【第九】橋の下の事

 申し訳ございません——何故なにゆえかような事態に陥ったか、いささか衒学ぶりペダンチックが過ぎたようで、コトの成りゆきをうっかり見過ごしてしまいました。されド、仕入れた知識はアウトプットしてはじめて身につくもの… 世のオジサンどもが知識をひけらかすのは、衰えた記憶力を補うためにございます。なにとぞ御容赦のほど——


 然れどモ、ご安心メされヨ——見過ごしました成りゆきについては、検非鷧使けびいしによる関係者への訊問などでつぶさに明らかにされておりまス。


 しこうして、それはつぎのごとき物語となります——


【検非鷧使に問われたるヒバリの物語】

 さようでございまス。あの野良イヌを斬り殺したのはシラサギに違いございませン。

 きょうは朝から鴨河の空高く揚がって花嫁を求めてさえずっておりました。するとただすの森のあたりからカラスが一羽、なんとも不格好に川筋をけ下っていくじゃございませンか。それが荒神口に架かる橋の手前でぶざまに河原の草ムラに突っ込んだのでス。おかしくて笑っておりまスと、サギと小鳥の一団がカラスの後を追うように飛んで参りまシタ。おおかたカラスがなにか悪戯わるさでもして、そのセッカンをしに追いけて参ったのでしょう。

 それからしばらくはまた囀ッテおりましたので様子は見ておりませン。

 つぎに見たのは、イヌの悲鳴が聞こえた時です。サギの一団をカラスの群れが取り囲んでおりまシタ。

 野良イヌですか? いえ、もう血にまみれてコト切れておりました。

 斬られたところでございまスか? 見ておりません。ただシラサギのうちの一羽が返り血に染まっておるように見えました。きっとそのシラサギがイヌを殺したのでしょう。


【検非鷧使に問われたるハシブトガラスの物語】

 口太はしぶとの鵜吉と申しまス。祇園林の殿様・林真玄はやしさねはる様のもとで中間をしておりまス。

 きょうは午前ひるまえから主人に従って般若林に赴いておりまシタ。いっしょに主人の弟君も参っておったのでスが、弟君はまだ幼く気まぐれなゆえ、きょうもいつのまにか行方知れズになっておって、わたしは主人に命ぜられて弟君を探しておったのでス。

 なにやら騒がしかったので、荒神橋まで翔けつけルと、サギの一群が野良イヌの群れに取り囲まれておりまシタ。野良どもは十頭ほども居ったでしょうか?

 たしかその時、シラサギの羽衣の陰から弟君とおぼしき子ガラスが見えた気がしたのでスが、その子ガラスがサギどもの人質にされておるのか、かくまわれておるのかわからズ、野良イヌどもを刺戟してもまずいと思い、とりあえず静観することにいたしまシタ。

 黒イヌを斬ったのはシラサギでございまス。それも問答無用でバッサリと… 野良どもは蜘蛛の子を散らすがごとく逃げて行ってしまいまシタ。

 子ガラスですか? さあ…あの後ご承知のとおり、がありましたので、わたしもなにが起きたかわからず、気づいた時にはサギどももドコぞへ消えておりました。


【検非鷧使に問われたるコチドリどもの物語】

橙「わしらが花見をしているところに、あの子ガラスがいきなり割り込んできたンじゃ。なあ…」

緑「ほじゃほじゃ、姫様が琵琶を弾いておる時にノ」

藍「ほじゃ、吾らの御重おじゅうをくすねていきよった」

紫「ザリガニの塩茹でをノ」

橙「姫様の大好物じゃテ」

緑「それで姫様が追い翔けたンじゃ」

藍「食べ盛りじゃからノ」

紫「わしらも仕方なしに追い翔けたンじゃ」

橙「でも、わしらも御重をまだ摘まんでおらんくてノ」

緑「残りの御重を守らにゃイカン」

藍「ほじゃ、ユスリカのかき揚にゴカイの煮しめ、バッタの串焼きとカエルの開き、あとはザリガニの塩茹で…」

紫「放かしておくとカラスどもが勝手に食べ散らかすでノ、留守番に三羽残すことにしたンじゃ」

橙「ほじゃ、赤コチドリ青コチドリ黄コチロリ…」

緑「奴めら勝手に摘まみ食いせんかノ?」

藍「あ…」

紫「あ…」

橙「あ…」

一同「イカン!」(全羽飛び去る)


【検非鷧使に問われたるアマサギの物語】

 さようで… コチドリどもがそんなことを——

 いえ、子ガラスがかすめて行ったのはバッタの串焼きでございますヨ。

 姫様がそんなさもしいことで追い翔けるものでスか。あれはわたくしの好物をくすねて行ったのでス。それゆえ、お優しい姫様はそれを取り返しに——

 追いついた時、子ガラスはすでに野良イヌどもに取り囲まれてございまシタ。きっと腹でも下したのでしょう、子ガラスはうずくまって動けなくなっておりました。そんな子ガラスを、わたくしどもは野良イヌどもから守ったのでございまス。

 いえ、違いまス。事情のわからぬ者が勝手なことを申しているのでございましょう。もしたくていたした殺生ではございませン。誰が野良イヌの血などで己が太刀を汚したいものですか——


【兄ガラスに叱られたる子ガラスの云い訳】

 いえ、坐禅会がイヤで逃げ出したのではありませン。

 かわやに行こうと御堂を出たところ、鴬宿梅おうしゅくばいのウグイス殿が飛んでいくのが見えたので、ごあいさつしようと思って追い翔けたのでス。でも鴨河のつつみの上で追いついて見てみたら、ウグイスではなくメジロでございまシタ。

 もちろん、すぐに御堂に戻るつもりでございまシたが、荒神橋のあたりが騒がしくて行ってみると野良イヌどもがシラサギの方がたを取り巻いて、いまにも咬みつかんかまえでございまシタ。見ればサギの方がたは、一羽はシラサギの姫様、もう一羽は尼サギの御前で、あとはみな小兵のコチドリばかり… とてもいくさになどなりそうにございませンでした。

 大勢のトリどもが橋の欄干から見物しておりましたが、だれも姫様方を助けようとしませんでシタ。兄上でしたらこれを見過ごせまスか? わたしは見過ごせませン。勇気を奮ってカラス天狗がごとく躍りでて、太刀振り回し、野良イヌども相手に大立ち回り… ただ、その時ウカツにもあしゆびを傷めてしまって——

 わたしがサギの人質に? どこの誰です、そんないい加減なことを云うヤカラは?

 鵜吉? あの慌てん坊の云うことなど信じないでください!

 サギの姫は、趾を挫いて動けなくなったわたしを護ってくださったのでス。姫様がいなければわたしは野良イヌどもの牙に掛かっていたかも知れませン。

 正直に申し上げて、あの時はあのままイヌどもに喰い殺されることも覚悟しました。その時です、陽の光が遮られたかと思うと、立派なシラサギが二羽、おおきな羽音を響かせて舞い降りて参ったのでス。


【父サギに事の次第を問われたるシラサギの姫の物語】

 ええ、その子ガラスと会ったのは今日がはじめてにございまシタ。

 まさかカラスが吹く笛とは思えズ、ましてあんな子ガラスであったとは… つい見入って怖がらせてしまいまシタ。

 いえ… もちろん巧みと申しましても、カラスにしては、と云う意味でございまス。それでもどれほど熱心に稽古をしてきたかは察せられますル。ならバさぞ愛着のある横笛であったハズ… それを取り落として行ってしまったのでス、おなじ管絃をたしなむ者としては捨て置けませヌ… コチドリたちに届けさせるにしても横笛はすこし荷が勝ちすぎておるでしょう? ですから横笛を拾って後を追ったのでございまス。

 追いついてみると、脚をケガしたのか、子ガラスは河岸でへたり込んでおりまシタ。

 野良イヌどもでございまスか? いえ、まだ姿は… おそらくヤブのなかから機会を窺っていたのでしょう。コチドリたちが気づかなければ、ぱっくり喰いつかれておったやも知れませヌ。

 いえ、兄上方が翔けつけてくださらなかったら、いずれあの者らに喉笛を咬みちぎられておったでしょう。

 あの時、山ほどのカラスがまわりで見物しておりましたが、一羽たりともわらわらを助けようとした者はございませんでシタ。カラスとはそんな心なき者なのでしょうか?

 兄上は、カラスどもは妾らのうちの誰かが咬み殺されるのを待っておるのだ、と申シておりました。そして死んだ者を喰うのだと… あの殿まで、それがあの者どもの神より担わされた宿業だとおっしゃっておりました。そんな怖ろしいことがございましょうか?

 それではいま頃、カラスどもは兄上が討ち果たした黒イヌをほふっておるのでしょうか——?


【第十】につづく——



◆参考文献

 芥川龍之介「藪の中」『芥川龍之介全集4』ちくま文庫 1987年

 叶内拓哉・安部直哉・上田秀雄『山渓ハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥』山と渓谷社 2016年

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