【第九】橋の下の事
申し訳ございません——
然れどモ、ご安心メされヨ——見過ごしました成りゆきについては、
【検非鷧使に問われたるヒバリの物語】
さようでございまス。あの野良イヌを斬り殺したのはシラサギに違いございませン。
きょうは朝から鴨河の空高く揚がって花嫁を求めて
それからしばらくはまた囀ッテおりましたので様子は見ておりませン。
つぎに見たのは、イヌの悲鳴が聞こえた時です。サギの一団をカラスの群れが取り囲んでおりまシタ。
野良イヌですか? いえ、もう血に
斬られたところでございまスか? 見ておりません。ただシラサギのうちの一羽が返り血に染まっておるように見えました。きっとそのシラサギがイヌを殺したのでしょう。
【検非鷧使に問われたるハシブトガラスの物語】
きょうは
なにやら騒がしかったので、荒神橋まで翔けつけルと、サギの一群が野良イヌの群れに取り囲まれておりまシタ。野良どもは十頭ほども居ったでしょうか?
たしかその時、シラサギの羽衣の陰から弟君と
黒イヌを斬ったのはシラサギでございまス。それも問答無用でバッサリと… 野良どもは蜘蛛の子を散らすがごとく逃げて行ってしまいまシタ。
子ガラスですか? さあ…あの後ご承知のとおり、あのようなことがありましたので、わたしもなにが起きたかわからず、気づいた時にはサギどももドコぞへ消えておりました。
【検非鷧使に問われたるコチドリどもの物語】
橙「わしらが花見をしているところに、あの子ガラスがいきなり割り込んできたンじゃ。なあ…」
緑「ほじゃほじゃ、姫様が琵琶を弾いておる時にノ」
藍「ほじゃ、吾らの
紫「ザリガニの塩茹でをノ」
橙「姫様の大好物じゃテ」
緑「それで姫様が追い翔けたンじゃ」
藍「食べ盛りじゃからノ」
紫「わしらも仕方なしに追い翔けたンじゃ」
橙「でも、わしらも御重をまだ摘まんでおらんくてノ」
緑「残りの御重を守らにゃイカン」
藍「ほじゃ、ユスリカのかき揚にゴカイの煮しめ、バッタの串焼きとカエルの開き、あとはザリガニの塩茹で…」
紫「放かしておくとカラスどもが勝手に食べ散らかすでノ、留守番に三羽残すことにしたンじゃ」
橙「ほじゃ、赤コチドリ青コチドリ黄コチロリ…」
緑「奴めら勝手に摘まみ食いせんかノ?」
藍「あ…」
紫「あ…」
橙「あ…」
一同「イカン!」(全羽飛び去る)
【検非鷧使に問われたるアマサギの物語】
さようで… コチドリどもがそんなことを——
いえ、子ガラスが
姫様がそんなさもしいことで追い翔けるものでスか。あれはわたくしの好物をくすねて行ったのでス。それゆえ、お優しい姫様はそれを取り返しに——
追いついた時、子ガラスはすでに野良イヌどもに取り囲まれてございまシタ。きっと腹でも下したのでしょう、子ガラスは
いえ、違いまス。事情のわからぬ者が勝手なことを申しているのでございましょう。若君もしたくていたした殺生ではございませン。誰が野良イヌの血などで己が太刀を汚したいものですか——
【兄ガラスにこっぴどく叱られたる子ガラスの云い訳】
いえ、坐禅会がイヤで逃げ出したのではありませン。
もちろん、すぐに御堂に戻るつもりでございまシたが、荒神橋のあたりが騒がしくて行ってみると野良イヌどもがシラサギの方がたを取り巻いて、いまにも咬みつかんかまえでございまシタ。見ればサギの方がたは、一羽はシラサギの姫様、もう一羽は尼サギの御前で、あとはみな小兵のコチドリばかり… とても
大勢のトリどもが橋の欄干から見物しておりましたが、だれも姫様方を助けようとしませんでシタ。兄上でしたらこれを見過ごせまスか? わたしは見過ごせませン。勇気を奮ってカラス天狗がごとく躍りでて、太刀振り回し、野良イヌども相手に大立ち回り… ただ、その時ウカツにも
わたしがサギの人質に? どこの誰です、そんないい加減なことを云うヤカラは?
鵜吉? あの慌てん坊の云うことなど信じないでください!
サギの姫は、趾を挫いて動けなくなったわたしを護ってくださったのでス。姫様がいなければわたしは野良イヌどもの牙に掛かっていたかも知れませン。
正直に申し上げて、あの時はあのままイヌどもに喰い殺されることも覚悟しました。その時です、陽の光が遮られたかと思うと、立派なシラサギが二羽、おおきな羽音を響かせて舞い降りて参ったのでス。
【父サギに事の次第を問われたるシラサギの姫の物語】
ええ、その子ガラスと会ったのは今日がはじめてにございまシタ。
まさかカラスが吹く笛とは思えズ、ましてあんな子ガラスであったとは… つい見入って怖がらせてしまいまシタ。
いえ… もちろん巧みと申しましても、カラスにしては、と云う意味でございまス。それでもどれほど熱心に稽古をしてきたかは察せられますル。ならバさぞ愛着のある横笛であったハズ… それを取り落として行ってしまったのでス、おなじ管絃をたしなむ者としては捨て置けませヌ… コチドリたちに届けさせるにしても横笛はすこし荷が勝ちすぎておるでしょう? ですから横笛を拾って後を追ったのでございまス。
追いついてみると、脚をケガしたのか、子ガラスは河岸でへたり込んでおりまシタ。
野良イヌどもでございまスか? いえ、まだ姿は… おそらくヤブのなかから機会を窺っていたのでしょう。コチドリたちが気づかなければ、ぱっくり喰いつかれておったやも知れませヌ。
いえ、兄上方が翔けつけてくださらなかったら、いずれあの者らに喉笛を咬みちぎられておったでしょう。
あの時、山ほどのカラスがまわりで見物しておりましたが、一羽たりとも
兄上は、カラスどもは妾らのうちの誰かが咬み殺されるのを待っておるのだ、と申シておりました。そして死んだ者を喰うのだと… あのニワトリ殿まで、それがあの者どもの神より担わされた宿業だと
それではいま頃、カラスどもは兄上が討ち果たした黒イヌを
【第十】につづく——
◆参考文献
芥川龍之介「藪の中」『芥川龍之介全集4』ちくま文庫 1987年
叶内拓哉・安部直哉・上田秀雄『山渓ハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥』山と渓谷社 2016年
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