カードが選び、僕が視る




 テーブルには、ドリアにサラダにスープにパスタ……いろんな料理が並びつくし、湯気を立てている。


 こんだけ頼んで五千円も超えないんだ。財布には優しいが、ほんとにこれで良かったのか?


 まあ、いいか。正面に座ってるそいつ、星空せいらは料理を前にして笑ってるから。


「あ……食べていい?」


「どうぞ」


「きみは、食べないの?」


 律儀りちぎにも、俺が先に手を付けるのを待っているらしい。


「いや。腹は減ってねえから」


「ああ、そうだったね。じゃあ、いただきます」


 やっぱり見えている。スムーズにカトラリーを箱から取り出すし、今持っているのがフォークだってこともわかってる。


 星空せいらはフォークを使って、前に置かれたサラダを口に入れていった。こぼすことも、フォークを変な場所に突き立てることもない。


 こんなやっすい店に連れていくのは不安だったけど、今思うと正解なのかもしれないな。


 男二人で来ても違和感はないし、いつも感じる女たちの視線が一切ない。


 店の中は中高生や学生が多く、騒がしい。俺たちはすみっこの席だから、話す内容も気にせずに済んだ。


 星空せいらは当たり前のように、目をつぶったまま食べ進めている。


「それ、見えてんの?」


「うん」


 特に嫌がることなく答えてくれる。


「どこになにがあるのか、どの席にどんな人が座ってるのか、全部視えてるよ」


「ふうん」


 口にモノをつめこむ星空せいらを見つめながら、頬づえをついて水を飲む。俺がここで口にするのはこれだけだ。


 星空せいらは頬いっぱいにためこんで、もぐもぐと口を動かしていた。これじゃあリスかハムスターだな。


「もちろん、きみのこともちゃんと視えてる」


「じゃあ俺の顔がとんでもなくいいってこともわかるわけだ?」


「人の美醜についてはよくわかんないよ。きみがその容姿で悩んでいることはわかるけど」


 口元に手を当てながら話す星空せいらの、大きな頬が揺れている。


「少なくとも、普通に生活を送る中で、わざわざ目を開く必要がないんだ。開いたところで、まわりを驚かせるだけ」


 昨日、こいつが目を開いたときのことを思い出した。


 忘れることなんてできないくらい、キレイな目だった。妖しくて、神秘的で、鈍い俺ですら不思議な力を感じた。


 ……まあ、こいつが目を閉じたままでいるのもわからんじゃない。人の多い場所であの目をさらせば、変に注目を浴びるだけだからな。


 キレイだなんだともてはやされるならまだしも、耳をふさぎたくなる言葉をぶつけるやつだっているはずだ。こいつが常に目をつぶってるのは、そういう理由もあるんだろう。


「そうだね。それに、見えすぎちゃって困るんだ」


 ……もし、俺たちのようすを誰かに見られていたとしたら。


 星空せいらは完全にヤバいヤツとして認定されるな。急にひとりごと言い出してんだから。


 反論しようと口を開けた星空せいらに、かぶせた。


「あんたさ、俺の心の中勝手に読むのやめろよ」


「そんなこと言われたって……。読めちゃうんだから、しょうがないだろ」


「読むならまだしも俺の心と会話すんな。口を使わせろ、口を。こっちは気ぃ遣ってしゃべらねえこともあんだから」


 返事はないが、星空せいらの手は止まる。表情も少しだけ、硬くなった。


「それでも勝手に読むってんなら、昨日女を抱いたこといちから思い出してやるよ」


「やめろよ! セクハラだぞ!」


 いやいや、勝手に読まなければいいだけで。おやおや、もしかしてそういったご経験はない?


 こっちがニヤニヤすると、悔しそうに顔を赤くした。


「ま、あんたが超能力者だってことはよ~くわかったよ」


「……僕はそう思ってないけど、そう呼ぶ人もいるね」


 星空せいらはカラになったサラダの皿を、スープの入った皿と取り換えた。


「詐欺師だって、言う人もいる。霊媒師って言われたこともあるけど、残念ながら死者は見えない」


 スープをスプーンで口に運んでいく。先ほどとは違い、ひとすくいずつ丁寧に飲み込んでいった。


「得意分野は未来予知だから、予言者、のほうがしっくりくるんだ。……でも自己紹介のときは、占い師って言う。それが一番伝わりやすいから」


 そりゃそうだろうな。タロットカードを持ってたし。


「タロットカードは導きの道具にしか過ぎないよ。占う相手を探したり、占ってほしいことの象徴だったり、選択肢の中で最適なものを選んだり……。僕が占いそのもので使うことはめったにないかな」


 スープをそのままに、フォークを持ってパスタの皿に腕を伸ばす。くるくると巻いて、口に運んでいた。ある程度の量を詰め込むと、咀嚼そしゃくを始め、口元に手を当てる。


「カードは、きみを選んだ。だから僕は、きみを占うためにここにいる」


「占いねえ? それで俺の悩みを解決してくれるって?」


「うん。カードが象徴する悩みをきみから読んで、未来を視て、将来がいい方向に進むよう調整していくんだ」


 星空せいらが固形物を食べるときの動きは独特だ。ある程度頬にためこみ、ゆっくりと噛みながら話をする。

 口の中に食べ物がなくなったら、再び頬に詰め込んでいく。その繰り返し。やっぱりハムスターだ。


「ごめんね。食べながらで」


 口に手を当てたまま、申し訳なさげに眉尻を下げる。


「カードは、悪魔の正位置だった。これは、なにかに依存して抜け出せないことを象徴してる。変化することを恐れて、今のままでもいいやって投げやりになっている。……思い当たることはある?」


 星空せいらの言葉が突き刺さる中、俺は返事をしなかった。


「女難の相が出てるから、女性関係だとは思うけど」


 星空せいらの目がゆっくりと開いていく。ちらりと、神々こうごうしい光が放たれた。


「ばっか! 閉じろ!」


「ええぇ?」


 星空せいらはびくりと震えながら目を閉じた。


 周りの席を見渡すが、相変わらず中高生が騒がしいだけだ。勉強してるヤツもいる。……うん。誰もこいつの目は見てねえな。


 星空せいらに向き直って声を潜める。


「おまえの目に気づかないやつなんていないんだから、そんな簡単に開こうとするな」


「……大丈夫だと思うけど。位置的に見えないし」


 星空せいらの言うとおりだ。すみのテーブルでも壁際は俺。その正面に座るのが星空せいらだ。


 つっても横に窓があるし、俺の隣に続く個人席から見えないわけじゃない。


「言っとくけどおまえのこと気にしてるわけじゃねえから! 俺が嫌なんだよ! 余計なことで注目されたくないんだっつの」


 星空せいらは短く息をついて、笑った。


「わかった。そのかわり、精度が少し落ちるのは覚悟してね」


 星空せいらは口の中のものを飲み込んだ。元に戻った頬。手を止め、神妙な声を出す。


「安心して。きみは、なにも話さなくていい。つらい悩みを、わざわざ口に出すことはしなくていい。名前も、生年月日も必要ない。きみから得た情報を、誰かに渡すこともない」


 俺を向いたまま、星空せいらの表情は硬くなる。集中してるんだ。


「カードに象徴される悩みをきみの全身から読み取って、応えていくだけだから。必要以上に、踏み込んだりはしないから」


 きっと今、俺の過去やら考えてることやらを読み取りながら、頭の中をすみずみまで見て回っているんだろう。


 ……不思議だ。触れられたくない部分もあるはずなのに、こいつに見られることが嫌だとは、これっぽっちも思わなかった。


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