〘二十九番星〙新生活
「いい!通常生物に近い魔獣は基本的に物理攻撃。だから凛ちゃんみたいな軽装遠距離術師はなるべく高台から、それがなれけば広い射程を上手く使って狙撃することが大事だよ」
「はい!!」
相手はフェンリルの眷族。
狼型の魔獣というだけあって、スピードとパワー共に優れた能力を持っている。
人がそんな敵と正面から戦って勝てるはずがない。
しかし今日まで人類が生き残ることができたのは、その巨大な脳があってこそ。
非力だからこそ戦略をよく練り、有利に立ち回ることが必要なのだ。
獲物がこちらに気が付かないうちに、日常の中にいるうちに。
魔杖を地面に対し垂直に持って、力を流し込む。
「彼が安寧な雪窟から旅立つ前に――アイシクルプリズン」
囁くように詠唱すると、水を飲むフェンリルの足がその水場から徐々に凍り付いていく。
「花の精よ、我に春を――!」
狼が拘束から逃れるまでの時間をたっぷりと使い、身の丈もある長弓を引く。
彼女の手が握るのは魔力で構築された、透き通る鋭い矢。
溜めてためて、氷の枷が決壊しそうになる寸前手を離す。
弾けるように飛び出した矢はまるで一筋の光のように見えて、狼の腹を貫いた。
「しっ、死なないよ名奈ちゃん!」
ロングボウというかなりの力がないと引けない武器での重たい一撃を食らってもなお、立ち続ける上に火を噴こうと力をためている。
やはり魔獣は頑丈でタフな生き物だと思い出し、私は焦った。
「落ち着いて、まだだよ。体内に過多に他人の魔力が存在すると、激痛を伴う上身体能力が著しく低下するの。…それはなんでだったか覚えてる?」
「えっと……神経が他人の魔力に妨害されるから、体はそれを排除することを最優先にする。だからえっと、術を練ることが難しくなる……だっけ」
ここにくるまでの道中で叶都が言っていた、ような気がする。
自信なさげに答えると名奈ちゃんは「正解!」と頷いた。
「フェンリルの眷族は強靭なフィジカルに加え、魔術が使える個体も多い。この子みたいに火を噴いたり、あとは子分を召喚したりとか……。手数が多いのが特徴だから、まずはそれを封じるのが得策だよ」
狼は火を噴こうとしていたが、彼女が言った通り魔力を上手く練れないのか、吐き出されたのはマッチ程の小さな炎だった。
彼の体は名奈ちゃんの魔力に勝てなかったようで、しばらくもしないうちに藻掻き苦しんだ後倒れ込んでしまった。
「凛ちゃん今!腹部が急所だよ!!」
私はその声と同時かそれより少し早く、いくつもの鋭い氷塊を生成し、撃つ。
冷たい刃は腹を引き裂き、食い漁るように肉をえぐった。
後続の氷が更に深部まで到達し畳みかけ、苦しそうな雄叫びを上げた直後、狼は絶命した。
名奈ちゃんは大きな弓を消滅させた。おそらく収納したのだろう。
その辺に落ちている枝を拾い狼をツンツンつつくと、得意げにサムズアップして見せた。
「凛ちゃんさすが、最後のを連撃にしたのは賢明な判断だったよ!」
「『防御が硬くない相手には、遅く重たい一撃よりも軽くより速い攻撃』だよね」
以前学んだことを口にすると、名奈ちゃんはぱちくり瞬いた後拍手をした。
「すごいすごい!知識がある上それを実践できるって簡単なことじゃないからね!やっぱり凛ちゃん才能あるよ」
「そうかな、全然まだまだだし……。でもありがとう」
「魔術はね。高みにいけばいくほど努力がものを言うけど、スタートラインは才能が圧倒的なんだ。だから凛ちゃんが私と肩を並べて戦えるようになるまでそう遠くないと思うよ」
一緒に頑張ろうね!と両腕でガッツポーズをする。
ここ二日彼女に魔術を習うようになって、改めて思う。
名奈ちゃんはやっぱり頼もしい。
☆ ☆ ☆
「かなり慣れてきたから、次は凛ちゃんひとりで討伐してみようか」
さらっとそんなことを言われた時は驚いたけれど、私はいつのまにか低級魔物相手だったら十分戦えるほどになっていた。
フェンリルの眷族が合計二頭と、アルミラージが一匹。
前者はふたりで倒したのと私が倒したものの合計。アルミラージは私が苦戦していたので名奈ちゃんが補助してくれた。
全て私が討伐したという訳ではないけれど、大きな成果に自分でも驚いている。
名奈ちゃんは二頭の大きな死体を浮遊魔術でふよふよと、軽々運んでいた。
私もその術を習得するため、軽いうさぎで練習する。
最初は地面で眠ったままうんともすんとも言わなくて困ったものだ。
しかし「浮かせたい対象は鳥で、自分は小さな上昇気流を発生させ飛ぶのを手伝っている」そう考えると良いとアドバイスをもらいその通りにしたところ、なんと簡単にできてしまったのだ。
名奈ちゃん曰く「魔術はイマジネーション」らしい。
確かに私が氷魔術が得意なのは属性だけでなく、あの限りない雪原をよく知っているからかもしれない。
森をでてしばらくすると小さな商店街にたどり着いた。
名奈ちゃんは迷うことなく、とある精肉店の裏口をくぐる。
「こんにちはおじさん。今日も魔獣持ってきたよ」
奥の方で電卓を叩いていた筋肉隆々の男性は、名奈ちゃんの声を聞いてすぐに振り向いた。
「おおルナじゃないか、そろそろ来る頃かって女房と話してたところなんだ!今日はどんな肉だい?」
彼がにっと微笑むと、エプロンと同じくらい白い歯がキラリと光る。
綺麗な歯並びだ。
「オオカミ型魔獣とウサギ型魔獣。いつもより状態良くないかもしれないんけど、どのくらいで買ってもらえるかな」
そう言って浮かせていたフェンリルを専用の台に置いたので、私も真似して隣にアルミラージをそっとおろす。
彼はそれらを覗き込むと、「これはまた上物を…」と髭が生えた顎をさすった。
ふふん、と名奈ちゃんは得意げに胸を張る。
おじさんは早速手袋をはめ、状態を確かめ始めた。
「近頃は魔術師の数が減ったせいで捕獲できる魔獣も減って、経済的に悩んでいたんだがな。ルナがこの街に来てくれたおかげでそんな悩みは吹き飛んじまった!本当、感謝するぜ」
「私たちからしたらライバルが減って、報酬独り占めできるから嬉しいんだけどな~」
「ハッハッハ、だったらうちから沢山買っていってくれよな!」
「もちろん。これからもお肉はおじさんのところで買うよ」
体にある程度の魔力耐性がない人が魔獣肉を食べると体調を崩してしまうことがあるので、一般的ではない。
その代わりに味がとても良いということから、珍味と呼ばれている――らしい。
「だから普通のお肉屋さんと比べてお客さんが少ないんですね。……あ、失礼な意味ではなくて」
「ハハ、分かるからそんな気ィ遣うなって嬢ちゃん。人類の約半分は体が魔獣肉に適さない。こんなに旨いモンを食えねェなんて可哀そうだよな」
その言葉は皮肉でもなんでもなく、より多くの人にこれを味わってほしいという純粋な思いなのだと感じた。
きっとこの人はこの仕事を愛しているのだろう。
「うちならこんだけで買い取れるぞ」
「ありがとう!そうだ、いつも通りいらない部位あったらもらっていいかな」
名奈ちゃんがそう言うのと同時に、何かが詰め込まれた袋が差し出される。
「向こうの錬金術師さんとこに持ってくんだろ。うちに売るだけでも相当な値になるのに…本当徹底的だな。毎回感心させられるぜ。」
将来ルナはいい嫁さんになりそうだな!とサムズアップした。
☆ ☆ ☆
その後ビジューさんのお店に寄って肉の廃棄部分を渡せば、大喜びして私の頭を撫でまわした。
食せば人体に毒となる部分も、錬金術においては貴重な素材になるらしい。
「普通に素材として買うより安く済むから助かってる!」
……とのこと。
「凛ちゃん、今日どのくらい稼げたか知りたいでしょ」
私が控えめに頷くと、名奈ちゃんは楽しそうにポケットから紙切れを取り出した。
そこに記されていた金額は――――
“合計:Ag12,6000”
「じゅっ、じゅうにまんろくせんシルバー…!?」
二、三ヶ月くらいは余裕で生活できそうな額に、見間違いかと目をこする。
何度強くこすってもまばたきしてもその数字に変化はなく、現実なのかとため息をついた。
「ふふっ期待以上の反応してくれたね!秋は魔獣が活発化するから捕まえやすいんだよ。とは言え今日は特に運が良かったね~」
紙を眺めながら歩くのは危ないと分かっているけど目を離せない。
収入に余裕があるとは言っていたけれど、まさかここまでとは。
「フェンリル一頭分のお金は凛ちゃんが使ってね。…このまんま現金でもいいかな」
「そんな大金受け取っていいの…?」
「なんで?凛ちゃんが一人で倒したんだから当然でしょう」
首を傾げ不思議そうに私を見るその表情は、当たり前のことを言っているだけというようだった。
「あっそうだ、あした一緒にお買い物行こっか!お洋服ぼろぼろだから新調しなきゃだし、歯ブラシとかも欲しいよね」
ついでに貯金箱も必要だね!と楽しそうに微笑む。
これから人らしい生活をおくることができるのかもしれない。
そんなこと夢のまた夢どころか考えてもいなかったから信じられなくて、なんだかふわふわした感じだ。
私こんなに幸せになってもいいのだろうか。
こんなの許されていいの…かな。
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