カードが選び、僕が視る
テーブルには、ドリアにサラダにスープにパスタ……いろんな料理が並びつくし、湯気を立てている。
こんだけ頼んで五千円も超えないんだ。財布には優しいが、ほんとにこれで良かったのか?
まあ、いいか。正面に座ってるそいつ、
「あ……食べていい?」
「どうぞ」
「きみは、食べないの?」
「いや。腹は減ってねえから」
「ああ、そうだったね。じゃあ、いただきます」
やっぱり見えている。スムーズにカトラリーを箱から取り出すし、今持っているのがフォークだってこともわかってる。
こんなやっすい店に連れていくのは不安だったけど、今思うと正解なのかもしれないな。
男二人で来ても違和感はないし、いつも感じる女たちの視線が一切ない。
店の中は中高生や学生が多く、騒がしい。俺たちはすみっこの席だから、話す内容も気にせずに済んだ。
「それ、見えてんの?」
「うん」
特に嫌がることなく答えてくれる。
「どこになにがあるのか、どの席にどんな人が座ってるのか、全部視えてるよ」
「ふうん」
口にモノをつめこむ
「もちろん、きみのこともちゃんと視えてる」
「じゃあ俺の顔がとんでもなくいいってこともわかるわけだ?」
「人の美醜についてはよくわかんないよ。きみがその容姿で悩んでいることはわかるけど」
口元に手を当てながら話す
「少なくとも、普通に生活を送る中で、わざわざ目を開く必要がないんだ。開いたところで、まわりを驚かせるだけ」
昨日、こいつが目を開いたときのことを思い出した。
忘れることなんてできないくらい、キレイな目だった。妖しくて、神秘的で、鈍い俺ですら不思議な力を感じた。
……まあ、こいつが目を閉じたままでいるのもわからんじゃない。人の多い場所であの目をさらせば、変に注目を浴びるだけだからな。
キレイだなんだともてはやされるならまだしも、耳をふさぎたくなる言葉をぶつけるやつだっているはずだ。こいつが常に目をつぶってるのは、そういう理由もあるんだろう。
「そうだね。それに、見えすぎちゃって困るんだ」
……もし、俺たちのようすを誰かに見られていたとしたら。
反論しようと口を開けた
「あんたさ、俺の心の中勝手に読むのやめろよ」
「そんなこと言われたって……。読めちゃうんだから、しょうがないだろ」
「読むならまだしも俺の心と会話すんな。口を使わせろ、口を。こっちは気ぃ遣ってしゃべらねえこともあんだから」
返事はないが、
「それでも勝手に読むってんなら、昨日女を抱いたこといちから思い出してやるよ」
「やめろよ! セクハラだぞ!」
いやいや、勝手に読まなければいいだけで。おやおや、もしかしてそういったご経験はない?
こっちがニヤニヤすると、悔しそうに顔を赤くした。
「ま、あんたが超能力者だってことはよ~くわかったよ」
「……僕はそう思ってないけど、そう呼ぶ人もいるね」
「詐欺師だって、言う人もいる。霊媒師って言われたこともあるけど、残念ながら死者は見えない」
スープをスプーンで口に運んでいく。先ほどとは違い、ひとすくいずつ丁寧に飲み込んでいった。
「得意分野は未来予知だから、予言者、のほうがしっくりくるんだ。……でも自己紹介のときは、占い師って言う。それが一番伝わりやすいから」
そりゃそうだろうな。タロットカードを持ってたし。
「タロットカードは導きの道具にしか過ぎないよ。占う相手を探したり、占ってほしいことの象徴だったり、選択肢の中で最適なものを選んだり……。僕が占いそのもので使うことはめったにないかな」
スープをそのままに、フォークを持ってパスタの皿に腕を伸ばす。くるくると巻いて、口に運んでいた。ある程度の量を詰め込むと、
「カードは、きみを選んだ。だから僕は、きみを占うためにここにいる」
「占いねえ? それで俺の悩みを解決してくれるって?」
「うん。カードが象徴する悩みをきみから読んで、未来を視て、将来がいい方向に進むよう調整していくんだ」
口の中に食べ物がなくなったら、再び頬に詰め込んでいく。その繰り返し。やっぱりハムスターだ。
「ごめんね。食べながらで」
口に手を当てたまま、申し訳なさげに眉尻を下げる。
「カードは、悪魔の正位置だった。これは、なにかに依存して抜け出せないことを象徴してる。変化することを恐れて、今のままでもいいやって投げやりになっている。……思い当たることはある?」
「女難の相が出てるから、女性関係だとは思うけど」
「ばっか! 閉じろ!」
「ええぇ?」
周りの席を見渡すが、相変わらず中高生が騒がしいだけだ。勉強してるヤツもいる。……うん。誰もこいつの目は見てねえな。
「おまえの目に気づかないやつなんていないんだから、そんな簡単に開こうとするな」
「……大丈夫だと思うけど。位置的に見えないし」
つっても横に窓があるし、俺の隣に続く個人席から見えないわけじゃない。
「言っとくけどおまえのこと気にしてるわけじゃねえから! 俺が嫌なんだよ! 余計なことで注目されたくないんだっつの」
「わかった。そのかわり、精度が少し落ちるのは覚悟してね」
「安心して。きみは、なにも話さなくていい。つらい悩みを、わざわざ口に出すことはしなくていい。名前も、生年月日も必要ない。きみから得た情報を、誰かに渡すこともない」
俺を向いたまま、
「カードに象徴される悩みをきみの全身から読み取って、応えていくだけだから。必要以上に、踏み込んだりはしないから」
きっと今、俺の過去やら考えてることやらを読み取りながら、頭の中をすみずみまで見て回っているんだろう。
……不思議だ。触れられたくない部分もあるはずなのに、こいつに見られることが嫌だとは、これっぽっちも思わなかった。
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