【第十六】※筆者註

※「獣姦」「動物の性犯罪」の話なんか聞きたくもなく、「交雑」にも関心のない方は【第十七】へ——


●ロバと××チョメチョメ/獣とパコパコ♡

 ともに『愛しのペット』で紹介されている獣姦にまつわる迷信。

 前者は「雌ロバと交われば、ペニスが大きくなる」という、モロッコ北部のリーフ地方の少年たちのあいだで語られているという都市伝説で、おとなたちは「そんな少年たちを」「見て見ぬふり」をしているという。

 後者の「雌ロバとの交接で性病が治る」という迷信は、「一部のアラブ人」のあいだで信じられていたという。1866年のフランス軍のとある将軍の報告によると、その迷信は「アルジェリアでも有名」で、「梅毒の治療目的で近づいたズアーヴ兵」から一頭の雌ロバが「病気を移され」、「そのロバと交尾した雄ウマから、今度は雌ウマへと順に伝染し」「あっという間に蔓延」、「フランス南部をはじめとするヨーロッパ各地のウマの間で爆発的に広がっ」たという。


●ラッコのオスによる…誘拐強姦致死事件/ペンギン強姦殺獣食事件

 前述の「事件」は、2000年から2002年にかけてカリフォルニア州モントレーで行われたという観察結果から取材した。その観察報告によると、調査期間中「オスのラッコがゼニガタアザラシの子どもを誘拐し、レイプする様子」が19件報告されたという。「15頭の死体を解剖したところ、死因は外傷と溺水だった」由… オスのラッコの所業としてはほかにも、じぶんで狩りをする気が起きない時、べつのラッコの「子どもを誘拐」してその母親に代わりに狩りに行かせ、その獲物を得ることがあるという。

 後述の「事件」は、プリンス・エドワード諸島のマリオン島で撮影された。「大型のナンキョクオットセイのオスが、オウサマペンギンを強く押さえつけて」レイプし、「最終的には相手を殺して食べてしまった」というもの… しかも「この種の行為が最初に記録されたのは2006年で、それ以降は2014年に3件が報告されている」「4件のうち3件ではペンギンが解放されたが、残りの1件では食べられてしまった」とのこと——

 これらは生物学者ヴィンチェンツォ・ヴェヌートの著書『生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰』(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)に紹介されている。この本にはほかにも、アデリーペンギンの若いオスによる「死姦、同性愛、強姦、子どもへの虐待」や、若いハンドウイルカのオスたちが集団でメスに対して行うリンチとレイプなどが紹介されている。ただ、著者はこれらの動物の行動について、「「罪」という言葉は使わないでおきたい」と述べている。


●「鴨家こうけの殿方は色欲の強き家系にて…」

 カモの仲間のオスにある性的攻撃性、強制交尾の習性などから浮かぶカモへのイメージ。彼らがトリの97%にはない男根を具えていることも、このイメージを強化させる。しかも、この男根がまた武器化されている。根元には棘がついており、これが、螺旋形の男根をメスの膣内に固定させる。「先端には小型ブラシのようなものがついていて」、先に交尾したべつのオスの精子を掻きだすのだという。そのスケールも長大で、南米に生息するコバシオタテガモなどの男根は、じぶんの体長より長い42.5㎝もあり、それをわずか1秒で勃起させる。アメリカホシハジロの勃起スピードはそれを凌ぎ、メスを捉えてのち、わずか「100分の36秒」で勃起させるという。そしてかれらが射精に費やす時間はわずか「0.3秒」——

 これに対抗するかのように、雌ガモの「膣は「ほかに類を見ない」多様性を獲得した」(エミリー・ウィリンガム『動物のペニスから学ぶ人生の教訓』より)。この膣は、螺旋形をした男根とは逆向きの包旋構造をなし、そのうえでいくつもの袋小路を具え、男根とそこから発射される精子とを迷わせる。

 一方で「カモ、ガチョウ、ハクチョウのオスは、安定したつがいを形成する」という。多くは1シーズン限りの「非連続一夫一妻制」だが、鳥類ではごく一般的な夫婦形態でもある。「つがい外」交尾は珍しくないが、それもまたトリ全般に云えることである。強制交尾にしてもカモに限ったことではない。なのになぜカモ類にだけ、性行動や性器にそんな対立が起こっているのか謎である。かつて、行き過ぎた性淘汰が、オオツノジカを絶滅に追いやったように、動物の性に関わる進化は種を思いも寄らぬ災禍に導く要因になりかねない。カモ類の性進化はそのひとつの実例かも知れない。


●オランダ・ロッテルダムの事件

 この事件に関して、「死姦」についてはさほど驚くに当たらない。むろんヒトの尺度からすれば、それは異常な行為に映る。ただ前述したとおり、「死姦」はアデリーペンギンにも見られる行為である。彼らは相手が死んで動かないと、その「死」は認識せず、じぶんは受け容れられて性行為も許容されていると見なし、行為に及んでいるに過ぎない。要は、「死」に対する理解度に問題があるのであって、屍体性愛者ネクロフィリアによる異常性交ということではないのだ。

 むしろ、注目したいのは、事件を起こしたカップルがオス同士であったということ——

 オスロ大学のペター・ボックマンの報告によると、同性愛のつがいを形成する脊椎動物は少なくとも1,500種に上るという。ヴィンチェンツォ・ヴェヌートはこのなかに、支配被支配の行動を性行動と誤認したケース、雌雄の比率の偏った環境や、ヒトの飼育下で異性を知らずに育ったケースなどがどれほどあったか留意すべきだと指摘している。しかし一方で、調査された動物の生態すべてが解明されているわけではないであろうこと、さらにいまだ発見されていない種が数多く存在するであろうことをかんがみれば、ボックマンが報告した1,500種というのは控えめな数字かも知れない。前述の指摘をしたヴェヌートも、「どんな動物の行動様式にも、オスとメスの振る舞いが共存している——(中略)一種の性的両義性について考えなければならない」と述べている。


 いわんや、ニンゲンをや——


●『鳥歌合』

 本作「巻二」の主題ともなる江戸時代初期の擬歌集。30羽のトリが「歌合」の形式で左右に分かれ、歌を競い合わせる。

 作者は、豊臣秀吉の正室・北政所きたのまんどころの甥で小浜城城主であった木下勝俊——関ヶ原の合戦で東軍に属したが、伏見城留守居の任を放棄して戦後改易、剃髪して閑居。歌を細川幽斎に学び、「木下長嘯子ちょうしょうし」の名で歌人としても活躍。歌風は当時の革新派だという。また当作のほか、『蟲歌合絵巻』『虫十五番歌合』や『うをのうた合』などほかにも擬歌集を著している。

 本段以降、『鳥歌合』に関する記述については、この木下勝俊の『鳥歌合』(風々齋文庫/Kindle版)を底本とする。尚、「菅原朝臣梅園黄鶯」は、底本『鳥歌合』に「判者」として記載された名である。



◆参考文献

 ミダス・デッケルス『愛しのペット 獣姦の博物誌』(伴田良輔 監修、堀千恵子 訳)工作舎 2000年

 ヴィンチェンツォ・ヴェヌート『生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰』(安野亜矢子 訳、株式会社リベル 翻訳協力)ハーパーコリンズ・ジャパン 2021年

 エミリー・ウィリンガム『動物のペニスから学ぶ人生の教訓』(的場知之 訳)作品社 2022年

 木下勝俊『鳥歌合』風々齋文庫(Kindle版) 2018年

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る