〘十八番星〙ピース


 駅より少し前、ベンチを発見した私たちはそこで二人を待っていた。



時間を持て余して暇だが、ここから離れるわけにもいかないため、私は脚をぶらぶらさせ、叶都は端末を見ていた。


そう、また私が初めて見るもの。



手に持つのに丁度いいサイズで四角くて、液晶を指でなぞると画面が動くというハイパー機械だ。

それは「Smart Liberal Inform Mobile phone」というもので、SLIMスリムと呼ぶらしい。



「なに調べてるの?」


「ここ周辺のこと色々。魔獣は出るのか、結界はどこにあるのか、ソテイラーの施設はあるのかとか。あとバイトできそうなとこ……」



そていらー、とは何だろう。後で聞いてみよう。

それにしても。


「やっぱりそこだよね…。特に私が気持ち程度にしか持ってないし」


「まあ…俺はないことはないんだけど、さすがに俺と凛二人養える分は無いからね。三週間持てばラッキーくらい」


SLIM、いろいろ調べるのに必要だけど、こういう状況になると月額利用料が痛いなと悩んでいる。



「………しかも私、もしかしたら普通のとこじゃ働けないかも。年齢的に…」


「待って、今いくつ? あ、人間齢でね」


魔界では寿命が大きく異なる種族が共存しているため、分かりやすくするため年齢は人間に換算するのだ。


確か計算式は、種族の寿命÷百(人間の寿命)だったっけ。

その値の年数を一歳としてカウントするらしい。





頭の中でざっと計算して、伝える。


「…………もうすぐ十三」


「……ガチ? やばいじゃんそれ。っていうかしっかり戸籍あるかも怪しいよね」


「ほんとだ…」



ちりんちりーん。

食品配達の自転車が通り過ぎて行くのを二人して目で追った。






ダメだ、これ。ダメなやつだ!!




「じ…じんしんばいば――」


「凛、これ以上口に出すな。言霊って知ってる??」

私の最悪な妄想を遮る。


あれだよね、口に出したことは本当になるとかいうやつ。



叶都は小さく奇声を発したあと、膝に顔をうずめた。私は手で顔を覆った。

もしかしなくても、かなりまずい状況なのでは。


それに、完全に私が足を引っ張っている。




ドクドクと心臓が速く脈打ち、冷や汗が頬をつたう。

嫌な記憶が溢れてくるのを、私は必死に抑え込んだ。









「ごめん、お待たせ――――って……二人とも何してるの?」

到着するや否や、お通夜のような雰囲気の私たちを見て困惑する名奈ちゃん。


取りあえず、これで暇な時間は終わった。



「…でもだめ…だめだぁ……」

さらなる問題が次から次へと襲い掛かってくる。


「何? え、ほんとどうしたの…??」





*   *   * 






「……お金かぁ。それは大変だよね…本当に……うん」

共感の嵐、というようにうんうん頷く名奈ちゃん。


せめて私の年齢をクリアしていれば多分なんとかなったのだろう。

しかし現実はそう甘くない。



簡単には超えられない試練の連続、それこそが人生だと誰かが言っていた。

そんな試練望んだ覚えは全くないのだが、人として生まれてしまったからにはしょうがない。こればっかりは。



「私たちの家に泊まっている間、生活の保障はするよ……」

彼女の表情と声色に含まれているのは慈悲か、哀れみか、呆れか、もしくはそのすべてか。


「だ、だめですよ名奈ちゃん…。叶都ひとりならまだしも、二人ですからそんな――…」


私がもっといい条件でここに来れていれば。

そんな想像したところで現実は変わらないけど。


この状況で、そして手を差し伸べようとしてくれる人を前にしては…想像せずにはいられないだろう。



「もちろん労働力になってもらうよ!」


「本当にいいんですか。……ってもしかして最初からそのためだったり――」


「コホン、そのためにポットを連れてきました!」


名奈ちゃんは叶都を遮りジャジャーン!と言って、後ろからポットさんを登場させた(後ろに隠れていただけなのだが)。




「えっと…初めまして、叶都さんですよね…? 僕はラファエル・クラーク、一応魔癒師をさせていただいてます」


「らふぇ…え、ポットじゃなくて?」


「あ、はい。そもそも名奈さんが勝手にスポットってあだ名を…それが短くなったんですよ」

そろりと名奈ちゃんに目線をやる。


「愛称の愛称ってこと…?しかもスポットって犬の名前じゃ」


「うん。初めて見た時出会った時に犬の姿だったんだよ」


「はい??」


話がこじれてしまったが、しどろもどろ挨拶をするポット――いや、ラファエルさん。

視線は下を向いていて、目を合わせようとしない。



目を半分ほど隠す長めの前髪と眼鏡、内向きな仕草。叶都は彼を弱気な人だと思っただろうか。

でもきっと白衣がこんなに似合う人はそうなかなかいない。



「初めまして、名奈さんから話は聞かれているようですね…。初対面なのにこんなに迷惑をかけて、申し訳ないです」


「そっ、そんな! しばらく泊まるとは聞きましたが、そんなに迷惑じゃありませんしよくあることなので、頭を下げたりなんてしないでください…」



叶都とスポットさんは、見た目も性格も真逆に見えた。

ふたりの会話に温度差はないがあまりにも雰囲気が違うので、なんだかチグハグしている。


というか、よくあることなんだ。



スポットさんはちらりと名奈ちゃんの様子をうかがったかと思えば、こちらに顔を寄せ小声で話してきた。



「実は、泊まっていただくのは寧ろありがたいんですよ。名奈さんは――…」


途中で言葉を止めた彼を不思議に思うと、名奈の何を話しているのか気になっている様子が目に入る。

彼女には聞かれたくないのかな。おそらくそうなのだろう。




「あ! 電車、電車きちゃう」

そんな私たちに気がついてかそうでないのか、会話を遮る名奈ちゃん。



「本当ですね、まだ少し時間はありますけど……余裕をもって行動した方がいいですよね」

あわただしく時刻表と腕時計を確認するふたり。


「電車に乗るんですか」


「うん。いろんな地域飛び回ってるって言ったけど、ラウィーニアに家というか本拠地があるの。

ここからだと…近くはないけど遠くもないから電車で行くよ」



「エアロードでもいいんですけど…この距離だと電車の方が安く済むので」


エアロード。

それはこの空に光るラインのことだろうか。

道かなとは思っていたけど、まさか本当に人の移動にも使えるだなんて。


近未来的な景色が、私の心を躍らせた。


「中距離移動だからね~」




エアロードもいいけれど、でんしゃ。

電車は知っている。電気で動く列車。


もちろん乗るのは初めてだから、少しの緊張と少しのわくわくが混ざり合っている。




*  *  *




「ここ押したらおつりが出てくるから、そうそう」


叶都に示された通りボタンを押すと、機械から小さな長方形の紙(?)が吐き出された。

私はそれを引っ張り出してまじまじと眺める。

おお、これがきっぷ。


尊い小銭がまた消えたことへの悲しみより、今はわくわくが勝っていた。




「何番線?」


「6番線ですね」


「よ~っし、行こうか!」


名奈ちゃんに着いていく。

この小さな門みたいなのは改札って言うらしい。これは知らない。



「…ど、どうやって通れば」


「ここに切符を入れるんですよ」


スポットさんさんが指さした溝に切符を差し込むと、ポーンという音とほぼ同時に向こうから切符が顔を出した。


開かれた門を通って切符を手に取る。それには小さな穴が開いていた。



「ふふふ、ちっちゃい子どもみたいだね」

手を口元にあて上品に笑う名奈ちゃん。


「なんというか…微笑ましい、ですね…?」


「し、しょうがないじゃないですか…知らないんですから」


恥ずかしくなって頬をふくらませると、叶都が指でつついてくる。

ぷしゅーっと空気が抜けた。





無知だと思われたくない。

とても悔しいし恥ずかしいけど、名奈ちゃんとスポットさん、二人の様子を見るに事情を理解してくれているみたいだ。


それをからかうのではなく教えようとしてくれている。

私、いい人に出会った。




6と書かれた看板の階段をゆっくりと下る。

広い階段で、たくさんの人が同時に歩けるようになっている。


名奈ちゃんは電車が到着した前後はすごく混雑するんだよ、と教えてくれた。




電車はまだ来ていないようなので、椅子に座って待つことになった。



「……なんて街へ行くんですか?」


「ラウィーニアのマゼランだよ。ここからちょっと南東で…田舎過ぎず都会過ぎず、いい街だと思う」

質問してみると、名奈ちゃんは少し誇らしげに答えた。


マゼランのことが好きなのだろう。どんなところなのか、楽しみだ。



「マゼランですか、行ったことないので楽しみです。……あ、乗り換え必要なんでしたっけ」

そう言って叶都は名奈ちゃんのSLIMを覗き込む。

普段半分ほど髪に隠されている、少しとがった耳が風が吹いたことによりあらわになった。


そこにはいくつもの黒と銀のピアスが、日光の反射できらめく。

耳たぶだけじゃなく、軟骨にも付けられたそれ。


穴開けるの痛そうだなと思う反面、とても彼に似合っていると思った。






こういうピアス、どこかで見た気がする。

街のショウウィンドウじゃなくて誰かに着けられているピアス。





断片的な記憶が一瞬フラッシュバックした。


それはまるでパズルの一ピースで、なんの役にもたたないぼんやりしたもの。



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