巻第二 鳥歌合

【第十四】荒神橋騒動始末の事

 さいわい荒神橋での一件で中鴨の森の若殿に罪科が課されることはございませんでシタ。七郎の申し開きは、アマサギやコチドリらの証言、弟・次郎の弁護もございまして、検非鷧使けびいしにも受け容れられたのでございまス。

 や、そもそも野良イヌ一匹斬り殺されようがチリコンカン食べようが、トリどもにしてみれば、トルティーヤがチリコンカンに添えられていなかった程度の問題なのでございましょう。


 むしろ問題として残されたのが、洛中のサギとカラスどもの遺恨——

 もともと両者には日頃から腹に据えかねるものが互いにございまして、カラスどもからすれば「羽の白さしかトリがねえクセにテヤンデエ、面倒クセエこと云ってねえで、カレーうどんすすってみやがれってんダ!」とサギどもの高慢さが鼻持ちならず、サギどもはサギどもで「生ゴミあさらはったり、拾い喰いしなさはったりイイ加減にしとくれヤス、ぶぶ漬け(お茶漬け)でも食べて行きなはれヤ!」とカラスの品のなさにウンザリしていた模様——そんな両者の不満が、此度の騒動で露わにされたのでございまス。

 とくに憤ったのはカラスども… 鴨河の汀にたたずむサギ目掛けて上空から糞尿やクルミを落としたり、背後から忍び寄って飾り羽を毟り取ったりと、サギへの嫌がらせが同時多発的に開始されまシタ。


 おかげで中鴨の森の「サギ専用相談ホットライン」の電話は終日鳴りっぱなし… その九割は「黙っておけばヨイものを!」と云う若殿への苦情でございまシタ。ちなみに、あとの一割はオレオレ詐欺の相談センターと勘違いしたマチガイ電話にございまス。

 大半のサギにとっては、生ゴミを漁るカラスも、屍肉を喰らうカラスも、世に必要なことと看過して参ったこと——不快ではあってもそれは都の掃除屋として認知されたことでございました。ただ、どのサギも、まさか吾が身がになるなど想像だにしないことでございましょうが——


 されば山城守、七郎に野良イヌを斬り殺した責めを負わせるのは酷なれど、カラスどもとムダないさかいを起こしたことについては、彼奴の不徳のいたすところ、と吾が子に謹慎を命じまス。もちろん、これはカラスどもへの謝罪の表意と云うより、同朋たるサギどもへのエクスキューズでございまシタ。この程度のことでカラスどもの嫌がらせも収まる気配はございません。


 そんな山城守に、祇園林より書状が遣わされたのは、それより程なくしてのこと——文の出し主は祇園林のカラス、はやし真玄さねはるでございまシタ。書状の大要は、山城守の愛娘・雪透姫すずかしひめと真玄の弟・冬若丸との縁談話でございまス。


 以前より、冬若丸に名家の姫をめとらせて、家の格を上げたいと考えていたカラスの殿様は、荒神橋の一件のあと、冬若丸を送って参った姫を北小路で垣間見た際、と来たのでございまス。や、正確に申しますと、その時は羽衣ういの白さにピンときたくらい… じっさいと来たのは、祇園林に戻ってからの冬若丸のハシャギっぷりを見てからのことでございまシタ。なにかにつけて、姫の麗しさ、気立ての良さ、琵琶の音の美しさを持ち上げて回り、キテ●ちゃんがごときまなこをキキララ光らせる弟のさまを見てと来たのでございまス。

 ——これぞ求めていた理想の姫じゃ!

 や、家格としては、洛中渉禽の頭領で守護職の家柄ではあるものの、系図を辿れば摂津住吉の宮守の枝族… 地政学的にも中鴨は、上加茂のカルガモ、下鴨のマガモのカモ勢に挟まれた新興勢力でございまス。家の格としましては祇園の林家とどっこいどっこいと云ったところ——

 然れども、「さてはかの中鴨の姫に一目惚れしたナ?」とからかう真玄に、「そんなことアルわけナイよお♡、相手はサギですよお——キャッ♡♡♡」と小羽をバタつかせ、黒羽を朱に染める弟の姿を見て、真玄の兄弟愛はくすぐられ、中鴨の森への書状と相成ったのでございまス。


 さればとて、片想いの昂揚は長くはつづかぬもの… 弟の花嫁候補を見つけて浮かれる真玄とは裏腹に、とうの冬若丸は三日も経たぬうちにうじうじと打ち萎れるようになったのでございまス。

 憐れな吾が身に、「近江あふみなる伊香具いかごの海は如何いかがかと、海松布みるめもなきに思へども…」などと「近江」と「逢ふ身」、「伊香具」と「如何」、「海松布」と「見る目(再会)」をコトバに掛けて気を病んで、烏羽うばたまの夜に寝衣を裏返し、手羽先にはミサンガをつけ、スマホの待ち受けを美輪明宏からピンクのハートマークに変え、姫との再会を祈って願を掛けたのでございまス。しかもそれだけでは気が済まず、正月のお年玉ぜんぶ注ぎ込んで開運パワーストーンまで通信販売で買う始末——


 然れば、「この想いを姫に伝えねば」と思い余って、兄の中鴨への書状とはべつに、冬若丸は雪透姫に宛てて恋文をしたためまス。

 そこにニワトリの漏刻博士が、逢坂山へ戻る脚で祇園林へあいさつに訪れる——冬若丸は図々しくも、姫への文をこの古鶏こけいに託します。漏刻博士は姫の乳母めのとのアマサギと以前からの知己でございましたシ、荒神橋の件で姫ともツテができたばかりでしたから、これは渡りに船だとカラスの若君は考えたのでございまス。

 とは申せ、逢坂山と中鴨では脚の向く先が真逆にございまス。祇園林から中鴨までは、空を飛べるカラスならまさに一足飛び… 現代なら東山駅まで歩いて市営地下鉄東西線に乗り、烏丸御池駅で烏丸線に乗換えて北山駅で降りて歩けば半時も掛からぬ道のり… さすれど、空を飛べぬうえ、年老いて衰えたニワトリの脚には、なかなかこたえる距離でございまス。早熟で評判の冬若丸でも、さすがにまだ幼鳥… 相手がニワトリだと云うところまで気が回らなかった由… ただそれだけに、無邪気に頼りにして来るさまが、知時には愛らしい——


 結局ナンキョク、漏刻博士はカワイイ弟子のため、逢坂山へ戻る日取りを先延ばしにして、中鴨へ脚を運びます。然れどモ、姫に直接渡すのはトリ目(人目)に憚られる… もちろん姫の父の山城守に託すわけにはいきませぬから、懇意の月御前を介して子ガラスの文を姫のもとへと届ける段取りといたしまシタ。

 然れば、この恋文について知る者は、冬若丸本人とその文を受け取った姫のほかは、逢坂山のニワトリと姫の乳母のアマサギと云うことになりまス。


 まさか祇園林から縁談話が持ち掛けられているなど知らぬサギの姫君は、荒神橋のたもとで、己が羽衣に匿われて素直に畏まっていたあの子ガラスを思い浮かべながら、文に眼を通しまス。

 そこにはまずつぎのごとき和歌が添えられてございまシタ。


  白妙しろたへの そでかづきし さぎ立てば

  風にゆれにし しらぎくにゝる


 歌意は「白妙の小袖をかぶったサギが立つと、風に揺れる白菊に似てる」と云ったところ… 「さぎ立てば」に「騒ぎ立つ」の響きを重ね、詠み手の心ざわつくさまを表わしたつもりなのでございましょう。

 ちなみに恋文そのものの内容は、一見、子ガラスとサギの姫が出逢った日の様子を再現したようで、そのじつ、妄想にも等しい記憶の改竄と、だいぶ先走った感情の暴走が綴られ、マセガキがせいいっぱいコマッシャクレて書いた、十年後には間違いなく黒歴史に認定されるであろう、つぎのごとき内容でございまシタ。


  あれは青雲せいうんの春の候にて

  はや懐かしと思ふたかの日の恋

  ゆめ離れなでとや 涙浮くまなこにて眺めし君を

  雲の如くたおやかに 忍びやかにもきしきしと

  かきいだきて かきいだきて あな去りがた


 恋文を読み終えると姫は思わず噴きだし、それからすこし困った様子で螺鈿らでんの文箱にそれを仕舞ったのでございまス。


 ところで、この冬若丸の恋文、添えられた和歌にある「白妙の小袖」を「麦わらの帽子」に、「さぎ」を「君」に、「しらぎく」を「マリーゴールド」にかえて、おまけに季節を春から夏にすると、平成30年に発表されて大ヒットした、あ●みょん氏の♪「マ●ーゴ●ルド」のサビとほとんどソックリの内容となります。果たしてそれが、天文館的な繁華街でテイラー・スウィフトとアヴリル・ラヴィーンがしばきあいしているところが目撃されるくらいあり得ない確率で起きた偶然の一致か、はたまた子ガラスの恋心が時を越えて現代の歌姫の心に甦った奇蹟かについて、ここで明らかにすることは、この物語の本意ではございませン。事実の追究はのちの音楽史家に託スといたしまして、物語は次回につづきまス。


【第十五】につづく——

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