女より、その姿




 女は言ったことをちゃんと実行してくれた。


 ホテルのデリバリーじゃなくて、ちゃんとしたカフェでモーニングを一緒に食べる。食べながらなにか話していたが、よく覚えてない。

 そのあとは繁華街で、海外ブランドの服を一式そろえてもらった。着ていたスーツはどうせ汚いからと、燃えるごみの箱に放り捨てられた。


 カフェも服も、金は全部女持ち。


 最低だとほざけばいいさ。でも俺のとなりを歩く女はずっと上機嫌だ。きれいに着飾った俺がいるだけでご満悦らしい。


「あ、そうだ」


 人が行きかう騒がしい街中。立ち止まった彼女は封筒を差し出す。


「……これ。受け取って」


 なんの気なしに受け取り、中を見た。


「うっわ……」


 すぐに金だとわかった。分厚いそれを少し取り出し、パラパラとめくる。


 全部万札。本物だ。


「一文無しじゃなにもできないでしょ? だから、しばらくの生活費。これくらいならすぐに渡せるから」


 女は自慢げに胸を張り、勝気に笑っている。


 俺にとって、女から金をもらうのは日常茶飯事だ。それが当たり前。疑問に思うほどのことじゃない。


 わからないのは、どうしてこの女が金をポンポン出せるのか、だ。


 この女、何者なんだ? まあ見た目からしてキャバとか……そっち系だろう。


 これ以上考えたところでしょうがない。


「まあ、仕事見つかんなくてもわたしと一緒に住めば問題ないけどさ。相性はいいと思うんだよね~」


 俺の反応をうかがうようにチラチラと見てくる。


 一度抱いただけなのにもうそこまで話が進んでんのかよ。……はあ。重いな。


「いや、もらえねえよ、こんな大金。俺なにもしてねえのに」


「いいの! 私があげたくてあげたんだから」


「そう? じゃあ……」


 封筒をジャケットの内ポケットに入れた。


 そんな都合がいいからろくな男に会えてないんじゃねえの?


 なんて、余計なことは口が裂けても言わない。この金はありがたく頂戴するのだから。


「それだけあればさ、しばらくの生活は大丈夫じゃない? お金がなくなったら、また会いに来てくれればいいから」


「悪いな。助かるよ」


 とりあえずほほ笑んでおく。女はまだ話しているものの、内容が頭に入ってこない。


 気配を感じ、女の向こう側に視線を向ける。見覚えのある人物が、雑踏の中に消えていった。


 きっと俺じゃなきゃ目にとまらなかったはずだ。平均的な身長の、特徴のない男の後ろ姿なんて。でも、背中のボディバッグと全体のシルエットには見覚えがある。


 顔は見ていないが、雰囲気であいつだとわかった。昨日の夜、変なカードで講釈垂れてた、あいつ。


「ごめん、ちょっと知り合いがいたわ。行かなきゃ」


「え? 女?」


「いや、男。嫉妬すんなよ」


 抱き寄せて別れ際のキスをすると、女ははにかんだ。


「また連絡するからね?」


「いいけど、俺、連絡先教えてないだろ。ちょっと待ってな」


 ジャケットのポケットからスマホを取りだそうとする前に、女は言う。


「大丈夫だよ。もう交換してるし」


「あ、そう?」


 自信満々に笑う女に、不穏な空気を感じ取る。いつの間に? とか、なんで勝手に? とか、聞きたいことはたくさんあった。


 が、今はあの男が気になってそれどころじゃない。うかうかしてたら昨日みたいにどっか行っちまう。


 連絡先は、あとで消しておけばいい。どうせこれ以上、会うことはないんだから。


「すまんっ。じゃあな!」


「はいはい」


 女は笑ったまま手を振ってくれた。振り返すのもそこそこに、あの男がいた方へ走っていく。


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