【第十二】鴬宿梅鴉鶯会見の事
祇園林のカラスの殿様が弟君の不在に気づいたのは、般若林でホトトギスの弧雲禅師と禅問答をしている最中のことにございまシタ。
禅問答と申しましてもしょせん畜生の鳥マネ禅でございまスから、人間サマのような奥深いものではございませン。
その問答と云うのもまた「手を叩いた時、鳴っているのは
そこで弧雲禅師、「アカゲラが木を突つく音は、木の幹が鳴っておるのか、くちばしが鳴っておるのか?」とトリ向けに気を利かしたアレンジをしたところ、カラスの殿様の
ちなみにアカゲラの
この中間、とかく失言をくり返すクセがあり、周囲から怒りを買うこと多く、もはや叱責慣れしてる由… この時も主人・真玄が
されバ、そこから此度の事態は露見したのでございまス。
結局ナンキョク、話題をすり替えても主人の怒りまではすり替えられズ、中間は殿様に尻を蹴飛ばされて弟君探索に飛び去って行きまシタ。
然れどモ、弧雲禅師の曲がったヘソも、殿様が中間を蹴飛ばすのを見たくらいでは元に戻りませン(そもそもヘソがございませんゆえ)。オレ様気質の殿様に
さて、殿様が赴いた先は般若林の外れの
梢では鴬宿梅主人・梅原
季節は花の候と申シましても、鴬宿梅では花の盛りはとうに過ぎ、青葉が繁りはじめてございましテ、梅木の主人に桜の話をするのもなんとなく憚られる気配… かと云うて、本日の陽気など罪のない話題では3ラリー以上の会話はつづかず、ウグイスの一啼きでもあれば多少の沈黙も埋まるのでしょうが、まさか目前のウグイスに「啼け」などと命ぜられるはずもございません。
思えば、般若林に通いはじめてそれなりの月日が経ち、その林の外れにあって知らぬ場所でもない梅の木の梢で、もはや知らぬ顔でもないウグイスの翁と対面しながら、この御仁となにも交わしたい話題がないことに思い至り、じぶんが如何に他禽に興味がないかを思い知るカラスの殿様なのでございまシタ。
「亡くした連れあいが…」と云う話をされても、奥方が居ったのか、といまさらながらに驚き、「五郎の奴めが…」と弧雲禅師を俗名で呼ぶのを聞いて、そう云えば血のつながらぬ親子であった、とようやく思いだす始末でございまス。
そんな殿様の心境を知ってか知らズか渋さ知らズか、ウグイスの翁はなんとも態度に困ル物語を話しはじめまス。
「それは妻がはじめて産んだ卵でござった。そこにホトトギスはいつ卵を紛れ込ませたのか…
ここで翁の疑問に答えまスと——一般にトリは、四個か五個目の最後となる産卵を終える頃から抱卵を開始いたします。そのうえでウグイスには、まだ産卵していない巣に托卵されると、その巣を放棄してしまう習性があるとか——
つまり、ホトトギスの托卵は、仮親が一個から三個卵を産んだタイミングを見計らい、そのスキをついて行う必要がございまス。
おそらく禅師の産みの母親は繁みやヤブのうちから翁の妻を密かに覗き見し、機会を窺っていたのでございましょう。そして並のトリであれば一個に10分前後費やす産卵を、電光石火の早業——わずか10秒で成し遂げたのでございまス。
あと、翁の妻のために弁護させていただきまスと、ウグイスの卵が明治『アーモンドチョコレート』のような卵であるのに対シ、ホトトギスの卵はそれより少し大きめの、ちょっとリッチな森永の『大玉チョコボール』のようなもの… アーモンドチョコにもチョコボールにも無縁なウグイスに、それを区別せよと云うのは酷なこと——
それにつけても罪深いのは、神がホトトギスに課したその宿業でございまス。己が望まヌ本能の為せる業とは云え、孵化したヒナに生まれて最初にさせる仕事が、仮親が産んだすべての卵を巣の外へ葬り去ることとは——
然れどモ、ウグイスの翁は「わたしは冷たい亭主でござった」と自らを責めるばかり…「和歌の勉強や横笛の修業にかまけ、ほとんど巣にも帰らず、妻の産んだ卵を五郎が次つぎと始末するのにも気づいてやれなんダ。だのに妻は——たった一羽残ったヒナだから、と卵どもの仇でもある五郎に、ただただ愛情を注いだのです」とウグイスの翁は咽び泣く——
茶飲みにも泣き上戸と云うものがあるのか、とカラスの殿様は弱り果てました。
「されば巣立ちの日となって、五郎が己が正体を明かした際の妻の歎きようと申しましたら… 妻はその悲憤のあまり病を患い亡くなりました。そののちヤツは、妻の墓前で申したのです——母上の死はわたしの業にございます。こんごは出家して母上の菩提を弔いたい、と——」
翁の家系は代々鴬宿梅を護ってきた名家なれば官寺五山との関りも深く、翁は養い児の出家を助けたそうにございます。されど、「母上の菩提を弔いたい」との表意はどこへやら——弧雲禅師となったホトトギスは上昇志向強く、持って生まれた政治力を武器に、都の武家、堺の豪商らと結んで出世街道を邁進、若くして五山第二位の般若林の住持となったのでございます。
「あの
弧雲禅師との関係が深いカラスの殿様にしてみれば、翁の悲しみに同情できぬとは申せずとも、それをオモテに出すのは難しい… と云うて、鴬宿梅の梅原家も名門ゆえに無下にはできヌ——
そこへ突如として正体不明の轟音が鳴り響きます。
はじめは地鳴りのように、次いで津波のごとく、やがて鴬宿梅や般若林の赤松を揺らし、茶が零れました。ウグイスとカラスはともに振り落とされまいと梢にしがみつきまシタ。
揺れはすぐに収まりましたが、二羽ともしばらく震えが収まりませン。すると、こんどは遠方よりトリどもの啼き騒ぐ声… 見れば、辰巳の空に何千羽と云うトリの群れが渦を巻いて舞っておりました。
「これはなにかございましたなぁ——」
【第十三】につづく——
◆参考文献
叶内拓哉・安部直哉・上田秀雄『山渓ハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥』山と渓谷社 2016年
陳湘静・林大利『鳥類学が教えてくれる「鳥」の秘密事典』(今泉忠明 監修、牧高光里 訳)SBクリエイティブ株式会社 2023年
樋口広芳『鳥ってすごい!』ヤマケイ新書 2016年
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