〘十二番星〙契約


「契約って…本気!? というか正気!?」


先ほどまで未知の怪物みたいだった叶都は、私の言葉に表情を崩す。




「本気!! 正気ではないかもしれないけどそれしかないし……」


契約の怖さは嫌というほど知っている。

お姉ちゃんがどんどん壊れていくあの音……忘れるはずない。


本当に、契約なんてしなくていいなら絶対にしない。しかしそれはきっと、叶都も同じのはずだ。




「私ね、家で過ごしてた時……こっそりやりたいことを考えてたんだけど」



「……うん」

私が突然語り始めるので一瞬驚きの表情を見せたが、すぐ、穏やかに耳を傾けてくれる。


「さっき叶都が死んじゃったと思って一人になった時……気づいちゃったの。あれは私がやりたいことじゃなくて、お姉ちゃんと一緒にやりたいことだった」



あからさまに叶都の表情が曇る。その奥で揺れているのは、きっと彼の記憶だ。

しかし私は気にせず話を続けた。これだけは、ちゃんと伝えなくてはいけないと思ったから。


「私一人だって思ったら、ずっと見たかった紅葉もあつい海も――どうでも良くなっちゃって」


急に熱がサーっと冷えてしまった感じ。ずっと夢見てきたものが、一瞬で無意味なものへと変わってしまった。

正直、自分のその感情が一番怖かった。


やりたいことっていう希望がなくなったら、今度こそ私本当に空っぽになっちゃう気がして。


私は琥珀色の瞳を見つめ直し、言った。



「私、昔本当にやりたかったこと思い出したい。私のせいで人生がねじ曲がっちゃったあの人の事を――忘れたくないの。だからお願い、私を生かして」


こうやって他人に縋らなければ生きていけない自分の弱さに、目が潤む。

都合がいいなんて最初から分かっている。




叶都は驚きを落ち着かせるため深呼吸してから、口を開いた。


「……俺のメリットは?」


「この状況から脱することができるのと、魔力量が増える」


「……それだけ?」

死が刻々と迫っているというのに、叶都は至って冷静に見えた。

それは彼が冷たいのではなく、きっと私と向き合おうとしてくれているから。



「…も、もしここで私を見捨てたら後々後悔するかもよ」

二つ以外にメリットが思いつかなくて、咄嗟に脅し文句が飛び出す。


私何言ってるんだろ、と冷静になったのは言葉を全て言い終えてしまってからだった。

そんな風にあたふたしていると、心なしか叶都の瞳の奥で何かが揺れた気がした。




「――――分かった。契約しよう」




「……へっ?」

思いもよらぬ返答に間抜けな声が飛び出す。


「あは、なんで驚いてんの?」

彼はふっと笑ってみせた。

なんだか愉しそうで、少しずるいと思う。



「え、いや……だって本当に契約してくれるなんて思わなかっ――――」

私の言葉は突然の衝撃に遮られる。


ニーズヘッドが再び煙と炎を吐き、氷の壁が音を立てて崩れ落ちた。



残されたのはほんの数秒。



叶都はまるで呪文を詠唱するかのように問うた。


「魔力量を分ける代わりに、なにを望む?」





“何を望むのか”


数日前だったら、絶対にこたえられなかったであろう質問。

だけど今の私は違う。



胸の前で、ぎゅっと両手を握る。






「――――旅がしたい…!」





声に出した瞬間二人の間に、光輝く魔法陣が展開される。


それは眩しいほどに魔力がみなぎっており、その圧に押される。しかし不思議と心地よい。












光が更に強くなっていき、針のように目を刺す。










するりと私の手と叶都の手を絡ませると、徐々に体から力が抜けていくのを感じる。魔力を吸われる感覚だ。        














ニーズヘッドが炎を吐いた。





熱を感じた瞬間、気が付けばもうそれはあと1ミリで触れるような距離にあった。











眩しい光に包まれる。




その光が魔法陣のものか、炎かなんてわからない。












刹那、視界のすべてがまっしろに塗りたくられ、音すらも消えた。

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