【第二】漏刻博士上洛の事
逢坂山に一羽のニワトリありケリ。名を
あの
ちなみに、奇妙なことにこの『奇鳥伝』とそっくりの文章が、江戸の和学者・
このニワトリ、名前に「漏刻博士」とあるように、かつては宮中において水時計を測り、時刻を報せる官職にございました。伝え聞くに現役時代の知時の時報せの鶏鳴は、内裏を揺るがし、東は比叡山、西は嵐山、北は府立植物園から南は京都タワーまで轟いたとか… その名残りは、老いを感じさせぬほどビルドアップした胸筋と、隆々としたメロン肩に見受けることができますル。それが如何なる理由があってか、役職を辞して禅宗に帰依… いまは逢坂の山中に庵を結び、心静かに坐禅を組んで日を送る毎日でございまス。
また、住まう庵は質素にして
然れバ、祇園林のカラスの兄弟もこのニワトリの歌の弟子でございまして、中でも弟の冬若丸は武芸より学芸に興をそそられる性分なれば知時をよく慕い、知時もまたかの愛らしい子ガラスを可愛がってございまシタ。
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さて、都に桜の花咲く頃のことでございまス。
このニワトリ、滅多に山を下りることのない、尾羽の重い老鶏にございましたが、此度は思うところあり、さる弟子の招きに応じて都へ上ることと相成りました。
そもそも知時は『奇鳥伝』にも記されてあるように、「生得世に
逢坂山から都までは、ニワトリの脚でもわずか半日余りの道のり… とは申せ、俗世を離れた隠禽の身なれば、その遠からぬ隔たりも此岸から彼岸への旅路の感アリ——
その隠禽がこのたび重い尾羽を上げたのには、先年の夏、鴨河に起こった大水に由来がございます。洛中では四条から五条まで多くの家屋敷が流され、数知れぬ人畜が溺れ死んだ由——
トリどもにつきましては、樹上に巣を架ける野禽、泳ぎの巧みな游禽の多くは難を逃れたものの、飛翔の術のない家禽については為す術なく水に呑まれたそうにございます。もとより、老鶏の知己には家禽多く、河底の砂になった者は両の
大水が引いても気掛かりは消えませヌ。
近年都では、大雨、大水のみならず、
されば、大水に見舞われるような天候不順のあとに決まって起こるのが飢饉でございます。かの「養和の大飢饉」の間際にも、永らく旱魃がつづいたのちに大水が起こっておりました。その際の酷い様子を、かつて
「世の人みな飢ゑ死にければ、日を經つゝきはまり行くさま、少水の魚のたとへに叶へり。(中略)ついひぢのつら、路頭に飢ゑ死ぬるたぐひは數もしらず。取り捨つるわざもなければ、くさき香世界にみちみちて、かはり行くかたちありさま、目もあてられぬこと多かり。いはむや河原などには、馬車の行きちがふ道だにもなし」
(鴨長明『方丈記』より。※傍点筆者)
——時を置かぬうちに大水で
と申しましてモ、この道行きそのものはほんの二日三日で戻って来る程度のもの… ですから出立に際しても老鶏を見送る者は、ふだんなにかと知時の身の回りの世話をしている、裏の林に住まうミヤマガラスの
されば、この姥ガラス、老鶏がいざ都に出立する朝になっテ、都に住まう独り息子への
姥の息子は、名を勘太郎と申し、ミヤマガラスにしては珍しく、群れるのを厭い、
然れどモ、魚鳥元年に起きた「精進魚類の合戦」の折り、
そののち、一族は没落… 山深い木立に潜み、
されド、太郎は父の無念を晴らすため一念発起… 一族の再興を図るため、老いた母を逢坂山に残シ、いまは寄る辺なき都で暮らしているのだと申しまス。
然らバ、母が子を想う心は古今東西、人畜禽獣問わズ変わらぬもの… 姥ガラスが老鶏に託した勘太郎への便りにはつぎのごとき文言が記されてございまシタ。
みやこなる地はすたこし処なるに
巾着切りもおほし、盗人もおほかりしほど
立ち寄りたればと、ぱくりと来たれば
懐銭もぱあ、
然らば、汝はあつぱつぱあ
吾子や、吾子や、知らえぬな
あな、すたこし、すたこし、すたこしや
すたこし、すたこし、すたこしや
烏鵲元年三月日 母
勘太郎殿
ちなみにこの姥ガラスの便り、ふしぎなことに昭和35年に菊池●夫が歌って話題となった民謡ロック♪「ス●●イ●京」と内容が酷似しておりまス。それが果たして天文学者が豆腐の角に頭ぶつけて死ぬくらいの確率で起きた偶然の一致か、どちらかの書き手がパクッたかについて、ここで議論することは、やはりこの物語の本分ではございませン。事実の追究は後世の歴史家に託スといたしまして、話は次回につづきまス。
【第三】につづく——
◆参考文献
富岡多恵子『隠者はめぐる』岩波書店 2009年
北村優季『平安京の災害史 都市の危機と再生』吉川弘文館 2012年
鴨長明『方丈記』青空文庫 2004年
佐藤春夫『現代語訳 方丈記』岩波現代文庫 2015年
◆姥ガラスの手紙・元歌
菊池正夫「スタコイ東京」(作詞・作曲:北原じゅん)1960年
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