〘十七番星〙交渉


「さて。飲み物も来たことですし、本題に入りましょ~!」


私たち二人の様子をうかがってから、ぱんっと手を叩く。

先ほどの私の反応を見て楽しくなってきたらしい名奈ちゃんは、元気よく話し始めた。



「さっきも言ったけど私たちはね、いろんな国・地域をまわってるの。それで――」


「待ってください、『私たち』とは?」

叶都が一旦話を遮り質問する。


よく考えれば、これは私たちの未来を大きく変えるかもしれない決断だ。

彼は自分たちに不利が無いよう、徹底的に交渉するつもりらしい。



名奈ちゃんはその丸い目をぱちくりさせる。

そして叶都と私の意図を感じ取ったようで、慎重に考えてから口を開いた。


「あ、ポット――さっきの魔癒師くんと私だよ」

その口ぶりから、どうやらとうに知っていると思っていたらしい。



たしかに一緒に行動していると思うと、私をポットさんのところへ連れて行ってくれたことも納得できる。

つまり魔癒師と魔術師の仕事のため、各地を飛び回っているようだ。



「だから、一緒に来ない?」

ストローでアップルジュースを少し飲んでから言う。


「……名奈ちゃん、話が飛んでませんか…?」


「やっぱりそれだけじゃ納得してくれないよね…」

困ったなぁ、というように視線を泳がせてう~んと唸る。



「つまり何か企み――いえ、思惑があるってことですか?」

珈琲を飲む手を止めた叶都は、その鋭い琥珀色を彼女へと向けた。ド直球だ。

空気が少し重くなったのを感じる。



確かに、初対面の相手に「自分の家に居候しないか」なんて普通言わないだろう。

ならばそのリスクを上回るほどの何かを企んでいる、そう考えて相違ない。




「それはそうだよ、うん。そう思ってくれて構わない」

負けじと千草色の瞳でまっすぐ叶都を見つめる。


「……私的には、一緒に行動してくれる仲間が増えるっていうのは…とても心強いんですが…」

お金も行先もない私たちに少しでも協力してくれるのであれば、それはとても助かる。

私は交渉や取引など、そういうのは得意じゃないので発言するのが怖いけど、これは間違っていないはずだ。多分。


不安の色を含めて叶都を見ると、彼は少し考えてから首を縦に振った。




「……わかった」


何かを理解した名奈ちゃんは、自分の服の袖をめくった。

北の街とは言え長袖を着ていることに少しの違和感を感じていた私は、瞬時に理由を理解する。



彼女の腕にはみっちりと包帯が巻かれており、それに少し体液が滲んでいたのだ。

所々赤黒く染まった、本来真っ白な布。それを剥がす時、皮膚がくっついて痛そうだ。



「見てわかる通り、私の体はちょっと特殊で――えっと……。私、いつ倒れてもおかしくないというか」

言葉選びに困っていること、言葉を濁していることはすぐに分かった。


常にまとっていた余裕をなくして、名奈ちゃんは一生懸命どうすれば伝わるか考えている。



「ポットがいない時、私一人で仕事に行くこともある。その時…もしものことがあったら、私がいなくなった時ポットは――――」

だから仲間を増やしたい、彼女はそう言った。



しばらくの沈黙の間、叶都と私の返答から逃げるように、名奈ちゃんはストローでジュースをかき混ぜていた。







「……それも建前ですよね」


一ミリの躊躇もなく言い切った叶都の言葉に、彼女の手が凍り付いたようにぴたりと止まる。



「あはは、そうかも。何でもお見通しなんだね」

へにゃりと頼りない笑顔を浮かべたあと、ふうっとため息をついた。


そして再びジュースを飲み始める。しかし先ほどとは違って、じゅうぅ~っと長くストローを吸う。

私はコップの中の黄色のかさがどんどん減っていくのを眺めた。





しばらくして、ストローからジュポポッと愉快な音がした。それはジュースがなくなってしまったサインで。


彼女は名残惜しそうに口を離し、少し考えてから言った。



「さっきのは一番の理由じゃないけど嘘じゃないよ。

 だからあなたたちを売ったりなんてしないし、できるだけの手伝いをするつもり。…信用ないと思うけど」

視線の行き場に困り、氷だけになったグラスを揺する。


「すみません、分かってます。でも俺達には何かを信じられる余裕っていうのが無くて」



――――それに、あなたも俺たちを信用できないですよね。



叶都の鋭い指摘に、名奈ちゃんは困ったようにに笑う。


「う~ん……凛ちゃんのことは割と信用してるんだけどな」


「え、なんで私」


「なんででしょうね~」


空気を明るくしようと無理に明るい口調で言う。

それは誰が見ても明白だが、今はこのくらいが丁度いい。




「……とりあえず一緒に行動するかは置いておいて、しばらくはうちに泊まっていってよ。あ、ご近所さんいっぱいいるからそう危ないことはできないから、安心して。ポットもいるし!」

これからどうするか落ち着いて考える時間も必要でしょう?と微笑んで見せた。


いや、同じ屋根の下に他人を泊めようとすることがおかしいでしょ。




正直私からしたら、お姉ちゃんがこの人に頼りなさいって教えてくれた人だから、そこまで疑ってはいない。


しかし向こう目線では私たちは完全に他人。それなのにこう距離を詰められると、逆に怖い。…何か企んでるって本人が言ってるから、無防備というわけではないらしいけれど。





それに。


「…え、それってあの……ポットさんに確認しなくていいんですか?」

ふと疑問に思ったことを投げかける。




「……あ」


彼女から発せられた声は予想外なものだった。



「…………え??」




「まさかとは思いますが…確認してないんですか?」


「し、してない…」


「うそ…同居人なんですよね!?」


「ごもっともです…」



ふたりしてなんてこった、という顔をしている。写真に収めたいくらいの絵面だ。

なんて私も外野な考えをしている場合じゃないか。


呑気に思いながらサイダーを飲む。





「‥‥‥‥‥‥‥」




重苦しい空気が漂う中、ジャズミュージックだけが軽快に響く。




その沈黙を破ったのは叶都だった。


「……とりあえずお会計して、ポットさんのところ戻りましょうか」


「…そ、そうだね。うんそうしよ」

三人揃って立ち上がって、カウンターへ向かう。



「ほんと…申し訳ないことたくさんしたし……ご馳走するよ」


「……いえ、それは俺が申し訳ないので…」


「アッ、ハイ」


ふたりの会話を聞きながら、リュックサックから財布代わりの巾着を出す。


中にはお札が数枚と小銭が入っていた。気持ち程度の金額に、しょうがないと分かっていても少し眉が下がる。

これから私は生きていけるだろうか…。





「お会計、870シルバーです」

各自注文した分のお金を払う。



大丈夫、全然足りる。

だけどこれから生活していくには全く足りない。何日持つかというところだろう。





店のドアを引くとチリリリンとベルが鳴る。


「ありがとうございました~」






…だけど今日は、今日を生きていることに感謝しよう。ギリギリだろうけどきっとなんとかなっていくことを祈って。



「私ポット呼んでくるね。二人は駅前で待っててくれるかな」

名奈ちゃんは病院と駅の方を指す。


これはきっと、私たちを無駄に歩かせまいという気遣い。しっかりしているんだろうけど、どこか抜けている。



「わかりました」


「うん、じゃあまた後でね~」


名奈ちゃんは病院へ、私たちは駅を目指して歩き始めた。

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