〘二十番星〙異変



「――――あ。名奈ちゃん、来ましたよ」


私たちは、あの後駅のお手洗いに直行したスポットさんを待っていた。


「ほんとだ、ポット~」

ぶんぶん右腕を振る名奈ちゃんの先には、背中を丸めてとぼとぼこちらへ歩いてくるスポットさんの姿。

なんだかげっそりしているように見えるのは気のせいだろうか。



「だいじょうぶですか…?」


「はい、大丈夫です…。出すもの出しちゃったんで…」


「ちょっとポット、生々しいしお下品だよ。言い方には気を付けて」


二人の会話を聞いて、横で叶都が肩を震わせけらけらと笑っている。




「次はどうするんですか? 乗り換えるんでしたっけ…」


「そうなんだけど、電車くるまでちょっと時間あるんだよね~」

名奈ちゃんは自分のポケットからSLIMを取り出し、スクロールする。


「う~んと…ちょっと待ってね」



SLIMはケースに入れられている。

それは全体的に透明で、真ん中にある押し花とフチのピンクゴールドが可愛らしい。上品で、とても彼女らしいデザインだ。


名奈ちゃんを中心にして、四人で画面をのぞき込む。



「――――だいたい二十分後かな」


叶都は「間違いじゃないのか!?」とでも言うように琥珀色の目をくわっと開いた。


「そんなに!?」


「都会っ子め~、この辺じゃこんなものだよ。さっきは運が良かったのと時間が合ってただけで」


「どうやって時間つぶしましょう」


「おみやげコーナーでも見てますか」


「叶都、誰におみやげあげるの?」


「え、自分用。それに買いはしないよ」


平然と答える叶都に、「それこそ妹さんに買ってあげればいいのに」と思ったけれど、余計なお世話だろうと口を閉ざした。

それに私たちは土産にお金を使えるほどの余裕などないし。



ガラスの向こうにあるお土産コーナーのスペースは、さっきの駅で見かけたものより少し大きい。



「じゃあ、僕と叶都さんでまわって来ようかなぁ」


「凛ちゃんはどうする~?」


「私は…名奈ちゃんと一緒に待ってます」


スポットさんと叶都は荷物を背負いなおしておみやげコーナーへ、私と名奈ちゃんは待合室へ向かった。




☆       ☆       ☆




 待合室の椅子に腰かける。

机と椅子は木でできており、ナチュラルな木目があたたかそうで綺麗だ。



「凛ちゃん、おみやげ見てこなくてよかったの?」


「はい。お金ないですし、それにちょっと足が痛くて…」


「大丈夫? 長距離移動するのって思ったより疲れるよね~」


「名奈ちゃんは平気なんですか?」


「私? ぜんぜん大丈夫だよ、慣れてるからかな」

彼女はそう言って足首をぐるりと動かす。


本当に平気そうだ。



各地を飛び回っていると言っていたし、徒歩で長距離を移動したり駅を早歩きしたりだとかに慣れているのかもしれない。



「…旅をするのは魔術師のお仕事をするためですか?」

気になったので、たずねてみる。


「う~ん。ポットの魔癒師の仕事に着いて行って、その先で仕事してる感じかな」


「へぇ……。どんなお仕事なんですか?」



名奈ちゃんは動きを止めて、黙ったまま私の目をじーっと見つめる。

その表情からは何を考えているのか全く分からなくて。



――――まずい質問だっただろうか。




「…………知りたい?」

いたずらっ子みたいに歯を見せてニヤリと笑う。



「え、えっと……」


目を泳がせ慌てる私を見て、更ににっこりと微笑んだ。

「うそうそ! 全然変な仕事じゃないし、安心して! 反応が面白いから、つい」


「はあ……」



「仕事の内容、だよね」と人差し指を顎にあて、考える。

そんな目の前の少女の体は、「魔物と戦う」魔術師には見えない。


ぱっと見て筋肉質ではないし、白色のタイツに覆われた足のシルエットは適度に細く、柔らかそうだ。


ただ気配だけ、魔術師だと感じさせる程に体内の魔力の強さをつたえている。

華奢なこの体の中に、屈強な大男も驚くほどの魔力が入っているのだ。


それはなんともチグハグで、少し怖い。



「そうだね、基本は魔物や魔獣狩りかな~。私は個人の術師だからあんまり大きい依頼は来ないの」


「個人の術師? グループで活動してる術師もいるんですか」


「あぁ、グループでやってる人もいるんだけどそういう意味じゃなくて。

 どこかに所属してる人たちがいるの。分かりやすく言うと……プロ?」


こてんと小首をかしげてからつけ加える。

――――「そういう人たちに大きい依頼がくるんだよね、魔術が絡んだ凶悪犯罪とか」



なんというか、すごい物騒。


「……失礼かもしれないですが、それで生活していけるんですか?」


「強い魔物を倒すほど報酬も高くなるの。だからある程度の強さがあれば食べていけると思うよ。

 ……まあ、危ない仕事だからいい報酬が出るって言うのはあるんだけど」



「じゃあ、名奈ちゃんは強いんですね」


彼女は私の言葉に目をまるくした。

しかしすぐに得意げな顔をして言う。


「えへ、そうなんだよ~」



もしかしたら、私も強くなれば魔術師の仕事をできるかもしれない。

もちろん強敵と渡り合うため血のにじむような努力が必要だろうけど。

やっと少しだけ光が見えてきたような気がする。




☆  ☆  ☆




「私、お手洗いに行ってきます」


「わかった。たしか右に進んだ後、左に曲がった奥にあるはずだよ。行ってらっしゃい!」

ちゃんと待ってるから安心して~と手を振る名奈ちゃん。

控えめに手を振り返してから、待合室を出た。




 名奈ちゃんはいろいろなことを話してくれた。

料理が好きなこと、だけどなかなか機会がないこと、そして家で料理をしようとするとなぜかスポットさんに止められること。


昔行っていた塾にに面白い人がいたこと。ほかにもたくさん。



彼女は優雅な見た目に反して、意外とミーハーな一面があることが分かった。

表情をころころと変えて楽しそうに話す姿を見ていると、気のせいか私の気分も上がってくる。


長話という言い方は悪いけれど、名奈ちゃんの長めな話を聞くのは不思議と嫌じゃない。続きが気になるくらいだ。


太陽に照らされた雪のような、キラキラした人生を送ってきたんだろうな。



――――羨ましいだなんてちっとも思っていないけど。






待たせてはいけないので、さっさと用をすませて待合室へ戻ろう。





蛇口が無くて一分ほどもたもだしていたら、なんと手をかざすと水が出てくるらしいことを発見した。

これが人類の英知というものか、なんて便利で素晴らしいのだろう。



泡が残っていないことを確認して、ポケットから取り出したハンカチで水をふきとる。

若みどり色のハンカチ。それは少し硬くて、昔から使っているようだ。







さて、無駄に時間を使ってしまったことだし急いで戻ろう。

廊下に一歩踏み出したその時、アナウンスが流れた。





『き、緊急ッ! 南口付近に1体のイフが出現しました…!! 皆様、至急避難してください!!』




イフ……?イフってなんだろう。

しかしそれ以上にアナウンスの男性の震え緊迫した声で、一刻を争う状況なのだろうと理解する。



――叶都たちは大丈夫だろうか!?


「いや、その前に名奈ちゃんと合流して……それで速く逃げなきゃ」



一刻も早く――――!!

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