〘十九番星〙進路


『まもなく 6番線にラウフェイ行きの列車が6両編成で到着します。ドアから離れてお待ちください』



ホームにアナウンスが響く。

淡々と読み上げられると、次は海外の言葉でアナウンスされた。



目で追えないほどのスピードが風を生み出し、神をさらっていく。

電車はガラガラと音を立てゆっくりと減速し止まって、数秒するとシューっと息を吐きだしながらドアが開いた。



電車からは十数人の人が出てきて、そのまま階段の方へ歩いていく。

人に揉まれしばらくして、視界がクリアになった。



「じゃあ乗ろっか」



ホームと電車の床のわずかな隙間が、髪飾りを落としてしまったら、足を取られてしまったらと思って少し怖い。

私は名奈ちゃんと叶都を追うように、髪飾りを押さえながら慎重に電車に乗り込んだ。



この電車に乗り込む人々は半数以上がSLIMを見ながら歩いていて、よくそれで乗れるな、怖くないのかな、慣れているんだなと思う。



「全員は座れなそうだねぇ…」

人込みというほどではないがこの車両の椅子はほぼ埋まっている。


それも空いているところが離れているので、名奈ちゃんとスポットさん、叶都と私という風に分かれて座ることになった。


お互い視界には入るから多分大丈夫だろう。




「凛、座っていいよ」

叶都は一人分空いている席を指さした。


「いいの? 叶都座れないけど…」


「ん? 全然いいよ」

何を当たり前なことを、というように首をかしげる。



治療したとはいえ、私が大怪我をしたことを思って譲ってくれたのだろう。

こういう気遣いができるのは叶都らしいというか、さすがだ。


「……ありがとう。疲れたら言ってね、かわるから」

叶都の言葉に甘え、私は座席に腰掛ける。



ふかふかな座り心地。電車の座席ってこんなに座り心地がいいのか! と感動をおぼえた。

ピンポーンと音が鳴り、ドアがゆっくりと閉まる。

すると電車が走りはじめた。






電車はゆっくりと加速していく。







『ヴィーナス・エクスプレスをご利用いただきありがとうございます。この電車はラウフェイ行きです。次はトゥラン、トゥランです』



聞きなれない地名と、ガタンゴトンと規則的に揺れる体。


いつもならこの揺れが気持ちよくて眠ってしまうのだろうけど、今日は朝たくさん眠ってしまったのでそうはならなかった。




窓のそとに目をやると、建物が、景色が物凄いスピードで通り過ぎていく。

ああ、私たちが通り過ぎているのか。





「あの建物はなんだろう」と思っても、一瞬で見えなくなってしまう。

通り過ぎても変わらないのは空の色のみ。




不気味なほど静かな車内には、電車がレールを走る音だけが響く。

私はほんの少しだけ、不安と虚しさを感じた。





それにしても本当に不思議な揺れだ。まるでなにかの生き物に乗っているみたい。





「……はぁ」


なぜかため息をこぼして、膝の上にのせたリュックサックと魔杖を抱き寄せる。


とめどなく押し寄せる不安と憂鬱に、私の心がずんと重たくなった。





「私、なにがしたいんだろ」


かすれたくらい小さな声は誰にも届くことなく、電車の音にかき消された。





☆  ☆  ☆





 しばらく景色を見ていたのだが、疲れてきたので目を伏せるように視線をおろした。



アナウンスが流れては電車が停車し、人が降りて人が乗ってくる。

それを数回繰り返して、今はまた風を切って進んでいた。



そんなループの中でふと思ったのだ。

この電車はラウフェイ行きで、私たちはマゼランへ向かっている。


では、私と私の気持ちはどこへ向かっている?

やりたいこと、なりたい人、行きたいところ、欲しい物。


偉人は言った。

「それらに向かって進み続けることこそが人生だ」


しかし、あいにく私はどれひとつとして持っていない。

……否、自ら何かを目指すことを、それに気が付くことを拒んだのかもしれない。


きっと偉人は「栄養を摂り、呼吸をして、眠りにつく。それだけの人生など生きているとは呼べない」そういうことを言いたかったのだろう。

そんなのは嫌だな、そうなりたくないなとは思うけど、本当にそれだけ。


「そうならないために頑張る」というのは正直――億劫だと思ってしまって。



私にも手に入れたいものはたくさんあるはずだけど、思いつかないのは知らず知らずのうちに諦め捨ててしまったからかもしれない。


そして、何かを成し遂げるような力は持っていない。


コツコツ積み上げていく努力は苦手だ。




こういった考えができる私は、きっと若いのだろうと思う。

楽しいことも怖いこともなーんにも知らない、若くて世間知らずな小娘。


人生を語るには早すぎる、ただの普通の子ども。




だけどそう考えたら、心臓が動いてさえいれば、ただ呼吸するだけの大人になるのも悪くはないのかもしれない。


――――なんて、怠惰な思考。





三人はどんな風に生きてきて、どこへ向かっているのだろう。

どんな大人になるのだろう。




そう思い現実に視線を戻せば、目をつむって電車に揺られる叶都がいた。


「‥‥‥‥‥‥ねてる?」

私が顔を覗き込んでも反応はなく、ただゆっくりと胸を上下させている。



いっぱい無理をさせてしまったから無理もない。

だめな私の分も頑張ってくれたのだから。


普段からは考えられないくらい無防備な彼の寝顔が、心なしか幼く可愛らしく見えた。

今じゃ起こしてしまうから、あとで席をかわろう。立ったままじゃなく、座って休んでほしい。



人の寝顔をじっと見つめ続けるのはなんだか気恥ずかしくて、ふと名奈ちゃんたちの方向に視線を向けた。



彼女の雨上がりのレモングラスみたいに澄んだ瞳は、進行方向にまっすぐ向けられていた。


その横ではスポットさんが膝の上にノートを広げ、何かを書き込んでいる。ノートの横には「ヒーリング魔術の医学的応用」と書かれた教本。

とても真剣な顔をして勉強している。


彼の第一印象は「気弱」。だけど少し話しているうちに頑張り屋なんだと思ったし、それは間違っていなかった。

血のにじむような努力をしてここまできたんだろう。すごいな、彼は。






『まもなく、シティ・セドナ、シティ・セドナです。ラウィーニア方面はお乗り換えです』


アナウンスを聞いた二人は少し会話をしてから、そのあと名奈ちゃんがにこにこと私に合図を送った。


ここで一旦降りるらしい。



「叶都……かなと、」

柔らかい声色を心がけ、彼が夢から醒めるための手伝いをする。

痛みを感じないけどしっかり意識が浮上する、微妙な力で肘あたりを叩いた。



「…ん……まって、おれねてた…?」


眩しそうに目をあける彼に頷き「気にしないで」と声をかける。


「あはは、熟睡。ごめん」

目をこすってから、申し訳なさそうに笑った。


別にいいのに。





規則的な振動がだんだんゆっくりになってきたので、立ち上がってドアの方へ歩く。

私たち四人は同じドアの周辺に、再び集まった。




「…よ、酔いました……うぷ」

ふらふらしながら、青白い顔を手で押さえているスポットさんに慌てる名奈。



「本読んでるからそうなるんだよ、何回目!?」


「真剣そうな顔してると思ったら……気持ち悪いの我慢してたんですか」


「ちょ、駅のお手洗いまで我慢してね!!」


焦ってあたふたしている私たちをよそに、叶都は大きく口を開けてあくびをした。



「叶都くん呑気だね……なんとかしようとしてくれてもいいんだよ?」


「なんとかってなんですか? 俺に吐き気を緩和する魔術は使えませんけど」


「…ちがう、そういう意味じゃない」

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