(35)
「……その後、仕留めた数だけ耳を渡され、これがおまえの罪の証だから、後生大事に持っているように、もし他へ明かしたら、一族郎党どうなる事か分かっているだろうなと、自警団の内部で申し合わせがあったんだ」
東馬雄二は干乾びた耳を示す。
「うちの爺さんは二人殺したと得意になっていた。お頭、太刀持ち、あんたらも子供ながらに一人ずつ殺したそうだな。家に隠してあるのだろう?」
川上琢敬も田中常勝も答えない。ただ憤然とした思いを内に秘め、肩を震わせている。
「その一座が本当に盗賊だったのか、それも怪しいと思ってる。その証拠に、その後すぐに、清一という人は姿をくらましたというじゃないか――踊り子の娘と一緒に」
「そうだ、我々は騙されたのだ。清一さんがこの村へ一座を呼んだのも、はじめからそれが目的だったのだ。気に入った娘を手に入れるために、我々を使って、一座を始末させたのだ」
川上琢敬が絞り出すように言った。
「我々は何も悪くない。ただ純粋に、村を守りたかっただけなのだ」
「それはどうかな?」
東馬雄二の冷たい視線が川上琢敬を射抜く。
「その論理で、きよめのおいよを殺した事に、言い訳が付くと思ってるのか?」
言い逃れのできない言葉に、川上琢敬は
東馬雄二は百々目と保憲を押し退けるように、一段上がった役場の玄関に立って村人たちを見渡す。
「だからきよめの婆は、俺たちを、この村を、心の底から恨んでいたんだ――可愛い娘を殺された恨みを、五十年もの間積もらせてきたんだ」
その無念を、十三塚に祀られ「神」となったと、無理矢理納得してきたのだろう。
ところが去年、大地震に次ぐ崖崩れで、十三塚が消失してしまった。それを契機に、彼女の積もり積もった思いは爆発し、清嗣翁の通夜での発言となったのではないか。保憲はそう解釈した。
東馬雄二は続ける。
「御館様、お頭、太刀持ち、厩番、陰陽師、きよめ――この六家から贄を出すまで、あいつは止まらない。六ッ塚というきよめの婆の遺言を、あいつ、熊造はやり遂げようとしている」
村人たちはヒッと声を上げた。
「もう五人死んだ。残るは陰陽師だ……だが、身重の御新造さんを酷い目に遭わせていいのか? これから生まれる赤ん坊を
東馬雄二の口調に熱が
「――死ぬべきは、そっちじゃないだろう」
村人たちが深く頷く。
保憲は血の気が引く思いがした――これはいけない!
既に何人かの村人が、鋤だの鍬だのを持ち出している。東馬雄二自身も、草刈り鎌を手にしていた。
「自分たちの村は、自分たちで守らなくちゃならない」
「そうだ!」
「警察なんか当てになるか!」
「熊造を殺せ!」
段を駆け下りた東馬雄二を先頭に、村道を橋へと進み出した彼らの前に立ちはだかったのは百々目である。
「待ってください! 彼は犯人ではありません! なぜなら、彼は今晩、家から一歩も出ていません」
「行ってみなけりゃ分からないだろ!」
「そうだそうだ!」
話になる状況ではない。だが百々目は動かない。
「どうか! どうか私に任せてください! 必ず、必ず真犯人を捕らえてみせます!」
「警察は信用ならないと言っているだろう!」
東馬雄二の拳が百々目の頬を
その凶行に、激高した前園巡査長が拳銃を向ける。
「貴様! 警部補殿を殴るとは何事か! 公務執行妨害であるぞ!」
すると百々目は保憲の手を解き、彼の腕に掴み掛かったのである。
「公僕が市民を傷付けてはならない! 引き金を引くなら私に向けて撃て!」
……そんな彼らを横目に、村人たちは村道を行進していく。彼らの後を追おうとする警官たちを必死で止める百々目の姿が、保憲にはこの上なく哀れに見えた。
並みの警察官なら、こんな場合、どうするのだろうか?
彼の立場が、国民の「
清廉潔白さ故に傷付く彼を、臣下として、どう支えれば良いのだろうか。
この先は事後、東馬雄二の口から語られた内容である。
熊造は真っ暗な小屋でひとり、背を丸めて座っていた。
「貴様が殺人鬼だな!」
雪崩れ込んだ村人たちに、彼は力なく答えた。
「そう思いたいのならそう思えばいいさ。どうでもいい」
「どうでもいいとは何事だ! 五人も殺しておきながら」
「俺の娘を返せ!」
「主人を、あの人を返せ!」
「この人殺し!」
ありとあらゆる罵詈雑言の嵐の中で、熊造はゆっくりと立ち上がり、近くに立て掛けてあった猟銃を手に取った。これには村人たちも怯む。
戸口の外まで退がった彼らに、熊造は言った。
「死ぬ時くらい、静かにしてくれ」
傾いた戸が乱雑に閉じられた。
その十数秒後。
――パン。
小屋の中で破裂音がした。重い沈黙が辺りを包む。
何瞬か後、誰かがゆっくりと扉を開いた。すると――
粗末な小屋の、朽ちかけたむしろの上で、熊蔵は銃口を口に
◇
だが、この夜の悲劇は、それだけでは終わらなかった。
それは、翌、五月十三日の明け方の事。
事務所の机に向き合い、一晩中
「たたたた、大変な事が!」
慌てふためく彼にチラリと目を遣り、百々目が尋ねる。
「どうかしたのですか」
すると彼は、興奮のあまり唾を飛ばしながら叫んだ。
「若旦那……滋様が、死んどります!」
重い体に鞭打って駆け付けた彼らが見たのは、研究所の、合掌造りの屋根裏へ上がる急な階段から、ぶらりと縄でぶら下がる半滋の姿だった。
昨夜の狂乱の衣装のまま、哀れな男は首吊りを、最期の手段と選んだのである。
そして、百々目になおも追い打ちをかけるものが発見されたのだ。
彼の足元に置かれた、足場に使ったと思われる踏み台の上の書置き。
そこには、彼が全ての犯行の犯人である旨の、告白が記されていた。
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