【第五】鳥真似禅の事
その日、キテ●ちゃんがごとき
この林には一羽のホトトギスが僧堂をかまえておりましテ、巷には「
さてこのホトトギス、俗名を
養父のウグイスは名を
ところでカラスの若君が般若林に赴いたのはこの日がはじめてではございません。ですが、正直なところ何度参っても馴染めぬ場所でございました。それでも兄君は、これも武士のタシナミじゃ、と弟をなんとか禅に馴染ませようと
ただこの日の若君は、兄君の企てた奸計に、いつも以上に激おこプンプン丸でございまシタ。
と云うのも兄君は、本日の「座禅会」に若君を誘うため、あの雪舟の国宝『四季花鳥図』のモデルとなったタンチョウヅルの
されバ若君が、丹頂尼サマに会えるゥ♡といつになく喜び勇んで赤松林に参ってみると、目当ての丹頂尼はおらず、代わりにいたのは「タンチョウヅル」ならぬ「サンショウクイ」の
だいたい「禅」と申しましても畜生のすることですから、人間サマのような上等なものにはなり得ませン。「坐禅」ひとつ取ってみても、トリの脚の構造上、
トリの脚骨格は爪先立ちでウンコ座りしているようなもの… ヒトの膝関節に当たる部位は胴体に折りたたまれて癒着しており、坐禅を組むなどドダイ無理な話なのでございまス。もしそれを承知で坐禅を組ませるなら、表に見えている脚——
そうは申シても人間サマは如何に?
トリの脚の造作をからかって嗤えるほど上等ナリや!?
かつて、
それほど気合の入った臨済禅の神髄が、都の禅僧にどこまで受け継がれておりましょう?
もとより、
吾が国の臨済禅は幕府の庇護の下、宋から五山制度を輸入して権威化を図り、全国に六十店舗余りのコンビニ禅寺をフランチャイズ展開——
五山十刹の高僧らは御家人や豪商らとのサロン活動に励んで禅問答の謎解きをレクチャー、詩会を催し、茶会を開き、にわか
そんな官寺五山の写し鏡が鳥マネ禅であってみれば、それは、より歪んだ禅にならざるを得ませン。
ホトトギスが紫の
カラスの嗅覚は一般に鈍いと思われがちですが、この手の嗅覚には長けている由… ただ、どんな生物にも個体差はございまして、家格や権威にこだわる兄君の嗅覚はアテになりそうにございません。純粋禅と鳥マネ禅の違いはおろか、鳥マネ禅と鶏メシ御膳の区別さえつくか心配でございます。
とは云え、それがたとえ純粋禅あっても、若君ののんびりした性格ではその激しさについて行くのが難しい——
そもそも禅と結ぼうとする「武士」や「サムライ」なるものがイケ好かぬ… 「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」などと
詰まるところ、「死」に怯えるさまはお仕置きで押入れに押し込められたお子様とおなじにございまス。若君は、サムライどものそんな上ッ面の勇ましさを厭う… そこに無理やり引きずり込もうとしている兄ガラスの身勝手さも、やはり腹立たしい——!
ついに若君は、兄君とホトトギスが「ソモサン!」「セッパ!」とやりあっている最中に僧堂を抜け出しまシタ。
まず心当たりとして、先刻述べたウグイスの住まう梅の銘木を訪ねてみたものの、主人のウグイスは留守の由… このまま僧堂に戻るのはシャクながら、兄君にナイショで祇園林に舞い戻るほどの勇気はございません。
それならバ、と思いついたのが、お隣の室町殿——花の御所でしばし桜を愛で、歌の二、三首詠んで僧堂に戻れば坐禅会もちょうどオヒラキの頃合じゃろう、とサッソク豚足、若君は梅の木を離れて揚げ雲雀のごとく舞い上がったのでございます。
穏やかな春の日に合わぬ、心絞めつけるもの悲しき調べ——
空の上より琵琶の音の鳴るほうを見下ろせば、鴨河のほとりに白菊が一輪咲いているのが眺められました。
菊の香りに誘われるアゲハのごとく、咲き誇る姥桜のたもとに舞い降りてみると、鴨河の流れをはさんで一羽のシラサギがございまシタ。
——白菊と見えたのはシラサギであったか…
サギは思いつめた様子で琵琶を奏でておりました。
周りではアマサギやコチドリが一心に耳を傾けてございまス。桜の枝に止まる小禽どもも琵琶の響きに聴き惚れている由… その音に惹き寄せられるトリどもの数はまだ増えていく模様… ここに人畜加わればまるで仏陀の涅槃図ナリ——
されば、若君は知らず知らずのうちに懐の横笛に手羽を伸ばしていたのでございます。
【第六】につづく——
◆参考文献
槇野修 著、山折哲雄 監修『京都の寺社505を歩く(上)——洛東・洛北(東域)・洛中編』PHP新書 2010年
柳田聖山 訳『臨済録』中公文庫 2019年
水上勉『一休』中公文庫 1978年
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます