【第十三】漏刻博士葬礼講話の事

 荒神橋の上空に渦巻いていたトリの群れが散りぢりに失せた頃、祇園林の子ガラスは、意識の戻ったミヤマガラスに負ぶわれて、逢坂山のニワトリとシラサギの姫とともに鴨河の川筋を般若林へ向って進んでおりまシタ。


 ほかの者の姿が見られないのは、「いずれ詮議は免れぬゆえ」とシラサギの若殿が検非鷧使への出頭を申しでたがゆえ——黒イヌの返り血で半身染めたシラサギの姿を見れば、それも詮無きことかと思われまス。

 また、「イキサツを伝え損ねれば要らぬ嫌疑を掛けられかねませヌ」とアマサギとコチドリも同行することとなり、「是非とも兄の弁護を…」との弟・次郎の想いも汲んで、皆ともに参ることとなったのでございまス。

 シラサギの姫もまた同行を望みましたが、輿入れ前の妹によからぬ噂が立ってはマズイ、と断固として若殿が認めませんでシタ。


 別れ際、不満顔の雪透姫に「御案じ召めさるナ」と月清尼…「刃傷にんじょう沙汰ざたは野犬とのうちで収まりましたゆえ、七郎殿が罪に問われることはありますまい」と慰めまス。次いで逢坂山のニワトリに「姫様のことをお頼み申します」と姫の身柄を託しまシタ。

 「逢坂山の隠禽・知時」と申せば都ではちょっとした有名禽(有名人)——そのトリ柄(人柄)をよく知るアマサギの保証もございまして、シラサギの兄弟も大切な妹を初対面のニワトリに託すことにしたのでございまス。


 若殿らと別れてからの道すがら、シラサギの姫は前を歩くミヤマガラスに「兄上をゆるしてたもれ」と侘びまシタ。「はじめてだったのじゃ、兄上が生き身を斬ったのは… それも殺意があったわけではない。ほんので斬ってしもうたのじゃ。だから怖ろしうなって…」

で斬り殺されたのではあの黒イヌも堪らんが、斬った者がビクついて危うく殺生を重ねようとするなど愚の骨頂じゃて」とミヤマガラスは振り向きもせズ答えました。するとその背に負われた子ガラスが、「姫はなにも悪くなかろう!」と背のぬしの頭をハタく…「なにをするんじゃ、若様!」「臭いぞクソ漏らし、黙って歩け!」

 その様子を眺めて「かわいらしいノ…」と姫——小袖をかずいて顔は陰に隠れておりますが、声音からは微笑んでいるさまが窺われます。

「珍しくハシャイでおりますな」と逢坂山のニワトリ…「姫様と出逢えたことがよほど愉しかったのでしょう」

 云われてシラサギの姫、しばし押し黙ったのち、話を戻しまス。

「ただ、わらわには兄の気持ちもわかるのです。浅ましい…などとは申しませぬが、カラスが屍骸をむ姿は見ていて気持ちの良いものではございませぬ。と云うて、あのミヤマガラスや冬若丸殿が、さように卑しい者らとは思えず——」

 ニワトリ答えて曰く——

「かつては、葬礼の作法と申せば風葬が常でございまシタ。都に於いても、西は化野あだしの、東は鳥辺野とりべの、北は蓮台野れんだいのの葬送地で風葬が行われ、死んだ者は野辺に捨て置かれておりました。ミカドに於かれましても、持統帝・文武帝の代に火葬がはじまるまでは、まずもがりを行い、現身うつしみが朽ちるのを待ってから陵墓に葬られたそうにございまス」


 ニワトリによれば——古代、死のけがれは疫病のごとく怖れられ、その肉体こそが穢れの根源とされた由… 肉体がウジにたかられ浮腫むくみ腐れ朽ちゆくさまは誰しも見るに堪えませン。昔の人びともそこのところは現代人と変わりなく、腐った骸は、それそのものが災いを招く禍々まがまがしい荒魂あらみたまとして怖れられたのでございまス。

 されバ、その肉体の朽ちゆく度合いに応じて魂はきよめられ、すっかり風化して骨だけになると和魂にぎみたまとなって、子孫の守り神・祖霊それいに転じるのだと信じられてございまシタ。民俗学者の五代重によれば、火葬のそもそもは、その風葬を時間をかけずに済ました形式なのだそうにございます。

 現在納骨の儀が荼毘に付された日ではなく、四十九日や一周忌法要の際に行われることが多いのは、この白骨化を待つ風習の名残りとか——


 ニワトリ曰く——

「中つ国にくだったアメワカヒコは、高天原たかまのはらへの復命を行わず、使いのキジを射殺いころした末、高木神たかぎのかみにその矢を射返され死に申した。然れば、その葬礼の際には、吾ら鶏家けいけの御先祖はキサリ(竜頭)持ちを務め、雁氏がんじハハキ(箒)持ち、カラスどもの御先祖は宍人者ししびとを務めたそうにございまス。宍人者とは肉を扱う者のこと… これは即ち、カラスが神代かみよの昔から屍者の肉——つまり、穢れを拭い浄める役割を果たしていた証しと申せましょう」とニワトリは『日本書紀』を持ちだしてカラスの役割の重さを説き聞かせました。


 尚、これは私見でございますが、カラスが群れで屍骸を食む光景は、細部を外部から隠す効果があり、モガリ葬における青柴垣あおふしがきや仏式の土葬で見られる四十九院しじゅうくいんを連想させ、そこに黒衣の美しさも手伝って、古代の人びとの眼に神々しく映じたのではないかと思われます。


「——ゆえにカラスは神様の使わしめじゃと?」シラサギの姫は頸をニワトリに傾げ、声を殺して訊ねました。「それならウジやシデムシもまた神様の使わしめだと申されますか?」

「たしかに屍骸の崩れゆくさまは不快でございましょう。イザナギのみこととて、イザナミの「うじたかれとろろぎ」たるさまを見て逃げ出したくらいじゃからの…」ニワトリは申します…「屍骸を忌垣のうちに隠すのも葬送地へ棄てに参るのも、いてはその不快を遠ざけるため… されど、この末世に在って、屍骸は鳥辺野や化野に送られることなく、いまや路頭や門口に棄て置かれるのも珍しくない有り様… 打ち棄てられた屍骸の肉を貪り、臓腑を引きずり出すカラスどもの姿を、吾らは日々のうちに見ることとなった——それが姫様や七郎殿には赦せぬのじゃろう? と云うて、そのいらだちは、白日の下に晒されたカラスの正体に向けてか、惨たらしく突きつけられた死の有り様に向けてのことなのか——如何にや?」とニワトリは最後に問うて姫の心を塞ぎました。


 北小路に差し掛かりましたところで逢坂山のニワトリは、シラサギの姫を中鴨の森まで送るため、と子ガラスたちに別れを告げまス。

 すると子ガラスは捨てられた子犬のような顔になり、「是非、兄上に会っていただきたいのですが…」とシラサギの姫に持ち掛けますが、姫が「早う戻って兄たちのことを伝えねばならぬゆえ…」と断ると、子ガラスはのような顔になりまシタ。

「お師匠は祇園にも寄ってくださりますよね?」子ガラスはいたたまれぬまま、こんどは和歌の師匠にすがるように強請ねだります。

 さればニワトリ、「山に戻る日にでも寄らせてもらいましょう」と答えて子ガラスを悦ばせたのち、懐からふみを取り出し、ミヤマガラスに手渡しました。「母御からじゃ。一度逢坂へ帰るか、文の一つでもよこしてやりなされ」

 ミヤマガラスは恐縮して文を受け取ると、羽衣のたもとにそそくさとそれをしまいまシタ。

 それを見ていたシラサギの姫、じぶんもなにか思いだした様子で羽衣のたもとを探りだし、「冬若丸様!」と子ガラスに呼び掛けました。子ガラスにはそれがひどく嬉しかったようで、マジックで書かれたハの字マユは瞬時に消え果てまス。

「忘れておりまシタ。これをお返しに参ったのじゃ」姫はそう申して、姥桜の下に子ガラスの取り落として行った横笛を差し出したのでございまス。


 ——と、その様子を北小路の奥より眺める四ツのまなこアリ——荒神橋で起きた騒動の気配を気に掛け、鴬宿梅おうしゅくばいから様子を見に出て参った祇園林のカラスの殿様とウグイスの翁でございまス。

 二羽は松林を囲う築地ついじにもたれるように突き出した赤松の大枝から、鴨河を見下ろしておりまシタ。

「あれは冬若殿ではございませぬか?」とウグイスの翁、「あのニワトリは、もしや逢坂山の…」と云い掛けたところで、殿様が訊ねます。「あのシラサギはどちらの家の姫御か…?」

 ウグイス答えて、「小袖の被きが邪魔ですが、あの羽衣の美しさから推して——中鴨の森、津守山城守正素殿が御息女・雪透姫様でございましょう」

 それを聞くと、カラスの殿様は「ほう、あれが…」としみじみ申し、眼になにやら妖しいような色を浮かべたのでございます。


【第十四】につづく——



◆参考文献

 五来重『先祖供養と墓』角川選書 1992年

 高橋繁行『土葬の村』講談社現代新書 2021年

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