助けても助かっても救われない 2
聞き覚えのある、みずみずしい声。
あいつ、まさか、ひとりで来てんのか? 無謀だな。あいつの体格ならすぐにボコボコにされるのがオチだろ。
ここまで飛んできたタロットカードを追って来たばかりに、あいつも災難だな。
「ぼくちゃん、どうした? 目ぇ見えねえのか? よかったな~? 見ちゃいけねえもん見ずにすんでよ。とっとと回れ右して帰んな」
俺の髪をつかんでたおっさんの声だ。
「大丈夫です。見えてますから」
「あん?」
「あそこにあるでしょ、僕のカード。なんならまっすぐ取りにいってみせてもいいですけど」
冷ややかで静かな空気が、こちらにまで流れ込んでくる。
「で? します? 口封じ。やるからには、殺してくださいね。痛みが残るのは、嫌なんで」
昨日とは違い、笑うやつはいなかった。一触即発、といった空気の中、おっさんの冷静な声が際立つ。
「てめえ、自殺志願者か? だったらよそに頼みな。俺たちはおめえみたいなヤツの相手してられねえんだよ」
「じゃあ、どうします? 僕はここを去るつもりは、ありませんよ?」
再び訪れる静寂。今度は不穏を漂わせていた。
それは異物が迷い込んできてどうしようもない不快感、かもしれない。あるいは、なにかが起こる前兆のようでもあった。
おっさんの中でも若そうな男が、荒ぶる声を出す。
「上等だよ! そこまで殴られたいんだったら好きにしてやらぁ!」
「ちゃんと殺してくださいね。あなたもそのあと死にますけど」
その声は、おふざけなんか一切なくて。声だけで、俺の背筋が凍るくらいに冷ややかだ。
「中途半端に殴ったら、その倍、あなたに返ってくるだけですから。そっちのほうが、死ぬよりつらいと思うので、ちゃんと殺してくださいね」
「おい、下がれ。面倒ごと増やすこたねえよ」
めんどくさげなため息のあと、おっさんの声が続く。
「なあ、あんた。とっとと」
「娘さんに、しばらく会えてないんですね」
「……あぁ?」
「奥さんとは別れた。ああ、奥さんはお医者さんですか。優秀でいらっしゃる。あなたと違って」
おっさんたちの返事は、聞こえない。それがまた、嵐の前の静けさを思わせた。
「娘さんとは、今朝ひと
とっくに、おっさんたちも気づいてるはずだ。
おっさんが、腹の底から響くような声を出す。
「おまえ、娘の知り合いか?」
「ほんと、皮肉ですよね。自分の娘にはろくに会わないくせに。上司の娘の監視はしなきゃいけないんですから」
「てめえ、何者だゴラァ! とっととこたえ」
その続きを、突然の着信音が止めた。誰も出ようとしない中、
「出たほうがいいですよ。オヤジさんの次に、怖い人からだから」
電話に、出たんだろう。おっさんたち以上に強烈な声がとどろいた。
「あんた今どこにいんの! まさかカタギに手出してんじゃないだろうね!」
女の高い声ってのは、なんでこう頭に響くんだろうな? あれは多分、スピーカーにもしてないぜ。モロ聞こえって、相当だろ。
「……
「だめですよ、切っちゃ」
「オヤジさんを優先して切ろうとしてるんでしょ。ここで切っちゃダメです。ここで切ったら、大変なことになります」
「ああ? さっきから聞いてりゃおめえよ!」
離れている俺でもガンガンするほどの怒鳴り声。おっさんの不機嫌さはピークだ。今度こそあいつ、やられるかも。
「ちったあ黙って」
「なんであたしがわざわざ電話してきたかわかるかい!」
女のキンキン声が重なった。
「あの子が男に電話がつながらねえってあたしに泣きついてきたからだよ! このバカ!」
「いや、こっちはオヤジに頼まれてんすわ」
「じゃあいますぐ戻ってきな! 命令だよ!」
「しかし……」
「よくわからん男に
「殺すまではしませんよ、ちいとばかしお
さっきまで俺のこといたぶってたやつが、平身低頭な声を出している。それ以上に、電話の声がでかい。
「子分のくせして勝手なことしてんじゃないよ! ……あんたもあんただよ! 出会ったばっかの男に大金わたすなんてさ! あんた男に貢ぐの何度目だい!」
電話の向こうで、「だって~」という女の泣き声がかすかに聞こえてくる。
「とにかく、カタギには手出すんじゃないよ。スマホも返してやりな。ああ、あの子の連絡先は消しとくんだよ。こっちも消させとくから……お黙り! あんた誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! あんたの素行が悪いからだろ!」
おっさんの、ため息交じりの声が続く。
「金はどうします?」
「くれてやりな。どうせあんたらやることやってんだろ。治療費だよ」
おっさんは返事をしない。
「あの人があんたらに何頼んだか知らないけどね。事後に男を消したところでまた繰り返すだけだろ。監視するんだったら、最初から変な男を近づけてんじゃないよ! それができないあんたらの落ち度だろ! 違うかい!」
「……はい。すんません、
「言っとくけど、次はないからね? もしこれから余計なことやってごらん」
それまではただのヒステリックな声だったのに、一瞬でこの場を凍り付かせる声色に変わる。
「あたしもあんたのこと、好きにできる立場なんだ。そのことゆめゆめ忘れるんじゃないよ」
「……承知しました」
ひととおりしかられたところで、おっさんは冷静に続ける。
「
「なんだい?」
「この男は、
きっと
このよくわからない不気味な男が、上のやつらの差し金なんじゃないかって考えてんだ。
「はあ? なんの話? 私がわざわざダメ男を娘に差し向けるもんかね!」
「あ、いや。違うならいいんです。わざわざすみません。……では」
ヒステリックな女の声は、もう聞こえない。電話を切ったんだ。
横たわったまま動けない俺に、足音が近づいてくる。顔になにかが落ちた。
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