13.旅行は特急列車に乗って
旅の目的は温泉地だった。
今回は車ではなく、電車の旅だ。そう言えば、母たちはいつも公共機関を使って旅をしていた。
「今日はね、特急列車に乗るのよ?」
母が
悠は他の男の子と同じように、乗り物が大好きだった。
特急列車に乗り座席をひっくり返すと、悠がぽんと座り「とうまくん、ぼくのまえね。ままはぼくのよこね!」と言った。母と
「ぼくねえ、とらんぶ、したい!」
悠はリュックからトランプを出して、わたしと
「何するの?」
「ばばぬき!」
悠は最近ばばぬきが出来るようになった。
特急列車の中で、トランプをしたりお弁当を食べたり、それから笑ったりしているうちに、目的地に着いた。
遊覧船に乗って、ロープウェイに乗る。
遊覧船もロープウェイも初めてだった悠はとても喜んで、はしゃぎまくっていた。
「すごいねー! ままみて!」を繰り返していた。
黒いゆで卵が売っていて、恐る恐る食べたりする姿もかわいかった。
先をいく悠を見守るように、後から、斗真と二人でゆっくり歩く。
「来てよかった」
「うん」
「だいぶ、いい顔になったわよ、しのぶちゃん」
杏子さんにそう声をかけられる。母は悠のそばにいて、何事か話していた。
「杏子さん」
「ふふ。ねえ、いいこと教えてあげる。斗真がね、これまでつきあってきた彼女はね、みんなどこかしのぶちゃんに似ていたのよ」
「母さん、何言ってんだよ!」
「あら、事実じゃない。中学生になったしのぶちゃんが部活で忙しいとかで、
「もうずっと、小さい頃の話だろ?」
「そうだけど、あなた、彼女出来たのは早かったし、わりにずっと彼女がいるけど、ほんと長続きしないのよね」
「……なんで、そんなこと、知ってんだよ」
「千里眼だから。――しのぶちゃん、斗真、彼女いないから大丈夫よ」
「母さん!」
「はいはい」
杏子さんは笑いながら、母と悠のところへ行った。
斗真が少し赤い顔でわたしを見て、それからわたしの手をとって、手をつないだ。つないだ手が熱くて、どきどきした。
旅館に着いて、部屋に案内される。
部屋は二部屋で、わたしは母と悠といっしょの部屋かと思っていたら、悠が「ぼく、とうまくんといっしょがいい!」と言い、母も杏子さんも「わたしたちも、二人一緒がいいわよね」と言い、結局、母と杏子さん、そしてわたしと悠と斗真、という組み合わせで泊まることになった。
「なんか、ごめん」とわたしが言うと、「いや、あの二人は止められないから」と斗真が言った。
みんなで夕食をとったあと、「温泉、入る?」と、斗真が言った。
「そうしようかな」
「ぼく、とうまくんとおとこゆ、はいる!」
「お、じゃあ、行こうか!」
「え? いいの?」とわたしが言うと、
「いいよ、もちろん」と斗真が言い、悠は「あのね、ねんちゅうさんは、もうおとこゆなんだよ!」と言って胸を張った。
斗真が「ゆっくり入っておいでよ」と言うので、本当にゆっくり入って部屋に戻ったら、斗真はもう戻っていて、悠は眠っていた。
「疲れたんだね。すごくはしゃいでいたから」と斗真が言う。
「うん」
わたしは、小さなテーブルを挟んで、斗真と向かい合わせに座る。窓から、街の景色が見えた。
「なんか、飲む? ――適当に買って来た」
「ありがとう」
差し出された中から、甘いお酒を選んで、蓋を開ける。
「なんか、アルコールも久しぶりかも」
ゆっくりゆっくり飲む。
「斗真、ありがとう」
「うん」
「あのね。……好きって言ってくれて、ありがとう」
「うん」
「でもね、まだね、そういうこと、考えられないの」
「――わかってるよ」
斗真はにこっと笑って、わたしに手を伸ばした。頬に手が触れて、心臓が早鐘を打つ。でも斗真は頬に触れるだけで、それ以上は何もしなかった。
わたしの頬から手を離して、斗真は言った。
「ねえ、覚えてる? 一番大事なのは、しのぶが幸せになることだって言ったの」
「覚えてる」
「相手を憎んだり不幸を願ったりするんじゃなくて、笑っているのが一番いいよって。母さんも言っていたけど、笑顔が増えて、僕は嬉しいよ」
「うん。……ありがとう」
そうして、わたしたちは悠を真ん中に寝かせて、川の字で眠った。
……わたしは、緊張して、なかなか眠れなかった。でも、嫌な感じではなく、幸福な気持ちで満たされていた――
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