【第十一】荒神橋騒動の事
野良イヌどもとの決着がついたのちも荒神橋の不穏な空気は晴れず、シラサギの若殿は、争いの燃えサシに新たな薪をくべようとしておりまシタ。
「もしや、この争いに敗けた者を喰らうつもりで、黒山の群れとなって見張っておったのではあるまいナ?」シラサギの若殿は荒神橋から高みの見物を決め込むカラスどもに、剣の切っ先を向けながら申しました。
カラスどもは返事もせずニタリニタリと
若殿の弟君は兄のただならぬ様子にうろたえ、アマサギやコチドリは緊迫した気配に身じろぎもできぬ有り様——
子ガラスはくちばしを尖らせて「さようなことがあるか、わたしを誰だと思うとるンじゃ」と云いながらも素直に従ってしまう育ちの良サ——
すると姫、子ガラスを覆うじぶんの羽衣のなかに顔を突っ込み、「チョコザイな小僧め、名を名乗れ」と小声ながらも囃すように問う——
子ガラス答えて「祇園林の冬若丸じゃ」と名を告げる——
すると姫も「
さて、シラサギの若殿はと云うと、嘲るばかりのカラスどもに腹を立て、「浅ましい奴ら…!」と
「云われなくとも云うてやるわ!」——
勘太郎の腰の一本差を見て、若殿は「浪人風情が…」とくちばしを歪める——
「いま御主はわしらを浅ましいと云うたな?」と勘太郎、「わしらのどこが浅ましい?」と憤懣やるかたなき様子——
「浅ましかろう、吾らか野良イヌどもか、どちらか死ぬのを待ってそれにあやかろうと群がる姿、浅ましくなくてなんと申すか?」
「死に
「それでは、この黒イヌをどうする?」サギの若殿はもはや動かなくなった黒イヌに剣先を向けて問う…「この黒イヌを、そなたたちは喰わずにおれるのか?」
それを聞いて「どうしてそうなる?」と別のカラス…「喰うにきまっておろうが!」「腹が減って死にそうじゃ」とまた別のカラスどもが
「正体を現したな…」と若殿は
「なにを申すか? この末世で、都の辻々に打ち棄てられた憐れな
「そうなれば一番煙たがるのは御主らじゃろう!」とほかのカラスどももつづく…「ちんたら魚を突つくばかりのドジョウすくいがやいのやいの云うな!」「そうじゃ!そうじゃ!」「ハエも捕まえられんくせに!」「ウスノロは引っ込んどれ!」——
ここでシラサギの弟もいたたまれず、「吾ら
「なにを申すか!」
「ドジョウすくいはザザムシでも喰ッ「腹減ったゾ!」たれ!」
「恥知らず「黙れ!」Son of「ひっこめ!」しろッ!」
「腹減っ「なにを云「早よ喰「そこ「黙らんか!」に直れ!」」わせェ!」
「あ「骸喰ら「まだ?」い「喰い殺「喰わせろ!」だよ!」てろ!」
「
その最中、勘太郎は左の手羽で一本差の鯉口を切り、右の手羽を刀の
ここで地の利は欄干に立つ勘太郎にアリ… さらに申せバ、いちど生き身を斬ったことが、いまやサギの若殿の枷となってございまシタ。命を奪ったことへの本能的嫌悪が、
然れバ、期は満ちたり、と誰しも思ったその刹那——突然、突如として、まさに青天ノ霹靂のごとく、
「コぉケコッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
その大轟声は鴨河ヲ波立たせ、
サれば欄干に止まっていたカラスどものうち、或ル者は白眼を
一方で気絶を免れたカラスやそのほかのトリどもはと申シますと、鶏鳴の大音圧に弾き飛ばされ、蜘蛛の子を散らすがごとく一羽残らズ飛び去ってしまいまシタ。ただ、橋の下にいたサギの一群だけは鶏鳴の直撃を免れたおかげで、なんとか腰を抜かスくらいで済んだのでス。
「無事でおいでか?」と荒神橋のうえから一羽のニワトリが
すると、シラサギの姫の羽衣の陰から、子ガラスがひょっこりと顔を出シ、声の主を目の当たりにして、「お師匠!」と呼び掛けて参りました。ニワトリもまた「おお、冬若殿!」と親しげに応じます。
そう——憶えておいでと思われますが、このニワトリこそ、子ガラスの和歌の師匠にして、この日の朝、逢坂山より上洛した、かの隠禽・漏刻博士関知時にございまス。
次いで「知時殿…」と声を掛けたのは、意外にもアマサギの御前でございまシタ。ニワトリも「おお…」と息を漏らして鶏冠を下げる… あとは眼を見交わすのみでしたが、その一瞥もなにやらイワクありげな由——
ほかのサギどもが眼を白黒させるなか、和歌の弟子は嬉々として「いまの長鳴きはお師匠でスか?」「なんの御用で都に?」と師匠に矢継ぎ早に訊ねまス。ニワトリは「まあまあ…」と答えを濁しながらも、「じつは此奴にも用があっての」と眼を回したミヤマガラスの首根ッコを引っつかんで摘まみ上げてみせまシタ。ミヤマガラスはおしっこを漏らしておりました。
尚、御承知のことと思いまスが、トリの用便はひとつしかない総排出腔から糞尿取り混ぜて為されまスので、「おしっこを漏らした
和歌の師匠はミヤマガラスをぶん回しながら河原へ下りルと、「カラスどもが戻らぬうちに、ササッ」とサギの一群に促しまス。
見上げると、先刻飛び立ったカラスどもが次第に戻りツツあり、上空で渦を巻きはじめておりまシタ。
若殿はじぶんの斬り殺した黒イヌに気を取られて脚を止めましたが、ニワトリはその背を前に押しやり、「弔ってやる暇などございませんゾ。なに、気の済むだけ啄ませておやりなされ」と若殿の耳もとに囁き掛けまシタ。「それがあの者どもの神より担わされた宿業でございまス」——
【第十二】につづく——
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