〘十四番星〙魔癒師


 ゆらゆらと規則的に揺れる体。



たくさんの人の声が耳に飛び込んできて、急に意識が覚醒する。



「わ、私また――…」

目を覚ますと、なんと叶都におぶられていた。




「気にしなくていいし――っていうかなんなら寝てて」



「え…」


「まずはその傷をどうにかしなきゃダメでしょ」



顔を上げると、ここが例の街だということに気付いた。

驚きのあまり息を呑む。




立派に舗装された道の横には、ずらりと並ぶおおきな家。

日焼けして少し色落ちした屋根は味があって、生活を感じる。



四角い乗り物が道を走り、上の方に青と黄色と赤のランプが光っている。


空にも、光の筋が何本かひかれていた。それぞれ違う色をしている。

人や荷物が並んでいて、私はそれが道であるということに気が付いた。


まるで虹のようだ。



「な……なに、何あれ!! …いったたた」


身を乗り出して指さすと、傷がガンガンと痛んだ。

叶都に引き戻される。



「だから寝とけって言ったんだよ。マジでおとなしくして、もうすぐ病院つくから」


じゃないと振り落とすぞ、なんて脅された。

冗談なのだろうけど、声がいつもより幾分か低くて背筋が伸びる。



「はあい…」











それにしてもすごい人の数だ。

この世界にはこんなに人がいるのか……なんて、当たり前か。




私はずっとあの雪国で過ごしてきたから、こんな光景は見たことがなかった。



「おかあさんあれほしい」


「この前も似たようなの買ってあげたじゃない」


何気ない会話が溢れる、平和な街だ。


パンが焼ける匂いもふわりと漂ってくる。




いろんな建物もある。

人が住んでいるような家や、大きなお店や……ほんとうにたくさん。



ガラスの向こうに展示されているあれは商品だろうか?



街は知らないものであふれている。見たことも聞いたこともないものばかりだ。


もっと知りたい。あれらは一体何のためのもので、それからどうして人々はこんなに楽しそうなのか。


私は目を輝かせて、周りを見回した。










あれ


私――――…










「着いたよ、病院。わかる?傷治したり病気の治療したりするところね」


「そのくらい知ってる」


叶都に椅子に座らされる。



たしか待合室って言うんだっけ。

鼻を刺すつんとした臭い。消毒液だろうか。


すごい、なにもかも物語で読んだ通りだ。





「そんなに大きい病院じゃないし、すぐ診てもらえるんじゃないかな」




次々と待っている人の名前が呼ばれていく。

お医者さんは大変そうだ。




「ナナ・アイボリーさん」





次に呼ばれた名前。


知らない人なのに、知ってる名前。



そうだ、この人――――!





急いで立ち上がり、呼ばれた名前の主を追いかける。



「ちょっ…凛!?」

叶都の制止を無視して駆けだす。





追いつき手首をつかむと、ナナ・アイボリーは振り返った。


「えぇっと……だれ?」



甘いはちみつ色の髪をゆるりと巻いて、サイドテールにした少女。

容姿や顔はあどけない印象を受けるが、仕草は「大人の女性」といった優雅さを感じた。



ナナ・アイボリー――――彼女は驚いたように目をぱちくりさせている。




あ。私、初対面の人の腕をいきなり掴むとか……なんてことを。

詫びようとすぐに口を開いた。


「あ、あの私――」


「ねぇ…その怪我! どうしたらそんなことになるの…!?」


私の声を遮るように、彼女の可愛らしい声がフロアに響く。

急に大きな声を出したので、周りの人の視線がこちらに向いた。



そっか、病院は静かにしなくてはいけないんだっけ。





「とっ、とにかく…先に診てもらお…!」


彼女は恥ずかしそうに少し背を丸め、小声で言った。


「え、あの…順番、とかは」


「それなら大丈夫! たまにいるんだよね、緊急外来に行くべきなのにゆっくり順番を待つ、あなたみたいな人が。そういう人を先に診てくれる先生がいるんだよ」


それに手遅れになっちゃいけないでしょ、と真剣な顔をする。



急展開に焦って叶都の方に目をやると、彼はにこやかにひらひら手を振っていた。

彼女を止めてはくれなさそうだ。



「善は急げって言うし」と言って私の手を引いて奥の部屋へ向かう。


……これは善なのだろうか?




それに私が先に診てもらって、ほかの人の迷惑になったりしないのかな。

考えたところで彼女は止まらなそうだけれど。






「あの…本当にこっちに?」



待合室を抜け、薄暗い廊下をぐんぐん進む。

後ろから射す光がわずかに照らし出した床には、角に薄くほこりが溜まっている。

普段の人通りは多くないようだ。




「うん、ポットは狭い部屋が落ち着くらしいの」


ポットさん、とは誰だろう。彼女はお医者さまと友人なのだろうか。




偏見だけれど、アイボリーさんはお友だちが多そうだ。


この明るくて優しい雰囲気。この人の近くにいると視界がぎゅんって明るくなる感じ。

それとこの甘くていい香り。

胃もたれするようなしつこい甘さじゃなく、風で流れてくるお花の香りみたいな優しい甘さ。


この香りはなんだか安心するような、懐かしいような――――




「着いたよ」

彼女はシンプルな白い扉をノックしてから、勢いよく躊躇なく開けた。



「うわあっ!!!」

大げさなくらいビクリと跳ねたことにより、椅子がずれてよろける。

茶髪で眼鏡と白衣を身にまとった、控えめそうな少年が驚いた顔でこちらを見た。




「ちょ、ちょっと…静かに入ってくださいね…!?」


「あ、ごめん。すごい怪我してるから慌てちゃって」



私の手を繋いだまま部屋のドアを閉める。


「えぇっ!? ど、どこですか!?」


アイボリーさんの言葉に、白衣の彼はひどく慌てた様子でこちらを見た。


「私じゃなくて、この子が――」








私の存在に気が付き、眼鏡をクイっと押し上げる茶髪の人。

この人がお医者さま? それにしては随分と若い気がする。



「とりあえず座ってください」と椅子に案内されたので、素直に座る。


すごい、くるくる回る椅子なんて初めてだ。








「うわぁ……なんですかこの傷。服の上からでもわかりますよ。しかも頬には軽いやけどが見られますし……」

私よりお医者さまの方が痛そうだ。


というか、やけど?

気が付かなかった。ニーズヘッドにやられたのだろうか。



「ねえ痛くないの? 平気そうな顔してるけど…」

心配そうな顔をしてのぞきこむアイボリーさん。



「えっと…かなり痛いです」


「でしょうね…」


ふたりして眉をひそめる。




やっぱりそんなにひどい怪我なのか、通りで痛むわけだ。


叶都の傷が全部ふさがったから感覚が麻痺していたけど、深い傷を放置していたのだ。彼女の言う通り、早く診てもらえてよかった。




「とりあえず……そのぶ厚いパーカーを脱いでいただけますか? それと、その背中の魔杖はこちらへ」

お医者さまは私が着ている服を指す。




「……はい」


お姉ちゃんがくれたパーカー、こんなにボロボロになっちゃった。

ずきりと胸が痛む。

ずっと大切にするって約束したのに……。



私はパーカーを頭から脱ぐ。


静電気で髪が手に引っ付いてくるのが不快だ。

その上薄いキャミソール1枚になってしまったのでスースーする。



体にできた無数の傷を見る。

いざ視界に入れてみると、とても痛々しい。心なしか痛みが強くなったように感じる。



「……良かった。見た目は…何というか派手ですが、そんなに深くなさそうです」


しばらく痛むと思いますが、なんて嫌な言葉を言いつつ慣れた手付きで紙にメモをとっていく。



「ありがとうございます。えっと……お医者さん」


ぱっと見ただけでおおよその状態が分かるってすごい。

きっとたくさん勉強してきたのだろう。



「あ、えっと。ぼくは医者じゃないんですよ……実は」


メモをとる手を止め、さっきより少し小さな声で言った。




医者じゃないって一体どういうことだろう。


「看護師さんでしたか?」


じゃないとしたら、まさか闇医者…!?

もしそうなら順番を抜かして診てもらえたことも納得できてしまう。



「……いえ、『魔癒師まゆし』って言うんです。魔術で傷や病を癒す……そのままの意味ですね」


なるほど、この人も広い意味では魔術師なのか。



「すごいです。医療だけじゃなく魔術も学んだからこそ出来ること……ですよね」

なんにも知らないけど。



「い、いえ! そんな大層なものじゃないですよ…!」


お医者さま改め魔癒師さんはそばかすのある頬を赤らめ、照れ笑いする。


しかしその表情もつかの間、夏の天気のように顔を曇らせた。



「魔術だって万能じゃありません、治せないものだって沢山です。それに僕本当は医者を目指していたんです。色々あって諦めちゃいましたけど…」



そして再び明るい顔をして、「でも結果、魔癒師になれたのでハッピーです!」と言った。


魔癒師になっている時点で十分素晴らしいことだと思うのだけれど。



「あっ、すみませんすみません!! 初対面の方に話す内容じゃありませんでした…。さ、さて! 気を取り直してさくっと傷治しちゃい…――――」


再び私の体を見た魔癒師さんは、目の前に雷が落ちたかのような顔をした。

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