助けても助かっても救われない 3




「ぐっ」


 顔に張り付いていたカードを巻き込みながら、目の前にずり落ちる。そこにあるのは金の入った封筒だ。俺が、女からもらったやつ。


「おい」


 おっさんの声と同時に、どたどたと誰かが近づいてきた。あの電話があってもなおいたぶるつもりかと、体がこわばる。が、そんなことはなかった。


 後ろ手に結ばれたロープが、外される。自由の身になったのに、先ほどまで受けていた暴行のせいで、体が全然動かねえ。


 おっさんは俺の前にしゃがんで、ジャケットからスマホを取りだした。俺のだ。


 自由になった俺の手を取り、ボタンに指を押し付ける。ロックを解除し、なにやら操作し始めた。しばらくして、封筒とカードの上に放り捨てる。


「連絡先は消しといた。もし、嬢ちゃんに本気でれてたんだったらすまなかったな」


 あ、それは違う。罪悪感えぐい。でもそんなこと言うともう一発殴られそうだから黙っとこう。


「五十万、か。おまえあんま使ってなかったな。ひでえやつは五分で溶かすぞ。……まあいい。それ、やるよ、口止め料。このこと人に言うんじゃねえぞ。もし、誰かにしゃべったら。わかってんな?」


 残った気力で、必死にうなずく。


 おっさんはため息をついて立ち上がり、星空せいらのほうへと歩いていった。


「おう。おまえら帰るぞ!」


 おっさんの言葉に反論するやつはいない。短い返事をしてついていく。


 俺に体を向けている星空せいらを、通り過ぎていった。が、先頭を歩いてたおっさんは立ち止まり、振り返る。


「なあ、あんた」


 声をかけられても、星空せいらが後ろを向くことはなかった。


「なんで俺のこと知ってんだ? どこのもんだ? 誰とつながってんだ?」


「これ以上教えると、僕はあなたからもっと対価をもらわなきゃいけなくなるので」


「答えられねえってことか」


「……安心してください。あなたから読み取った情報は、誰にも渡しませんから」


 小さい舌打ちが返ってくる。


「まあ、そう言うとは思ったよ。はやく、そいつを連れて帰んな」


 そのまま、おっさんたちは倉庫を出ていく。足音がまったく聞こえなくなったと思ったら、俺の頬に冷たい手が触れた。


「いって……」


「ごめん」


 手はそのまま、俺の頬をなでる。ヤツの手が震えているのを、感じ取った。


 ……ムチャ、しやがって。


 そばにしゃがんでいる星空せいらは、苦笑する。


「いくら相手の行動が読めても、怖い人はやっぱり怖いんだよ」


 ……わけわかんねえ。俺のこと助けに来る理由なんて、こいつにはないはずなのに。


 あのとき、占いはもう終了したはずだろ。


「なにしに来たんだよ、おまえ。てめえの言ったとおりになった俺のこと、わざわざ見に来たのか? ……ああ、はいはい。よくわかったよ。死ぬかと思った。全部俺のせいでした。……これで満足かよ?」


 ああ、しゃべるのきっつ。呼吸も苦しくなってきたな。


 俺の言葉なんて気にせず、星空せいらはカードを拾う。その手首を、つかんだ。


 そんなに力は入らねえ。振りほどこうと思えば振りほどけるはずだ。でも星空せいらはそのまま、固まっていた。


「なにが、俺のせいだ。なにが謙虚だ。こうやって痛めつけられんのが奉仕精神ってやつなんか? なあ……ふざけんなよ。俺の苦しみなんか、どうせ、理解できないくせによ」


 頭もくらくらするし、顔は痛いし、なんならここで寝てしまいそうだ。


「俺がなにしようが、結局、女に殺されかけるか男に殺されかけるか、だ。なんなんだよ、ちくしょう……」


 星空せいらは否定も肯定もしなかった。そのまま、尻をつく。俺に顔を向け、目を、開けた。


 相変わらず、きれいな目だ。紫色の、宝石みたいで。西日が反射して、よりいっそう輝いている。


 その目が、細くなった。


「大丈夫。顔はもとに戻るから。鼻も折れてない」


「そんなこと、きいてんじゃねえんだよ」


「わかってる。でも、きみにとっては大事な部分なんでしょ」


「うるせえよ。どうせ、この顔のせいで……」


「女難の相は別に顔の良しあしに限った話じゃない。顔がなくなったところで、違うかかわりができるだけさ」


 ……なんだこいつ。どうせ、俺のこと助けに来たわけじゃないくせに。


 どうせ、カードを追っかけてきただけのくせに。


「カード、なんだった? わざわざここまで取りに来たカードはよ」


 星空せいらは持っているカードをチラリと見る。


「悪魔」


「んだよ、それ」


 結局なにも解決してないってことじゃん。こいつも難儀だな。代り映えしないカードを追って巻き込まれてやんの。


「……なんだよ?」


 星空せいらは、俺の顔を見つめている。何もかもを見透かすあの目で。


 なにか話そうとしたのを、遮った。


「おい、待て。どうせ、俺の考えてること読んで、答えようとしたんだろ」


「……しゃべるの、きついかと思って」


「きついよ、きつい。でもちゃんと口で話したいんだ」


 星空せいらは何度かうなずいた。が、その目を閉じることはない。……まあ、別に閉じる必要はないんだけどさ。


 息を吸い込んで、ちゃんと星空せいらに聞こえるよう声を張る。


「ありがとな、来てくれて。一応、礼は、言っといてやる」


 あー、きっつ。声出すのって結構エネルギー使うな。


 もう、呼吸すんので精いっぱいだ。俺今、死にかけの動物みたいに見えてんじゃねぇ?


 星空せいらは、首を振った。


「お礼を、言われるようなことはしてない」


 その視線は悲し気に、俺からそれる。


「僕のせいなんだ、この状況は。……こうなるように、仕向けたんだ。きみが、女性じゃなくて彼らについていくように」


「え?」


 自分でもびっくりするほど情けない声がでた。


「ど、え? なに?」


「数あるきみの未来の中で、一番まともな未来に導いたつもりだった。それでも、痛い思いをしたのは変わらない。目を開いて視ても同じ。やっぱり僕は、きみの女難の相を完璧に消し去ることができないみたい」


 何を言ってるんだ、こいつは。体中が痛いのもあって頭が働かん。理解が追い付かねえ。


「えっと、だからね。あのとき僕がきみを怒らせなかったら、きみは別の女性にほいほいついていってたでしょ? そうしたら、あの人たちに今よりひどい目にあわされてたと思うよ。下手したら、街のど真ん中で、殺されてたかも」


「……そうか。でも、そっちのほうがよかったのかもしれねえな」


 これからも、こういった出来事が、定期的に続いていくくらいなら。


「助けてもらったからには、対価が、いるんじゃねえの? いくらいる?」


「……きみからは、もらわないと思う」


「は?」


 じゃあ、ほんとに、助けてくれただけ、ってことか?


「そうだね。でもどちらかというと、僕が助けたのはあのおじさんのほうだよ。だからこの件で報酬をもらうのは、あのおじさんからなんだ」


「ええ? なに……?」


「もし、僕が彼の行動を変えなかったら。彼は今のきみ以上に痛い目を見ることになってたはずだよ」


 詳しく聞いてもわからん。とりあえず、おれが助けてもらった報酬を払うことはしなくていいってわけか。


「うん。たぶん」


 たぶんってなんだよ。


「だって、僕は、どんなにがんばっても、きみの悩みを解決することはできないからね。きみが、女性に困らないよう導くこともできないし」


「俺の行動次第、なんだろ?」


「ううん。そういうことでもないんだ」


 星空せいらの手首をつかんでいた俺の手首を、星空せいらのもう片方の手がつかんだ。自分の手首からそっと離す。


「もうそろそろ、起きられるはずだよ。ここを出よう。……タクシーが捕まる場所まで、つれてってあげる」


 星空せいらは俺の手首を両手で強く握り、起き上がるのを手伝ってくれた。まだうまく歩けない俺に歩幅を合わせ、一緒に倉庫をあとにする。




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