〘二十八番星〙鬼才



「あたしはビジュー・ド・ルフェーブル。魔鉱石や薬草をこよなく愛す、マゼラン随一の錬金術師!よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」

差し出された右手を握りかえすと、すぐにぶんぶんと振られる。


自分でこの町随一の錬金術師だと名乗る、相当な自信家らしい。

無邪気な笑顔がまぶしかった。




「それで今日は何しに来たの? 仕入れ――ではなさそうだけど」

ビジューさんは名奈ちゃんのつま先から頭までを見て、魔獣や薬草を所持していないことに気が付いたようだ。


「うん、この子の能力診断をしてもらおうと思って」

そう言って私をビジューさんの方に押し出す。


「確かにルナちゃん、魔力感知ザルだもんね」


「どういうことですか?」


「あぁ。私。体液を毒化するっていう固有魔術を使えるんだけど、常時発動型なんだよね。だから常に体が強い魔力を帯びてるんだよ」


それ故魔力に慣れすぎて、周りのマナの些細な変化に気が付くことができない、と。


「それって敵の強さ測れないってことだよね、結構危ないんじゃ…」


「そうだよ!よくここまで生き残ってるなって自分でも思うもん」


「よく背後から不意打ちされてるよね!」

あははと笑うビジューさん。

割と深刻な問題で、面白いことではないと思うのだけど。



「だから! 私じゃ凛ちゃんにどんな術の適性があるかを測ってあげることができないんだ。ビジューは鑑定魔術使えるし、今後の関わりも増えると思うし、ちょうどいいかなって」


そこまでしてもらっていいのだろうかと不安になりビジューさんの様子をうかがうと、彼女は何も気にしていないどころかうんうんと頷いている。


「名奈ちゃん……ビジューさんも、本当にありがとう」


「いいってことよ!」


じゅわりと目頭が熱くなる。

本当に、私は出会いに恵まれた。


「感動的な雰囲気のところ申し訳ないんだけどね、術師として仕事してるときはあんまり本名で呼ばないで欲しい…」


「そ、そっかそうだよね」


名奈ちゃんがやんちゃだって世間から批判されて、アイボリーの会社が風評被害で倒産なんてことになったら私、責任を追えるはずない。


「多分凛ちゃんが考えてるような深刻な事態にはならないと思うから、そこまで考えなくて大丈夫だよ……?」



☆  ☆  ☆




 こげ茶の木製イスに座らされ、ビジューさんが後ろから解析をしている。

私の頭上に回復魔術とはまた違う緑系の丸い光が現れ、彼女はそれを水晶玉うらないのように撫でていた。



長時間じっとしていなければならないのは少し窮屈で、作業をしている名奈ちゃんを眺めている。


始めは動けないビジューさんの代わりに店の在庫整理などをしていたが、今はそれも終わったようで、自分の武器の手入れをしていた。

少女が扱うには大すぎるようにも見える、立派なロングボウ。


ピンクゴールドの金属を基調としており、ところどころ透きとおった緑の宝石が葉の装飾を形作っている。おそらく例のプラジオライトが魔鉱石化したものだろう。

美しく絢爛な装飾だが、実用性もしっかりと兼ね備えた精巧な品だ。


手を持つ部分はわずかに錆びているようにも見えるが、それすら彼女の戦いの軌跡となっている。

長年愛用してきた弓なのだろう。



「綺麗な弓だね」

私がそう言えば名奈ちゃんは嬉しそうにふにゃりと微笑んだ。


「そうなの!アルーヴってところの鍛冶屋さんに作ってもらったんだ」

愛しそうに弧を撫でる。

うっとりと弓を見つめる瞳が、その武器をどれだけ大切に思っているかを物語っていた。


私の魔杖のことも褒めてくれたし、彼女はこういった細かい装飾品を好んでいるのかもしれない。




「よし、大体わかったよ!」

ビジューさんがそう言って、ぱっと手を離すのと同時に光も消えた。


優しく武器を置いて、どうだったどうだった?と寄って来る名奈ちゃんはなんだか楽しげだ。



「大体わかったけど、よくわかんない。というかこの不自然さに気付かないルナちゃんはやっぱり異常だから、もうちょっと訓練した方がいいと思う」


「どういうこと?ごめん全くわからないんだけど」

怪訝な顔をしてこてんと首を傾げる。


ビジューさんは、「状況が複雑にならないように、明確なところからにしよっか」と話し始めた。




体力や筋力が現時点では壊滅的であること。

魔力操作の技術は磨けば光るだろうから、遠距離術師が向いていること。

魔力と術を出力するゲートが驚くほど貧弱であること。

身体的に、寒冷状態に異常なほどの耐性があること。



「ここまでは想像の通りだねぇ」


「自覚もあります」


「ちがうって、問題はこっからなの」

深刻そうな表情で言う。



「魔術には人によってそれぞれ、一つの属性と二つのモチーフがあるのは知ってるよね」


さも当然と言うように頷く名奈ちゃんと、モチーフが分からなくて焦る私。


「あーえっと、人は源となるモチーフを二つ持ってるの。私の場合ははなと月、ポットはいやしと木みたいな。……で、それがどうしたの?」


「凛ちゃん、片方は氷なんだけど、もう片方が隠されていて分からないの…」


名奈ちゃんはそれを聞いて訳が分からないとぱちくりまばたきをした後、「はあ!?」と身を乗り出した。



「加護が見えないとかなら分かるけど、そんな初歩的なのが隠されてるってどういうこと?ミスとかじゃなくて…?」


「あたしも最初そう思って何度も試したんだよ!……でも分厚い遮光カーテンに隠されてるみたいで、どうしても。それにこれだけじゃないの」


本当に言葉にしていいのか迷うように、恐る恐る口を開いた。



――――保持魔力量が、世界記録を優に上回ってる




「ど、どういうことですか…? 私ここにくるまでの道のりで、何度も術を練れなくなってるんですけど……」


「それは出力ゲートが貧弱だからだよ。それにね、属性、最初は水だと思ってたんだけど……氷だった」

僅かに俯き、眉をひそめる。

私も自分を水属性だと思っていたけれど、水より氷の魔術の方が圧倒的に得意で、不思議だけれどこういうこともあるだろうと考えていた。



「何か問題でもあるんですか?」


「問題っていうか……本来氷属性っていうのは特異属性と呼ばれるもので…簡単に言うとウルトラレアなの!!」


「凛ちゃんすごいねー」


「ルナちゃん、君も華属性でかなりレアなんだよ。でも氷は特異属性中でももっとも数が少ないとされているの。おそらくあの事件が原因だと思うけど――――まあそれはいいや」


困ったね、と頭を抱える。

「想像したら怖いよ……もし凛ちゃんの出力ゲートの耐久力が常人と同じかそれ以上だったなら……」


まるでこれ以上は言いたくない、というようにぎゅっと下唇を噛んだ。


そして代わりに、名奈ちゃんが続きの言葉を紡ぐ。




魔界全体を凍てつかせ、冬をもたらしたかつての怪物――――


「それはもう、魔王以外の何者でもないよ」


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