消えてくれた。

ぐちゃぐちゃになりながら欲しいって願えば手に入った。



「な、名奈ちゃんとスポットさんは……いなくならないよね…?」


だけどもう、今は違う。

わたしがそういうものを消しちゃったんだから、当たり前だ。




「世界をいじわるにつくったかみさまの、せいじゃなくて。ぜんぶぜんぶ、私のせい――――」


気が付きたくなかった。

否、ずっと昔から、最初から知っていた。

見ないふりをしていただけで。



嫌だ、これ以上私を責めないで!!

私が悪いけど違う、ちがう。わたしのせいじゃない。


ああそうだ、でもきっとだいじょうぶ。

気持ちが失敗したお手紙みたいになったら、怖いものはなにも見えなくなる。



こういう時は、しっぱいしたなら、修正液をつかえばいい。

それでもだめなら、紙をとりかえっこしよう。


大丈夫、わたしはまだ駄目になってない――――





「――凛さん!! ゆっくり呼吸をして!!!」


聞き覚えのあるやさしい声が、いつもからは想像できないほど必死に叫んでる。

あの時に似ていておもしろい。


あれ、ゆっくり――――呼吸?



「…………っ、」


苦しい。

肺が叫んでいるみたいだ。

死んでしまう、もっと、もっと速く息を吸わないと。


それでもなぜか喉でつっかえて、空気がうまく肺に入ってくれない。

だったらもっとはやく吸って吐けばいいはずなのに、どんどん苦しくなるばかりで。



たりない。足りなすぎる。

まるであの人に首を絞められた時みたいで、死を間近に感じるような恐怖で生理的な涙が出た。


視界がぐらぐらと揺れはじめる。

どうしよう、まずい。このままじゃだめだ。

でも、吸っても吐いても更に苦しくなるだけで、どうしたらいいの?




「凛さん!大丈夫です、すごく苦しいと思いますが死にはしませんから。そう、大丈夫」


声色と背中をさすってくれる手付きがあまりにも優しすぎて、今度は安堵の涙が出てきてしまった。


「すこし落ち着けましたね。では僕の真似ができますか?……そう、ゆっくり吸って――吐いて」




震える喉を、頑張ってスポットさんのスピードに合わせる。

もっと遅くしないと、と焦れば彼が「ゆっくりでいいんですよ」と優しく撫でてくれた。



永遠にも思えるほど長い時間がかかってしまった気がするけれど、なんとかちゃんと呼吸できるようになった。

喉はもう詰まっていないし、胸のあたりも苦しくない。



「ほら、大丈夫でしょう。よく頑張りましたね!」


「…………こわ、怖かった」


私が弱気なことを零しても、二人はこうやってぎゅっと両手を握ってくれる。

とても、あたたかい手。



「ここに来る前、えっと、叶都に出会う前はお姉ちゃんが――」


「ちゃんと聞いてるから、整理しながらゆっくりでいいんだよ」


困ったように微笑む名奈ちゃんの表情は、今まで出会ってきた人の中で一番柔らかかった。



ここにはきっと、私の敵はいない。

そう思えたらふっと緊張の糸が、何かがほどけた。



――――おかしい。今まで出会った人…?




些細な違和感に気が付いた時、また一瞬だけひゅっと息がつまった。



「あ、あれ…? おねえちゃんって、だれだっけ」


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