【第十九】鳥歌合番付の事

 また日が経ちまして、グレゴリウス暦の5月8日となりました。つまりこれは陰暦が4月に改まった日、卯月うづき朔日ついたち——『難波津鳥歌合』が開かれます、灌仏会かんぶつえの一週間前にございまス。


 然れバ、この日になってようやく、本年の『難波津鳥歌合』の開催と番付が発表されたのでございまシタ。

 これは異例の遅さでございまして、例年であれば、どんなに遅くとも3月半ばには発表されて然るべきところ… 巷では、ことしの鳥歌合は中止されるのではないか…などと危ぶむ声さえささやかれはじめておりまシタ。

 それもいくぶん無理なきことかと存じます。春先の飢饉のピークが過ぎたとは云え、行き倒れる者がいなくなったわけではございませン。下賤の者どもの窮乏はあいかわらズ… 前年に起きた大水のキズもいまだ癒えてはおらず、鳥歌合どころではないというのが粗方あらかたの町の声でございまシタ。


 それでも、いざ鳥歌合の番付が発表されてみれば、それを肴に、「あいつはナシだ!」「あの方はアリよ!」「なんで○○○○なんかが選ばれよったんじゃ!」「なじょして□□□□サが選ばれんかったんだべ?」などと好き勝手云って愉しのむが、烏合の衆の常でございまス。


 さスれば、酒肴に趣向を凝らすのもまた一興——すぐさま巷では『難波津鳥歌合』参席者各々のプロフィールと「見どころ」を付しまして、以下のような「番付表」が売り捌かれたのでございまス。


   *******


☆☆烏鵲うじゃく元年『難波津なにわづ十五番じゅうごばん鳥歌合とりうたあわせ』番付☆☆


【判者】うぐいすの少将しょうしょう梅原朝臣うめはらのあそん好声よしな⦅ウグイス⦆

《プロフィール》山城国やましろのくに出身。鴬宿梅主人。『難波津鳥歌合』の創始者、菅原すがわら朝臣のあそん梅園ばいえん黄鶯こうおうに師事。横笛・春鶯囀しゅんおうてんの吹き手としても知られる。本年『鳥歌合』の右席一番・杜宇弧雲はこのウグイスの養い児。

自身も『鳥歌合』で18年連続18回参席した。11年前、彼の歌の師で初代判者であった梅園黄鶯の遺言に従い、『鳥歌合』二代目判者となる。好きな食べ物はイモムシ。梅が特に好きというわけではない。


◆一番

【左】鶺鴒せきれいの一宮淡路いちのみやのあわじ⦅せきれい⦆

《プロフィール》淡路国あわじのくに出身。生年14歳。本年初参席にして最年少参席記録を更新。日本神話最古の名禽の出身ながら歌風は瑞々しい革新派。好物はオニヤンマのヤゴ。

【右】特牛鳥こといどりの僧正そうじょう杜宇とう弧雲こうん⦅ほとゝぎす⦆

《プロフィール》山城国やましろのくに出身。般若林僧正。判者・梅原好声の養子。7年連続7回目の参席。詩歌同人誌『ほとゝぎ’S』編集長。好きな食べ物は毛虫。

★★対戦の見どころ★★

本年『鳥歌合』の開幕を飾るオープニング・バウト! 名鶯・梅原好声の養い児であることから「親の七光り」と揶揄されてきた弧雲禅師も、いまや押しも押されぬ『鳥歌合の門番』——そんな歌禽界のゲーリー・グッドリッジに挑むのは、「くにみ神話」に語られる名家の姫君にございます。果たして、可憐な翼は『鳥歌合』の厚き門をこじ開けることができるのか——!?


◆二番

【左】雲雀ひばりの三郎さぶろう萩原はぎわら高登たかなり雲雀ひばり

《プロフィール》武蔵国むさしのくに出身。生年19歳。4年連続4回目の参席。今回、一宮淡路に破られるまで最年少参席記録保持者。チャームポイントはこだわりのソフトモヒカン。趣味は砂浴び。

【右】山鳥赤染やまどりのあかぞめ長尾女ながおのむすめ山鳥やまどり

《プロフィール》石見国いわみのくに出身。山鳥判官やまどりのほうがん赤染長尾あかぞめながおの長女。いみな門子ひろこ。16年連続16回目の参席。当代きっての雌流めんりゅう歌禽かきんとして知られる。歌集『赤染@門子集』は100万部突破の大ベストセラー。好物は野イチゴ。

★★対戦の見どころ★★

第二番にして、はやくも歌禽界の女王・赤染長尾女の登場でございまス。現在10連勝中(最後に敗れた相手は現在、判者の鴬宿梅主人)の、まさしく『鳥歌合』の絶対女王——そんなヤマドリに挑むのは歌禽界の揚げヒバリ、萩原高登でございまス。怖いもの知らずの十代のカリスマはヤマドリの長い尾を捕まえることができるのか——!?


◆三番

【左】鶉沙弥尼うずらのしゃみにうづら

《プロフィール》大和国やまとのくに出身。幼くして出家。現在も明日香太子山で修行中。その才能を買われ、無名ながら今回大サプライズの初参席。好物はゴミムシダマシの幼虫。

【右】雉右衛門尉きじのうえもんのじょう桜田朝臣さくらだのあそん仲春なかはる雉子きじ

《プロフィール》山城国やましろのくに出身。愛宕山あたごやま雉子きぎすの当主。17回目の参席。得意種目、短距離走。自己ベスト100ⅿ11秒8の俊足を誇る。好きな食べ物は落ちてる米や草の種。

★★対戦の見どころ★★

左席にウズラのシンデレラガール・鶉沙弥尼… 迎え討つ右席は比叡山のトンビとならぶ、畿内山禽の重鎮、愛宕山雉子きぎすの頭領・桜田仲春にございます。奇しくもキジ族同士の対決となったこのトリ組、愛宕山のあるじたる仲春に、ウズラのシンデレラはジャイアント・キリングを果たせるか否か——!?


◆四番

【左】雁金かりがね大納言のだいなごん苅田朝臣かりたのあそん持文もちぶみ⦅かりがね⦆

《プロフィール》陸奥国むつのくに出身。10年連続12回目の参席。郵便事業の大立物。歌禽としても『鳥歌合』の雁席をマガンから奪って10年、いまや雁氏歌禽の顔役。

【右】鴛左中将おしのさちゅうじょう難波朝臣なにわのあそん美妙よしとう⦅おしどり⦆

《プロフィール》摂津国せっつのくに出身。11年連続11回目の参席。游禽の名家・鴛難波おしどりのなにわ家当主。一途な愛妻家だが、パートナーは一年ごとに乗換える。ドングリが大好き。

★★対戦の見どころ★★

四番は、いまや游禽界の重鎮となった者同士による宿命のライバル対決でございます。過去5度の直接対決は2勝2敗の五分と五分… 革命戦士・苅田持文とドラゴン・難波美妙の名勝負数え歌に、ついに決着の時が迫る——!


◆五番

【左】水鶏くいなの五郎ごろうたちばな仲夏なかなつ⦅くゐな⦆

《プロフィール》近江国おうみのくに出身。五月生まれ。水鶏家のプリンス。3年連続7回目の参席。花鳥蒔絵などに見られる『橘に水鳥』の図案は彼がモデル。好物はテナガエビ。

【右】鳰近江におのおうみ⦅にほ⦆(かいつぶり)

《プロフィール》近江国おうみのくに出身。3年連続6回目の参席。詩歌「ほとゝぎ’S」同人。筋肉量を自在に操れる体質を利用しフィジークの選手としても活躍。趣味はダイビング。

★★対戦の見どころ★★

第五番は、クイナの橘仲夏とカイツブリの鳰近江による、近江出身の者同士の、云わば、琵琶湖ダービーでございます。ともに水辺に暮らす者同士ながら、浅瀬と水中でおもむきを異にする間柄… いったい如何なる水辺の歌を詠みあうか、乞うご期待——!


◆六番

【左】とび出羽のでわ法橋ほっきょう定覚じょうがくとび

《プロフィール》出羽国でわのくに出身。20回目の参席。比叡山の山法師の首領で、祇園林や下の森、大原の魚山や山科の護法山などにも影響力を持つ洛中禽界随一の実力者。詩歌「ほとゝぎ’S」名誉顧問。好きな食べ物、シカの熟成肉を刺身で。

【右】からす摂津守のせっつのかみ八尺はっしゃく朝臣のあそん只墨ただずみからす

《プロフィール》摂津国せっつのくに出身。生田森の守護ガラス。10年連続15回目の参席。烏鳥随一の歌禽で、カラスの連続参席記録を現在更新中。右席十二番・林真玄の義父。

★★対戦の見どころ★★

第六番は本年最大のビッグマッチ! 禽界の超大物同士の対決にございまス。左席に比叡山の盟主・鵄出羽法橋定覚、右席に生田森のカラスの大殿・摂津守八尺只墨による大一番… 怪獣界で譬えればキングコングVSゴジラ、プロレスで云えばジャイアント馬場VSアントニオ猪木、角界だと大鵬VS柏戸、F1ならアラン・プロストVSアイルトン・セナ、極妻であれば岩下志麻VSかたせ梨乃とも云える豪華対決にございます! 近畿禽界に絶大な影響力を持つ者同士、決着のつき方次第では畿内の歌禽のみならず、禽界の勢力図にすら影響が出るやも——!?


◆七番

【左】千鳥ちどりの造酒司みきのつかさ江川えがわ浜次はまじ千鳥ちどり

《プロフィール》大和国やまとのくに佐保川さほがわ出身。5年連続7回目の参席。洛中酒屋を統制する官職を生かし財を成す。酒の肴はトビムシの佃煮。好物はヨコエビのかき揚。

【右】しぎ矢次郎のやじろう田辺たなべ秋沢あきさわしぎ

《プロフィール》相模国さがみのくに出身。初参席。かつて「鴫の海しぎのうみ」の四股名しこなで力士として活躍し、小兵ながら「技のデパート」の異名を取る。得意の決り手は「しぎ羽返はがえし」。

★★対戦の見どころ★★

つづく第七番は、左席に造酒司のチドリ、右席に元相撲取りのシギという異色のトリ合せ… しかも、いずれも小さき渉禽の眷属でございまして、宗家の千鳥家に分家の鴫家が挑むという図式と相成りました。「酔えば酔うほど歌を詠む」という歴戦のチドリに、第二の禽生(人生)を歩みはじめたオールドルーキーは如何に挑むのか——!?


   *******


 さて、つづきまして——といきたいところですが… 〽ちょうど時間となりましたッ! またのォ講演ンンお愉ォしみッ!

 「八番」から「十五番」の番付と「見どころ」は、次回をお待ちください。


【第二十】につづく——



◆参考文献

 木下勝俊『鳥歌合』風々齋文庫 2018年

 叶内拓哉・安部直哉・上田秀雄『山渓ハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥』山と渓谷社 2016年

 松原始『カラスは飼えるか』新潮文庫 2023年

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