〘十六番星〙弾けて消える
「こちら……お友だち? の、名奈さん。」
「はじめまして、ナナ・アイボリーといいます! あなたは……」
「
ともだち?と少し困惑しつつ、前衛的な指輪がはめられた右手を差し出す。
そうふたりはにこにこと握手をした。
なんて打ち解けのはやさ――――
いや、違うな……。
両者笑顔というとびきりの仮面を貼り付けて、相手の様子をうかがっているんだ。
策士というかなんというか――ああ、警戒しているのだろうか。
ふたりとも、私にはそんな笑顔は見せなかった。
私は様子をじっくりうかがうまでもない、つまり敵になりえない、もしくは敵になったとて害はない存在として思われているのだろうか。
少し悔しく悲しく感じるけれど、間違っていないので何も言えない。
そして思うところはあるけど、なんだか少し似たものを感じる。
「……ふっ…ふふ、あはは」
さっきまで笑顔の裏でにらみ合っていた二人が驚いてこちらを見た。
「な、なに笑ってるの」
こらえきれずに笑いがこぼれてしまう。あふれる、の方が適切かもしれない。
「だ、だって……ちょっと…ふ、から…まわってるというか、にてるなって…あは」
私は頭が悪くなったみたいに笑った。
なにがおかしいなんて分からないけど、とにかくなにもかもがおかしい。
こんな何もないことを面白いと思った私ですら面白い。
なんだか昔に同じことがあって、それをそっくり再現されているみたいで愉快なのだ。
なんだったっけ、これ。
「……だって、こんなに傷だらけの子を連れてきたんだもの。警戒するよ…」
ブロンドの少女は桃色の頬をぷくーっと膨らませる。
私は乱れた呼吸をなんとか戻して、笑いすぎて出てきた涙をぬぐった。
「…はぁっ、すみませ……私もなんでこんなにおかしいって思ったのかわかんないんですけど、」
「まあ、楽しいのはいいことだね……?」
「所謂ツボったってヤツ? ……てか、普通に笑えるんだね」
冷凍庫か、なんて思うくらいに張り詰めた空気はいつのまにか緩んでいた。
叶都のツリ目が心なしか少し穏やかに見える。
というか私って、こんなに笑えるのか。
もしかしてまだハイなのかもしれない。アドレナリンっていつまで効くの?
なんだかまるで、背後霊になって後ろから私を見ているみたいな感覚に陥る。
わたしとの間には半透明のカーテンが張られてるような感じで、私なのかわからない。
私ほんとうになんで笑ったんだろう、あんなの何もおかしくないのに。
さっきまでの笑いは急に冷めて、ストンと引っ込んでしまった。それと同時にそのことをなぜか少し残念に思っている私に驚く。
あれ、わたしってこんなんだっけ。
この、ほんの少しの衝撃。
それをトリガーに何かが外れてしまったみたいな。
取り返しのつかないことになってしまったような気がして、少し恐怖を感じる。
なぜ可笑しく感じたのか? わからない。
なぜ急に熱が冷めたのか? わからない。
なぜこんな些細なことなのに、取り返しがつかないと思ったの?
なにも、わからない。
「あ、そうそう。話があって凛ちゃんについてきたんだった」
外部からの音に我に返る。
名奈ちゃんは、忘れてそのまま帰っちゃうとこだったよ~、と右手を頭にコツンと当てた。
「なんです?」
「あなたたち、帰る所ないって聞いたんだけど……」
彼女は言いづらそうに、しかし心配そうに言う。
「はは、そうなんですよ。なので二人で旅をしようって……ね、凛」
「え、あ…うん」
ああでも、旅と言ってもお金とかないわけだし、私みたいなやつがどこかまともなところで働けるとは思えないし。
とにかく街を目指すことに精一杯で、いざ街に着いてからどうするか何も考えていなかったことに、私は気付いた。
「そう、それなんだけど! 私たちね、いろんな地域を飛び回ってるの。どう? 一緒に来る気はない!?」
食い気味に、若干目を輝かせて言った。
あ、もちろん強制はしないよ! と付け足す。
え。
「え、なんで??」
私が言う前に叶都から三文字がこぼれた。
あ、この人普通に動揺してる。
「それ、
そう言って私が背負っているものを指さす。
なんで今魔杖を? 術師探しをしているのだろうか。
気配からして、多分この人は私よりもずっと強いはずだ。叶都と比べてどうかはわからないけど、なぜ私を?
「とっ、とりあえず……長くなりそうだから場所を移そうか…?」
そうだ、ここは病院の待合室。
用事の終わった私たちが長話をしていい場所ではない。
「そうしましょうか…」
ということで、私たちは近場にあったカフェに来た。
軽やかにスキップをするようなジャズが流れており、ブラウンやベージュを基調とした店内のデザインはアンティークを彷彿とさせるが、現代的なお洒落さがある。
かふぇ、かふぇ。
その名前ですら高貴で素敵な響きだ。
私、なんだかすごいところに来てしまったのでは……?
「うーん、何にしよっか。叶都くんは?」
名奈ちゃんはメニューをペラペラとめくりながら、店員さんが持ってくれた氷水を飲んでいる。
「あぁ……なるべく軽めのを頼もうかと」
「お金あんまりないって言ってたね。私が奢るよ?」
「いえ、初対面の方にそんな…」
「私こう見えて個人の魔術師やってるんだ。今のところお金には困ってないから大丈夫だよ。というか、私が連れてきちゃった訳だし…」
私の考えすぎかもしれないが、恩を売ろうとする名奈ちゃんVS何としてでもかわしたい叶都、のように見える。
それにしても、ふたりはカフェに慣れているようだ。
叶都は都会育ちだって言っていたっけ。
一方私はメニューが読めません。
後ろの方に載っている、おしゃれな横文字を並べたもの。おそらくデザートなんだろうなということしか分からない。
「凛ちゃんは何にする?」
一人でうんうん唸っていると、名奈ちゃんが控えめに覗き込んできた。
どうしよう、これじゃ何も知らない箱入り娘だって思われちゃうかも。
「え、えっと……」
しばらく答えられずに目を回していると、すらりと細くて白い指が視界に入ってきた。
「そうだなぁ、これとかどう? そんなに高くないし、それになんだか凛ちゃんっぽくない?」
綺麗な指で「サイダー」と書かれたところをさす。
彼女はメニューに目をやっているので、私からは目を伏せているように見える。
長いまつ毛からのぞく儚げな瞳が美しい。
「じ、じゃあそれにします」
そんな彼女が、私みたいだと言ったドリンクが気になってしまった。
私は流されるようにそのサイダーを選んだ。
叶都からも何を頼むか聞き、店員さんを呼んで注文する姿はとてもスマート。
一見かわいらしくあどけない少女の顔をしているが、儚げでどこか遠くを見つめるような表情をする時がたまにある。
私はその一瞬を求めて、吸い込まれるように見入っていた。
そしてその時間は、考えることを放棄したくなる程に心地良い。
彼女は催眠魔術や人を惹きつける魔術でも使っているのだろうか?
きっとそうに違いない。
「……凛ちゃん? そんなに見つめられたら穴が開いちゃうよ」
視線が合い、彼女が声を発したことにより私は我に返った。
「ごめんなさい……ぼーっとしちゃってて」
あなたに見惚れていました、なんて言えるわけがないので適当に理由をつけてごまかす。
「えぇ、そう? 目がうつろだったよ、しっかり眠れてる?」
確かに彼女の顔はとても整っている。しかし特別なオーラがあるとかそういうのではない。
不思議。もしかして好みだろうか?
私が見惚れてしまうほどの何かがあることは間違いないけど、近寄りがたい雰囲気は感じない。
凄いな。普通こういうのって高嶺の花ってやつで、遠くから見ておこうとなるのだと思うけど。
警戒はするけど、基本的に誰にでも友好的な態度を取ろうとしている人なのだろう……多分。
「お待たせしました。ミニカステラ、アップルジュース、珈琲、サイダーです」
店員さんがテーブルにドリンクと、プリンみたいな色をしたパン(?)を置いていく。
名奈ちゃんが頼んだものでカステラと言うらしい。
サイダーの方、と言われたので控えめに挙手すると、私の前にガラスに入れられた透明な飲み物が置かれた。
それは涼しげで、小さな泡が生まれては消えてパチパチと音を鳴らしている。まるで歌っているようだ。
「珈琲にはこのスティックシュガーをお使いください。ではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
少し眺めてから、サイダーを口に含む。
すると舌の上にシュワリと爽快にはじけ広がった。
びっくりして急いで飲み込むと、喉の奥で痛いくらいの刺激が走る。
未知の刺激に目を白黒させる私を、面白そうに見つめるふたりと視線が合う。
「もしかして炭酸初めて? …ね、どう?どんな感じ?」
凛ちゃんっぽいでしょ、と身を乗り出す様子は子どもっぽい。
そして横で叶都がひくひくと肩を揺らしているのにも、私は気づいている。
ふたりとも完全に面白がっている。
不快な刺激ではなかったけど、びっくりした。
先に言ってくれればいいのに……と思ったけど、二人ともそういう人だということが分かった。
優しくない、本当に。
「………まだ喉がピリピリしてます、すごく」
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