【第三】和歌及び在五中将の事
都の北東、大原の里に一羽の尼のサギありけり。小ぶりで艶やかな立ち姿と、
このアマサギ、かの
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さて、都にも桜の花咲く頃のことでございまス。
東山や大原野では花宴が催され、洛中でも浮かれられる暇と余裕のある者なら『○○花まつり』やら『□□さくらフェス』やらにでかけ、浮世を忘れて「花より
その日、雪透姫も月清尼や
ちなみに伴のコチドリどもはぜんぶで七羽、姫の世話係兼ボディガードでございましテ、一羽ずつ、赤、橙、黄、緑、藍、青、紫の
然れバ、この日の花見の際には、宴席で摘まむための重箱弁当を橙コチドリと緑コチドリが、どこへ行くにも管絃に触れたがる姫のための琵琶を藍コチドリと紫コチドリが、河原に敷く緋毛氈を赤コチドリ青コチドリ黄コチコリ…が、ハイホーハイホーと声を合わせながら河原まで運んだのでございまス。
うららかな春の日和でございました。
空高くヒバリが
姫は、と申シますと、早熟とは云えいまだ若鳥の時分、花などかまわず、
さればとテ、やはりこのふたり、歌の師弟なれば、満開の桜を前に歌詠みがはじまるのは自然のなりゆき… それはまた当然のなりゆきとして、和歌についての問答へと転じていったのでございまス。
「月や… いまさらかようなことを訊ねるのも愚かしいのじゃが、和歌とはいったいいつにはじまったのかえ?」
「申し訳ございません、当たり前のことすぎて、肝腎なことを申しそびれておりました。姫様には歌の心をさんざん伝えたつもりでございましたのに……」
御前は姫の問いへの答えを『古今和歌集・仮名序』に求めまして、それによれば和歌は天地のはじまりとともに生まれたのだと申しまス。はじめは文字の数にも決まりなく、
以来、虫の音から鳥の声、花の匂いから月の光、尿管結石からサザンオールスターズに到るまデ、有りと有らゆるものが歌に詠まれて参りました。
もはや
迷える者は多く、悟れる者はごくわずか… 季節の移ろいに従い、虫や鳥の声、星の美しさにいくら心傾けてモ、恋や怨み、悦びや哀しみ、チラリやポロリの折りにつけ、心惑わされ、気を逸らされ、多くのことが学び残されるもの——
御前は申しまス——
「眠れぬ夜がございましたら、静かに
『古今和歌集』に、「富士の山も煙たたず」とあれば、その煙は「立たず」か「絶たず」かと論じ、「
御前曰く——
「吉野の山の梢に咲く春の花を雲として眺め、立田川の秋の流れに浮く紅葉を錦として想う… すべては心の有りようが歌になるのでございます。心静かに花を眺むれば、心は花となりましょう。心安らかに月に向かえば、心は月となりましょう。ここになんの企みや思惑がございましょうか。歌を詠むとは即ち、邪念妄想を取り払い、
つづけて曰く——
「三十六歌仙の人麻呂、家持、僧正
ここで中鴨の姫がくちばしをはさみまス。
「月や… 業平も小町もともに、色好みとされた方がたではないかえ? もちろん歌のすばらしさは疑いませぬ。だからと云うて、色と肉に溺れるような、そのような者たちがどうして御仏の化身なのじゃ?」
「姫も隅に置けませぬな。いつの間に、さように下賤な物云いを憶えたのやら——」
御前にからかわれ、姫は頬を
「かの中将は極楽世界の
御前によれば、業平は生涯のうちに3,733人と
知るらめや我にあふ身の世の人の
闇きに行かぬたより有とは
と歌に寄せて、「僕とパコパコ♡すれば
また、住吉大社への行幸の折り、じぶんが前世では
されバとて、この世では御仏と
続いて話は小野小町に及びます。
【第四】につづく——
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