(39)

 ――田中勝太郎は、田中常勝の孫である。だが常勝にとって、何よりも大切な一粒種でもあった。

 彼の息子二人もまた軍人だったが、日露戦争、欧州大戦でそれぞれ戦死していたのだ。そのため、家系に唯一残った勝太郎が田中家の跡取りであり、常勝は近々息子として養子縁組しようかとも考えていた。

 その勝太郎もまた、軍人の道に進んだ。本来なら徴兵を免れ得る立場であるが、正義感の強さから自ら志願したのである。

 そして、陸軍士官学校を卒業後、関東軍に配属される事が決まり、満州に赴く前に挨拶にと帰郷したのだった。

 夜分とはいえ、大事な跡取りの帰還である。手早く酒の席が設けられ、勝太郎は祖父と祖母との再会を祝った。

「本当に立派になって。お父上にそっくりになってきたわ」

 と、酌をするのは祖母のヤヱである。彼女は、父、そして母をも早くに亡くした、親なし子の勝太郎を可哀想だと思ってきた。だが士官学校で鍛えられた雄姿は、彼女を安心させるものだった。

「ありがとうございます。父の顔はよく覚えていませんが、お祖母様に似ていると、幼い頃よく言われたのは覚えています」

「まあ」

 ヤヱは朗らかに笑った。……田中家に響いた、久しぶりの笑い声だった。

 場の空気が解れたところで、彼は村の様子を聞いてみる。

「近頃は、夜に火を焚く家が増えたようですね」

 だがその悪意のない疑問は、場の空気を凍り付かせた。常勝は顔色を白ませ、ヤヱに至っては、お銚子ちょうしを取り落とす始末だ。

「……あの、何かあったのですか? 役場が明るかったのも気になりました」

「今日は寝なさい」

 常勝はそれだけ言うと立ち上がった。

「……明日、おまえには全てを話す。だから、今日はもう寝なさい」


 ◇


 五月十四日の老仏温泉の街並みは、霧雨に煙っていた。

 朝食後、保憲たちは萬永寺に行き、再び十五の白骨のを行う事となった。

「お念仏は何度唱えても悪い事はございません」

 と、住職はすぐさま支度に取り掛かる。

 そして例のごとく、十五の骨箱を彼らの前に並べての、奇妙な法要が始まったのである。

 読経が始まるとすぐさま、大骨博士は骨箱の蓋を開ける。

「骨は最高にいい、死して年月を経てなお生き様を残す。どんな小細工をしようが、骨は絶対に嘘を吐かん。……ふむふむ、この骨はこの写真でいうならば、座長の老人だろう」

 と、彼は紀ノ屋で借りた大熊一座の写真を指した。

 さすがである。保憲は内心ニヤリとした。

「さすがに経年の劣化と土石流に流された影響で、詳しい死因までは分からんが……」

 と、だが博士は保憲に頭蓋骨を見せる。

「多く歯が残っているのに、上の前歯の三本だけ折れている。ここだけ折れているのは、劣化の具合としては不自然だ。恐らく、生前の外傷により折られたな」

 ……つまり、顔面を殴られた可能性があると言いたいのだろう。

 前回見た時は、そのような目で見ていなかったからと言い訳をしながらも、大骨博士は次々と骨箱を開き、それぞれの骨を細かく観察し、一座の写真と照合する。

 それによると、多くの骨に生前のものと思われる外傷が残されていた。中には頭蓋骨を叩き割られるほどの致命傷もあり、生前の写真と東馬雄二の告白とを合わせると、ひとりひとりがどのような最期を迎えたのか、脳裏で再現されてしまうほどだった。

 大骨博士の見立てにより、あっという間に大熊一座の遺骨が分けられた。

 そして、残るはみっつ――。

「この骨には、昨日言っていた重い皮膚病の痕跡がある」

 と、手の部分の骨を示す。

「指は腫瘍で癒着していたのだろう、骨の変形も見られる」

 これが、人数合わせに命を断たれた、おぬいの娘のおいよに違いないだろう。

 残るは、ふたつ。

 そのうちのひとつは、先日、保憲が銃創のある腰骨を拝借したものである。彼はそっと骨箱にそれを戻す。

「彼の死因は分かりますか?」

「うむ、撲殺だな」

 博士はあっさりと答えた。

「頭蓋の陥没が鋭利だ。銃創に気を取られていたが、これもなかなか興味深い傷だな」

「というと?」

「陥没の形だ。先端が丸く柄が細いもので殴られたと思われる。機械や自動車の整備に使う工具ではないかな」

 この骨はその他のものより三十年ほど新しい。そのため劣化が少なく、得られる情報も多いようだった。

「それから、この人物は非常に歯並びが良い。上顎がガッチリしているため、歯をよく支えられているのだ。……ふむ、隣の箱のこの骨も、特徴がよく似ている」

 保憲の心臓がドクンと鳴った。

「この二人に、血縁関係はあるのでしょうか?」

 大骨博士はふたつの頭蓋骨を両手に置いて見比べ、

「親子と言っても過言ではないな」

 と答えた。


 ◇


 大骨博士はこのまま東京に戻るため、保憲といすゞがハイヤーの詰所まで送った。

「軟体人間の骨がなかったのは残念だが、多くの死体や骨を見られたのは非常に良かった」

 と、彼を知らなければ周囲が殺気立ちそうな台詞を吐いて、大骨博士はハイヤーに乗り込もうとしたのだが……。

「待って! 博士! 待ってください!」

 そこへ駆け込んできたのは、老仏温泉の駐在所の巡査である。

「百々目警部補が! 何卒、もう一度十三塚村にお戻りいただくようにと」

「なぜだね?」

 肩で息をしながら、巡査は答えた。


「もうふたつ、死体が増えました!」

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