【第十七】鴨大夫御訪問の事

 さっそく中鴨の森から祇園林に書状が遣わされました。


 書状には、本年より『鳥歌合』のサギの席が、難波潟の鷺大納言さぎのだいなごんより山城守へ譲られた旨が綴られ、合わせて、蔵人頭くろうどのとうの『鳥歌合』参席辞退に伴って空いた歌席に、「東市佐殿を推挙致したくさふらへば如何か…」と歌合参加の意志について、真玄へ伺いが立てられてございまシタ。「にあらば、是非とも難波津でお会いしたく御座候」と書状は結ばれておりまス。


 書状を読んだ真玄は、カラスながらも躍して悦びまス。なにしろ、『鳥歌合』への招待でございまス——前段では禽界版の『紅白歌合戦』かのように申シましたが、『紅白』においては吉田拓郎やミスチルがごとく、価値観や思想信条にそぐわなかったり、NHKが苦手だったり、コタツに入ってミカン食べたかったりして、歌い手が出演を望まぬケースもございまス。然れども、『難波津鳥歌合』に関しましては、漏れなくすべての歌禽の憧れ、貴禽や武禽にとっては一族のステイタス証明——云わば、スポーツエリートにとってのオリンピック出場、俳優・映画人におけるところのオスカー・ノミネート、読者モデルにとってのTGC出演、或いは、ボディビルダーにとってのミスター・オリンピアであり、五目並べ界での連珠世界選手権出場に匹敵する栄誉なのでございまシタ。


 ——さような大舞台にこのわしが立てるとは——!


 これまで『鳥歌合』と申せば、席は永年生田森いくたのもりのカラスの定席じょうせきでございまして、真玄の義父でもある大殿が隠退するか、ポックリ逝かぬ限り、真玄に出番が回ることはないと皆が信じ込んでおりました。それが、いくらマヒワの辞退があったからと云うて、カラスにもう一席設けられるなど誰も予想だにしないこと… それだけに真玄の悦びようと云ったらないのでございまス。

 このウラに荒神橋騒動以来の鴉鷺の諍いが大きく影響していることは、いくらか単純バカの真玄にも察せられました。さもあらば、真玄はその事態を利用して、冬若丸とシラサギの姫との縁組を企んだつもりだったのでございまス。それが、まさかまさかのカサマ君——かように巨大なボタ餅が棚から落ちて来ようとは——!


 ——わしはどうも山城守を侮っておったようじゃ。彼奴が『鳥歌合』の番付に手羽心(手心)を加えられるほどの力を持っておるとは… 難波潟の古サギから歌席を譲られたと云うのも、彼奴の権力伸長の表れであろうか?

 実のところ、それらすべて山城守の力ではなく、『難波津鳥歌合』のかんむりスポンサーたる難波津殿の権勢の為せるわざでございました。されど、さような事情を知らぬ真玄は、猶のこと中鴨森との縁談を成就させたい、と想いを強くしたのでございまス。


 そこへ一羽のおいガラスがモノを申します。

「然れども、殿… この書状では、冬若様とサギの姫君との縁談については巧みに避けられてござる。これは若様との縁組について茶を濁すための方便ではありますまいか——?」

 この者、名を空巣からす勘左衛門かんざえもんと申し、真玄の父の代から仕える老臣なれば、真玄にとって身近な相談役、貴重な目付役でございまシタ。ゆえに、この殿様が単純バカであることも重々承知ノ介——狂喜乱舞するバカ殿を嗜めたのでございまス。

「なんじゃ? 荒神橋の一件はこれで手打ちにして、冬若との縁談話は聞こえぬふりと云うことか——!?」

「おそらくは——」

「ぐぬぬぬぬ… 甘く見られたものじゃ。かようなエサでわしを釣ろうなど…」と唸ったのち、真玄はつい思いの丈を吐き出します。「さればとて、出たい… 出たいのじゃ! あの『鳥歌合』ぞ! 父上とて参席の叶わなかった、あの難波津の『鳥歌合』ぞ!」

 バカ殿の扱いに慣れた勘左衛門は顔色一つ変えずに申します。

「取り乱しめさるナ、なにも出るなと申シてはござらん。遠慮せず参席なされば宜しかろう」

「なに? 出てもよいのか?」

 勘左衛門曰く——

「もちろん参席なされませ。さればその衆目の集まるなかで、吾らとサギどものえにしを結ぶ由緒を、殿が歌にして詠むのでござる。そのうえで、改めて山城守に娘御と冬若様の縁談を申し出てみなされ。さすれば、いかな山城守と云えど、いい加減な返事はできますまい」

「おお、さすがは勘左じゃ。なかなか当を得ておる」と真玄、すっかり腑に落ちた様子…「それで、吾らとサギのとは?」——チャンチャン♪


   *******


 糺の森に一羽のマガモありケリ。名を鴨大夫かものだいふ葦原甲右あしはらたかあきと申シ、鴨河一帯の鴨家をトリまとめる頭領を永らく務めて参りました。

 このマガモ、よわい80に手羽(手)を掛ける老鴨でございましたが、いまも大方の雄ガモに増して性欲強く、毎年あまたのガモに多くの卵をはらませつづけておりました。これには中村富十郎もビックリ、ロバート・デ・ニーロやクリント・イーストウッドもこうべを垂れる健在ぶりでございまス。

 とにかく、このマガモ、「産めよ、殖やせよ」が座右の銘、それがそのまま一族の繁栄につながると信じておりましテ、雌ガモと見れば見境なく手籠めにする始末——憐れな被害者は、時にカルガモやオナガガモの娘にまで及びまス。


 ところで、糺の森は、桓武かんむ帝がこの地に都をせんする遥か以前から在ったいにしえの森でございましテ、葦原家はその時代からこの森に棲まう古き一族でございまシタ。

 然れば、糺の森に祀られたやしろの祭神は、賀茂かも建角身命たけつぬみのみことで、「賀茂」が冠されていることから、葦原家のマガモどもは己がルーツを建角身命と信じて疑わずにいたのでございます。

 そこへ真玄ら林家の先祖どもが、熊野より祇園林へ移り住んでのち、話が少々ややこしくなりまシタ。

 林家のカラスども曰く——

「吾らの先祖は八咫やたのカラス… 然らば、それがと云うのは禽界でも広く知られたところ… されば、建角身命を祀る糺の森は、吾らにこそ所縁ゆかりの地なり——」

 そもそもカラスの末裔がカモと云うのが妙な話でございまして、無責任なネット(民)どもは、カラスどもの云い分にこそ分があると噂し合いました。

 もとより、一族のルーツのエビデンスを神話に求めること自体、ナンセンスでございまス。でございますれば、事を荒立ててボロを出すよりは——と祇園林のカラスどもをいにしえの時代に枝分かれした遠戚として認め、友好関係を結んで現在に到っているのでございまス。


 然れば、その鴨大夫が祇園林へ訪ねて参りまス。ちょうど真玄たちが、鴉鷺の縁を結ぶ由緒について思いあぐねているところでございまシタ。

 祇園のバカ殿は「内密の御相談」として、鴨大夫に悩みを打ち明けます。目付役の勘左衛門からすれば、この性欲の権化のごときマガモに、この手の相談をするのは危うく感ぜられましたが、林家と葦原家のウサン臭げな縁戚関係、加えて鈴木●美も顔負けの、「アヒル口」ならぬ「マガモ口」に浮かぶ、鴨大夫のアルカイック・スマイルにほだされ、真玄は「内密のご相談」を持ち掛けたのでございまス。


「鴉鷺の縁談とは思い切ったことを考えましたナァ」事の次第を聞いた鴨大夫は半ば呆れた様子で申しまス。「わしら鴨家では異禽との縁組も珍しいことではござらぬが、それでも『鴨』を冠さぬ家の者との縁組は考えもせンことじゃテ——」

 真玄曰く——

「弟は武芸より文事に興をそそられる性分にござる。兄バカゆえのひいき目かも知れぬが、横笛の腕前は都ガラスで四本のあしゆびに入る腕前かと… ところが近畿一円のカラス一党を見渡しても、鳥マネ程度に芸事をたしなむ姫はあっても、弟の才覚に見合うまでの姫は見当たらヌ。されば、山城守の娘御は和歌に通じ音曲に秀でておるとの由… いくぶん姫のほうが年嵩ではござるが、むしろ弟にはそれが合うておる。でござれば、この姫と弟の冬若は、なかなか似合いのツガイとは思いませヌか?」

 そう云われて「思いませヌ」と思いながらも鴨大夫、さすがに「思いませヌ」とは申せず、「思い申す」と思いもせヌことを申しました。

 するとこんどは勘左衛門が、横からくちばしをはさんで曰く——

「山城守殿は、あまり融通の利かぬちょくな御仁… スジの通らぬことには耳を貸さぬ性分でございましょう。然るに、ウラを返して申せば、スジの通る話なら耳を貸すと云うこと——」


 勘左衛門によれば、カタブツの山城守が娘の縁談に気が乗らぬのは至極当然のこと… 類も違えば所縁もないカラスとサギの縁談は、世間の常識からも大きく外れて見えル——

 されど、鴉鷺はともにくちばし黒く翼のある身… 世の中にはトンボとカエルが婚約して「トンボガエル」とか、アリとチョウチョが契りを結んで「アリがチョウ」、ウシとニワトリが縁談をまとめて「モオケッコー」なるものまで生み出されている由… カラスとサギがケッコンして「カァーとサギ(カード詐欺)」なのダ!——となってもなにもふしぎはございませン。


「さにあらば、鴉鷺をつなぐ所縁が見つかりさえすれば、山城守も心が動きましょう。とは申せ、拙者どもにはカラスとサギをつなぐ由緒について見識がござらん。そこでお訊きしたいが、大夫殿はなにかわしらとサギをつなぐ由緒話を御存じないか——?」と真玄——

 それを聞いて鴨大夫、なにやら含みを持った云い回しで申しまス。

「さようなことなら、ひとつよく知られた鴉鷺の由緒話があるではござらヌか…」

 云われて、カラスどもはギョロリと黒目を剥きました。

「なんと、鴉鷺の由緒話とな…?」

「御二方とも御存じナイか?」と鴨大夫、身を乗り出す真玄と勘左衛門にくちばしを寄せて曰く…「七夕の因位いんい——『烏鵲うじゃくの橋』の物語でござるヨ」


【第十八】につづく——

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