【第十六】異類交雑考の事
然れども、問題は「カラスとサギの縁談はアリやナシや」と云うことでございまシて、ロバと
さすれば、異類の縁談はどれほどの差異であるなら許されるのか——?
なんと申シましても究極は、『天才バ●ボン』などの絵草子に見られる「ウナギイヌ」を産んだ、雄イヌと雌ウナギの
然れどモ、じっさい起こる異類交雑の多くは、交尾機会に恵まれぬ発情期の若いオスの個体が犯すワキ毛のひだり——や、若気の行ったり来たりなのでございまシタ。
とは申せ、それは時にラッコのオスによるアザラシのこどもに対する誘拐強姦致死事件や、オスのオットセイが引き起こすペンギン強姦殺獣食事件と云った悲劇を起こしまス。
ただ… たったいま人界の犯罪や事件になずらえておきながらなんでございますが——かれらの起こす悲劇と、人界で起こる
対して、ニンゲンのそれは、概して性欲を起源に持ちませヌ。ためにニンゲンは異類の都合などお構いなく交雑を強いる——
ニンゲンの取り結ぶ牝ウマと牡ロバの夫婦からはラバが産まれる… ラバはウマとロバのそれぞれの長所を兼ね備えた頑強な交雑種でございまして、それはまたニンゲンの求める理想の家畜でもございまス。ちなみに牡ウマと牝ロバの仔はケッティと申シ、ラバと違い「ヒヒ~ン」と鳴くとか——
ウマ科の異類交雑はヒトがとくに好むところでございまして、ほかにもウマとシマウマの仲を取り持ってゼブルラを産ませ、シマウマとロバの縁を結んでゾンキーやゼドンクを産ませた由——
かような行為のほとんどはニンゲンが介在して起こること… それはウマ科に限らずヤギ科やネコ科などでも企まれ、ギープやショート、ライガーやレオポンなどが産まれてございまス。されど近頃、ヤギ科などは卵細胞をいじくって子を
とは申せ、そもそも家畜どもに自由恋愛など許されているわけもなく、ニンゲンの
さすれば、このニンゲンの取り持つ仲は禽界にまで及びますル。
山城守、難波津殿に訊ねて曰く——
「吾が禽界を見渡せばアイガモがござるが、あれもまたヒトの仕業でござろう?」
難波津殿答えて——
「さよう… ただし、あれはマガモとアオクビアヒルの
ちなみに「アオクビアヒル」とは、啼き声が保険会社の白いアヒルのことではなく、見た目ほとんど「マガモ」のアヒルのことでございまス。捕捉しますと、野生化して数代を経たアオクビアヒルもアイガモと呼ばれる由… もちろんこれらは繫殖力を有しておりまス。
難波津殿曰く——
「とは申せ、ヒトの関りがなくともカモの方がたは、マガモとカルガモやオナガガモなど、それぞれ自然のうちに縁を結んでおる由——」
堀ちなみに、ヒドリガモはアメリカヒドリとの国際ケッコンが盛んだとか——
山城守、コトバを返し——
「
たしかにカモ類のオスは、ニンゲン的感覚からすると、トリの中でもとくに色欲の強い種かと感ぜられます。トリの97%が進化の過程で棄てたオ●ンチンを——しかも長くコルク抜きのように螺旋を成したオチ●チンをいまだに携え、そのオチン●ンを拒むがごとく複雑に進化したメスの膣にねじ込むため、交尾相手を抑え込み、時には溺死させることさえ——
1995年にはオランダはロッテルダムで、窓ガラスに激突して死んだオスのマガモを、そのオスを追い回して死に追いやったべつのオスが、75分間に渡って「死姦」するという猟奇事件が報告されている… ちなみに、この事件を目撃した生物学者は、事の経緯を詳細なレポートにまとめ、のちにイグ・ノーベル賞を受賞したとか——
難波津殿曰く——
「されど、肝腎なことは子を儲けられるかどうかではござらん。貴殿も存じておろう… カッコウはウグイスやモズ、ホオジロなどさまざまな小禽の世話で育ち申す。また、ウグイスはホトトギスを育て、コルリやルリビタキはジュウイチ、センダイムシクイはツツドリを育て申す。しかもそのヒナは己が産んだ卵やヒナの仇——
卵から
それを聞いて山城守、「さればとて…」とくちばしを開くも、難波津殿はそれを押し止めて曰く——
「子を儲けられぬから、との理由でカラスどもの思惑を拒むのは、いまは悪手にござる。むろん文を返さずに蔑ろにするのは論外中の論外——」
すると山城守、いくらか気色ばみ——
「ではどうせよと仰せか? 吾が姫にカラスの子を育てよと…? 縁談に応じよと…? ええい、さようなことができるとお思いか!」と珍しく声を荒げる…「彼奴の招きに応じて雪姫と祇園林に赴くのさえ怖ろしい! したたかな東市佐のこと——こちらの考えなどお構いなしに、弟と姫との縁談をまとめようと目論んでおるのに相違ござらん!」
さすれど、さすがは難波津殿… 山城守を
「祇園林へ赴くことが憚られるなら、彼奴らのナワバリの外で、一度カラスとまみえてみては如何か? 彼奴とてほかの者の眼があれば、こちらのコトバ尻を手掛かりに話を進めるようなことはすまいて——」
「彼奴らのナワバリの外とは——?」
「
難波津の『
さて、この提案を聞くと山城守、己も姫に負けぬほど歌に心寄せる身であれば、その想いも手伝って、「それは妙案にござる!」と悦んだ… 難波津殿の両の手羽を力強く握ると、いたく感謝し、
【第十七】につづく——
◆参考文献
ミダス・デッケルス『愛しのペット 獣姦の博物誌』(伴田良輔 監修、堀千恵子 訳)工作舎 2000年
ヴィンチェンツォ・ヴェヌート『生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰』(安野亜矢子 訳、株式会社リベル 翻訳協力)ハーパーコリンズ・ジャパン 2021年
エミリー・ウィリンガム『動物のペニスから学ぶ人生の教訓』(的場知之 訳)作品社 2022年
樋口広芳『鳥ってすごい!』ヤマケイ新書 2016年
叶内拓哉・安部直哉・上田秀雄『山渓ハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥』山と渓谷社 2016年
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