いつものようにやることはやって
目が覚めたとき、知らない部屋のベッドで仰向けになっていた。
ベッドについたフリフリしたカーテンに、趣味の悪いピンクの壁紙。それから、赤やら紫やらに色が変わる天井のライト。
うん、ラブホだな。
「あ、起きた~?」
甘ったるい声とともに、下着姿の女がベッドに乗ってくる。きしむ音を立てながら、俺の顔をのぞきこんできた。
「あたしが見つけたとき気絶してたんだよ? 大丈夫?」
化粧が、濃い。たぶんスッピンは今の顔とだいぶ違うはずだ。長い髪は、ゆるく巻かれている。
スタイルは悪くないし、下着の趣味も悪くはねえ。黒くてえっろいのつけてる。うん、このレベルの女ならどんな男でもその気になるはずだ。
「いや、あんた誰?」
「あたし? いいよ~、あたしのことはこれから知っていけば」
確か、路地裏で先輩にボコられたあと、俺はそのまま気絶したはず……。
気絶する前のことを思い出しながら、体を起こす。かかってたシーツが腰にはらりと落ちたことで、ようやく気付いた。
俺は今、全裸で、シーツ一枚しかかけられてないってことを。
「うぇ? なんで?」
服はどこ? もしかしてやっちゃった? ていうか、そもそもなんで俺はここに?
考えながら辺りを見渡していると、女が俺のわき腹に触る。
「いっっってぇ!」
思わず背中からひっくり返った。忘れていた痛みが腹から一気に襲ってくる。
ベッドにふせて、引かない痛みにしばらくもだえた。脈を打つ痛みに呼び起こされるよう、頭痛がよみがえる。
くそがっ。余計なことしやがって。
小刻みに呼吸を繰り返していると、痛みがマシになってきた。やっとこさ体を動かせるようになり、仰向けになる。
そばに座り込む女をにらみつけた。
「ごめんね! まさかそんなにひどいと思わなくって」
いたずらっぽく笑う女に殺意が湧いてきた。くっそ、文句の一つくらい言ってやりたいけど声が出せねえ。
「……でもさ、もうちょっと感謝してもいいと思わない? ゴミ捨て場で、倒れてたんだよ? それをあたしがここまで運んできたの」
女は俺の上にまたがり、体重をかけないようゆっくりと体を密着させてくる。俺の胸に、女の胸がのった。サイズはそこそこあるようだ。……いや、このふくらみはシリコンいれてんな。
胸を見つめる俺が他の男と同じようなスケベに見えたんだろう。女は俺の顔を見て、いやらしくほほ笑む。
「お金も食べるもんも持ってないんでしょ? いいよ、面倒見てあげる。あたしと一緒にいてくれるならね」
大量飲酒に腹の痛みもあって、女の力に抗えない。顔が、じょじょに、近づいてくる。
「大丈夫。動かなくていいよ。……あたしが動くから」
黙ったままの俺に、キスしてくる。何度も、何度も。
ときめき? そんなのねえよ。
「ねえ、名前、なんていうの? 教えて」
どう答えようか一瞬迷ったが、結局本名を教えることにした。
「……ヒナタ」
そのあとのことは、お互い、手慣れたもんだった。
†
一体、何人、女を抱いてきたんだろう。数えたことないからわかんねぇ。
別に好きなやつじゃなくても体は反応するし、それなりにハッスルできるもんだ。デブだろうとブスだろうと……文字どおり、誰でもな。
好みだろうと好みでなかろうと、結局流れに身を任せて抱くことになる。すべて終わった後に、何してんだ俺は……って考える。いわゆる賢者タイムってやつだ。
「でね~、これって運命だと思うわけ」
事後、ベッドの横でブラジャーのホックを閉める女が、なんか言ってる。
「あたしね~、こう見えて男に恵まれなくってさ~」
俺にとってはどうでもいい話だ。ベッドに座りながらシャツに腕をとおし、適当にうなずいておく。
「へえ」
「付き合った男全員モラハラ気質の暴力野郎だったわけ」
「そうなんだ」
先に着替え終えた。殴られ蹴られ、しわくちゃな黒スーツ。生ごみのような臭いと汚れがついている。これじゃイケメンが台無しだ。
ベッドに腰かけたまま、女が着替えるのを待つ。女はスキニーパンツに足をとおしていた。
「でもヒナタくんは違いそうだね。なんか女の言いなりって感じ」
「そう見える?」
そう見せてるだけだ。
女の言うことなんて、適当に聞き流しときゃいい。あいつら、別にアドバイスなんか求めてねえんだ。顔がいい男を手に入れればそれでいい。
こっちも余計なことを言わなければ、それなりに関係を続けられる。むしろ俺は、主張なんてしないほうがいい。
「このあとご飯食べて、それから、服買いにいこっか」
だぼだぼのパーカーから頭を出した女が、こっちを向いて元気に笑った。襟の中に入っていた髪の毛を、手で払い出す。
「ヒナタくん顔もいいし身長もあるから、なんでも似合いそうだよね」
「まあね。よく言われる」
俺にとって、女はちょろい。一度抱いて愛をささやけば、あとは思うとおりに動いてくれる。飯も、住むところも、金だってだしてくれる。
――でも、それだけだ。それだけでいい。ずっと一緒にいるなんて
俺はもう、愛情を持つことも、もらうことも、期待しちゃいないんだから。
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