12.想い出

 *

 

「しのぶちゃん、だいすき!」

「わたしも、とうまくん、大好き」

 幼い二人は手をぎゅっと握り合う。

「ねえねえ、とうまくん。この間ね、テレビ見ていたら、大好き同士がね、ちゅってしていてね、わたしそれやってみたいの」

「うん、ぼくも!」

「とうまくん、大好き!」

「しのぶちゃん、だいすき!」

 そうして、幼い二人はちゅっとキスをした。


 *



「何よ、あなた、今まで忘れていたの?」と、母は言った。

「……うん、すっかり忘れていた……わたし、何してんだろ……」わたしが言うと、斗真とうまが「ひどいなあ。僕はずっと忘れたこと、なかったのに。しかも僕は小一だったのに」と笑いながら言った。

「ごめん、言わないで。――あれ? お母さんはどうして知っているの? わたし、話したことないと思うけど?」

 わたしがそう言うと、杏子きょうこさんが「それはわたしが話したから!」と言った。


「斗真がね、すっごく嬉しそうな顔で、『しのぶちゃんとキスしたの! ぼく、しのぶちゃんとケッコンするんだー!』って言いに来たのよ」

「……母さん、その話はしなくていいから」

「あらあらあら。わたしも美咲みさきも、すごく嬉しかったのよ?」

「そうよねえ。親友の子ども同士が結婚するなんて、夢じゃない? なのに、しのぶは変な男と結婚しちゃうし。――まあ、離婚したけど」

「お母さん、傷口えぐるの、やめて」

 母は明るく笑うと、「いいじゃない。ゆうがいるんだし」と言った。

「……そうね」

 浮気現場を目撃したときはどうなるかと思ったけど、なんとなく落ち着くところに落ち着いた感じがするし、何より悠が元気なのが嬉しかった。


「それでね、しのぶ。部屋も決まったし、引越しの日も決めたんでしょう?」

「うん」

「お疲れさまってことで、旅行いかない?」

「いいねえ」

「でしょ? あのね、旅館ももう押さえてあるのよ」と母が言うと、杏子さんが「すっごく素敵な旅館なの!」と言った。

「りょこう! ぼくもいくの?」

 悠が会話に加わってきた。母は「そうだよ」と悠を膝に抱っこした。

「ねえねえ、とうまくんもいくでしょ? ぼくね、おとこどうしのはなしがあるんだよ」

 悠は母を見上げるようにして言った。母も杏子さんも笑いながら、「行くよね?」と斗真に言った。

「父さんも行くの? 美咲さんの旦那さんは?」と斗真が言うと杏子さんはあっけらかんと、「親友同士の旅行だから、行かないわよ」と言って、母と笑い合った。

 この二人は本当に仲良しで、よく二人で旅行していた。

「今回はね、お疲れさまだから、特別に子どもたちを連れて行こうってことになったのよ」



「荷物、これで最後?」

「うん、ありがとう」

 新居に荷物を運びこむ。荷物はそんなに多くなかった。必要なものだけ。足りないものは、おいおい買い足していこう。

「とうまくん、このおうち、いいよね!」

 悠はぱたぱたと部屋を走り回っていた。

 1LDKの狭い部屋。

 以前住んでいた家と比べても、実家と比べても、狭い。

 でも、わたしと悠のお城だ、と思う。


「さとるくん、よんでいいよね?」

「いいわよ。悟くんのママもいっしょでいいかな?」

「うん!」

「ぼく、どのおもちゃ、みせてあげようかなあ」

 悠はおもちゃ箱から、おもちゃを出して遊び始めた。


「斗真、引越し手伝ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして。キスした仲だしね?」

「う。……それ、もう言わないで」

 わたしが顔を赤くして言うと、斗真はくすくすと笑った。

「ねえ、ところでさ。僕、しのぶに好きって言ったの、二十年前じゃないよ? ――覚えてる?」

「――覚えてる」


 顔が熱い。

 斗真がじっとわたしを見るので、何か答えなくちゃ、と思うけど、うまく言葉が出てこなかった。すると悠が

「ゆうも、とうまくん、すき! ままもすき。さとるくんもすきだし、おじいちゃんやおばあちゃんもすきだよ!」

 と言った。

「でね、りょこう、たのしみ。ぼく、りょこうはじめて!」

 そうだ。

 この子、今まで旅行、連れて行ってあげたことがなかった。初めての旅行になるはずだったマナと悟との旅行は途中でとりやめになって、そして。


「こら。また、暗いこと考えている」

 斗真に頭をぽん、と叩かれる。

「変えられないことを悔やむんじゃなくて、これからどうするか、考えようよ」

「……うん」

「ゆうはね、りょこうのこと、かんがえたい! ぼく、なに、もっていこうかなあ」

 悠は嬉しそうにおもちゃを選び始めた。

「悠を見習うといいよ」

「うん」

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