〘二十五番星〙プラジオライト



 エレベーターに乗り込んでボタンを押すと、扉がゆっくりと動きだす。


フロアがのぞける長方形のその隙間が完全に閉じられるまでが、なんだかすごく遅く感じた。

それは名奈ちゃんも同じみたいで、ソワソワ足を動かしている。



「っはあ~~…」

名奈ちゃんは吸ってばかりだった空気を一気にはきだして、箱の壁に寄りかかる。


「大丈夫…?」


「んぅ、だいじょぶ……」


顔を覗き込むと、彼女は眉尻をハの字に下げて微笑んだ。


私に向けられる視線はフェリックスさんへのものよりずっと柔らかい。そのことに少し優越感を覚えた。




「ほんとは『アイボリーのお嬢さま』でいる時が一番苦手なんだよねぇ…」


疲れきって、普段のふわふわとした雰囲気が剥がれ落ちている。

そんな彼女の目は伏せられており、どこを見ているのかわからない。



「その、気になってたんだけど」


「あぁ…家柄と指輪だよね」


私が言い終わる前に、「聞きたいことは分かっている」といったように話し始めた。




アイボリー家とは


由緒ある家系で代々石屋を営んでいるらしい。

墓石や大理石はもちろん魔石や宝石なども扱っており、魔界全体に店が展開されている。


その会社の社長夫妻の娘がナナ・アイボリー…つまり名奈ちゃんである。

本名は洋名だけれど、育ててくれた人が和名をプレゼントしてくれたのだとか。


指輪はプラジオライト――緑色のアメジストで、アイボリー家のシンボルらしい。

あまりの美しさに目を奪われる。まるで彼女の瞳のような宝石だ。




「す、すっごいんだね……」


「すごいのは両親や祖父母だよ。私は偶然、そういう家に生まれ落ちただけ」


エレベーターの扉が開いて、フロアに出る。


「私にはそういうの合わなくて逃げたの。それなのにこうやってアイボリーの名前を利用してる」

淡々と並べられた言葉に、なぜか胸がきゅっと締め付けれられる。



逃げただなんてそんなの、そんなの。



「あ!! 名奈さんっ!」


リュックを背負って駆け寄ってくるスポットさん。その後ろからはゆっくり歩いてくる叶都の姿も。


「待たせちゃってごめんね~」

二人の存在に気が付いた名奈ちゃんは、すぐに柔らかい微笑みをまといなおした。



「本当ですよ!! イフが出たとかアナウンスされるし、心配したんですよ!

 まあ、名奈さんなら大丈夫だとは思ってましたけど…」


泣きそうな顔をして詰め寄るスポットさんに、申し訳ないと謝る名奈ちゃん。

彼らも無事でよかった。



「怪我とかしてない?」


「えっと、うん。だいじょぶ。……叶都は」


「無傷」

どや、とピースサインをしてみせる。

戦ったのは私たちなのだけどなと思ったが、まずは遭遇しないことが一番かと考え直した。


「それは……よかった」


自分が心から安堵していることに少し驚いた。

最初はあんなにうさん臭くて怪しいと思っていたのに、出会って一週間も経っていないのに。情がわく、とでも言おうか。


信頼しきっている私、「この先危ないかも、気をつけなきゃ」なんてぼんやり考える。



そう思うと、名奈ちゃんは本当によくわからない。

出会ったばかりの私に弱みばかり見せるのだから。

どうやらスポットさんにも見せないようにしている弱い部分を、だ。


明らかにおかしい。



それが素なのか計算なのかも全く分からないので、彼女はきちんと警戒しておいたほうがよさそうだ。

分かっているのは、何を考えているのか全く分からないということだけだから。



「……叶都は私のこと信頼してる?」


名奈ちゃんがスポットさんと会話していて、こちらの話を聞いていないことを横目に確認し、叶都に尋ねてみる。


彼はなんだ急に、といった顔で思案し、答えた。

「信頼っていうのはあれだけど、とりあえず無害だと思ってる」


「知ってたけどいざ言われると…ちょっと悲しくなるね」



つまり、叶都に危害を加えることすらできない非力な人だと思われているわけだ。

叶都が深く考えず私と行動を共にしていることを鑑みると、嘘じゃないだろう。


それはあの雪山からここへ来るまでにたくさんの魔物や魔獣と対峙したことで、私が強い魔術を扱えないことを知ったからであって。



名奈ちゃんはそれを察しているかもしれないけど、初対面の私にここまで深入りしないだろう。一緒に暮らさないかという提案を含め。






「名奈ちゃん、なに考えてるんだと思う?」


叶都からしたら脈略の無い話題だけど、私の思考を察したのか口を開いてくれた。


「そうだな、実は昔会ったことがあるとか?」


「私も一度思ったんだけど、それはないと思うんだよね。私あの雪山から出たことあるって記憶ないし」


私はないけど、もしかして叶都と名奈ちゃんが実は知り合いってことは――――…まあ、なさそう。



「彼女を疑うのはいいけど、その前に俺はいいの?」

蔑むような口調で言って私を見下ろす。


名奈ちゃんと比べてしまったらお粗末な演技だ。


「……だって、叶都しか頼れる人いないから」

可哀想な人。私はいつだって選べないのだ。


だけどそれと同時に、ひとつだけでも道が用意されているのだから幸運とも言える…かもしれない。


私の言葉を聞いた叶都は眉尻を下げ微笑む。

みんな、なんだかんだちゃんと優しいから困ってしまう。





「よしっ! 二人とも待たせてごめんね!」

再出発!と意気込むようにガッツポーズをする名奈ちゃん。


いろいろあって忘れていたけど、電車にもう一度乗らなければいけないんだった。


「電車、普通に来るんですか? 駅の一部ボロボロになってますけど」


「あ~…ホームは無事っぽいし、多分大丈夫でしょう」


「名奈さんって少し適当なとこあります?」



荷物をまとめなおしてホームへ向かう。

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