星空




 人ごみって、嫌いなんだよな。ただでさえ窮屈に感じるこの世界で、さらに身動きが取れない息苦しさを押し付けられるから――。


 群衆の中を必死にかきわけながら探し回る。もしかしたら見つからない可能性だってあった。人は多いし、あいつだって動き続けてるだろうし、もうどっか店の中に入ったかもしれない。


 でもそいつは、俺のほうを向いて待ってくれていた。俺が追いかけてくることがわかってたみたいに。


 両目を閉じているのに、俺が近づいたタイミングで口を開いた。


「また、会ったね」


 少し幼さの残る、みずみずしい声だ。


 自分でも、よくわかんねぇ。でも、この男は――この男だけは、違うんじゃないかって思えた。なにが違うのか、具体的に言うことはできないんだけど。


「あ、えっと……」


 気付けば、沈黙が続いている。気まずい。


「腹、減ってねぇ? 昨日のお礼もしたいし」


「お礼?」


 そいつの眉が寄った。


 なんか、気に入らないこと言ったかな。


「そう、お礼。だってあんたが来てくれたから、俺、助かったわけだし」


「違う。僕が助けたんじゃない。僕はタロットカードを拾いに行っただけだよ」


 ああ、そうだったな。だから、違うのかも。だからこそ、こいつが気になるのかも。


 俺に愛情を向けるでもなく、殺意を向けるでもない。俺に関わってきたヤツらに比べてあまりにも、俺に無関心、だから。


「ええっと、じゃあ、せっかくだからどっかいい店いかねえ? 金はあるからさ。イタリアンとか焼き肉とか、どう? 和食ダイニングも、良い場所知ってるけど」


 とは言ったものの、男二人でどんな店行けばいいんだ? こういうとき友達がいないのって不利だよな。……ここは焼き肉が正解か? こう、かしこまった場所じゃなくて大衆的な……。


 ヤツのため息が、俺の思考をさえぎった。


「僕は、そもそも、きみともう一度会うつもりでいたんだ」


「え? なに?」


「今日、会えるって、わかってたし。会って、したいこともあったから」


 そいつの眉尻は下がってた。今度は、困らせてしまったのかもしれない。気の利いた返しを必死に考えるけど、何も思い浮かばなかった。


 ……調子狂うな。男と普通に話すのは初めてだ。どうやって普通の会話をすればいいのか、わからない。


 そいつは俺が着ているジャケットを指さした。正確に言えばそこは、さっきもらった封筒が入っている場所だ。


「とりあえず……そのお金は、使わないほうがいいよ。ていうか、使ってほしくない。女性からもらったお金なんて」


 ため息をついて、辺りを見渡すように顔を動かしている。


 目をつぶっているはずなのに、見えているかのような動作だ。


 俺の後方を指さす。


「あそこがいい」


 振り返って視界に入るのは、ファミレスの看板だ。すげえ安いのにうまいって評判の庶民の味方。


「え~? マジ?」


 俺の反応をよそに、そいつは歩き出す。つえもなく、補助もないのに、そいつは誰にもぶつかることなく歩いていった。


 途中で振り返る。


「来ないの?」


「いや。あんたがあそこでいいならいいけど……」


 もっといい店、あると思うけどな~。


 でも、まあ、俺はこいつの好みなんて知らねえし。行きたいところに行かせればいいか。


「そういや、あんたって」


「せいら」


 そいつの声は、喧騒けんそうの中、俺の耳にくっきりと入りこんだ。


「星空って書いて、せいらって読むんだ。……別に覚えなくてもいいよ」




           


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