巻第一 横笛

【第一】鴉兄弟及び鷺父子の事

 今は昔、祇園林にカラスの兄弟アリけり。


 兄は東市佐ひがしいちのすけ林真玄はやしさねはると申しまして、広げたる翼は五尺に迫る大ガラスにございました。

 剣術槍術は云うに及ばず武芸全般に長じ、古武道鳥手術とりてじゅつ免許皆伝、ブラジリアン柔術は黒帯、スポーツチャンバラに到っては師範代の腕前にございました。そのうえ、スポーツ万能にて、野球をすればエースで四番、アメリカンフットボールならQBクォーターバックで、生まれてこのかたこうべを垂れたることナシ… 多少気の短いところはご愛敬、不遜で損する性分はたまにキズなれど、その器量で都のカラスどもをよく束ねておりました。


 弟は名を冬若丸ふゆわかまると申シます。

 真玄とは腹違いの、歳の離れた兄弟なればまだ幼く、開いた翼の幅はリンゴ5個分の幼鳥にございました。しかれどモ、そのつややかな羽衣ういは日の光の下では青藍から紫紺を帯び、くちばし細く、つぶらなまなこはキ●ィちゃんがごとく、都のガラスどもの母性をくすぐらずにはおかぬとか——

 趣味もまた武勇に興を惹かれる兄とは対照的で、茜に移ろう東雲しののめや、薄暮の寺の鐘の音に、想いめぐらしては和歌など詠じるのを悦びとしておりました。管絃につきましても横笛の腕前は我流ながら光るものがございまして、古墨のごときくちばしの奏でる笛の音はネズミ退治にも効果的——


 さてこの兄弟、先祖を辿れば熊野三山の使わしめでございましテ、延喜帝えんぎていの御代に都へ移り住んでより、祇園林の守護ガラスを代々任ぜられて参った家柄でございまス。

 さらに申せバ、真玄の女房殿の家系も熊野から生じており、その父君は、かの京極中納言もくりかえし歌に詠んだ歌枕「生田の森」の烏鳥うちょうが大将、摂津守せっつのかみ八尺只墨はっしゃくただずみ殿にございました。このカップル、現代風に申せば、ダイゴ☆ス●ーダストと北●景子が結婚したようなもの… DAI語に訳せばさねはるいくたのひめとけっこん… そんな奥方の実家のご威光もあって、祇園の林家の家名はかつてないほどハクが付いていたのでございまス。

 むろん家名というものは個人の——や、個禽こきんの価値を決めるものではございません。家名を取り払いカラスの群れにかせば、真玄とても合の一羽に外ならず、屁のツッパリにもなりません。代々のご先祖が、神や仏や、ヒトの身勝手のあれやこれやを堪え忍んで来たからこそ、今日の一族の繁栄があるわけで、生田の姫君との縁談にしましても、先代の殿様が八尺家への盆暮れのお中元お歳暮を欠かさなかったお蔭にございます。

 然れどモ、「親の苦労子知らズ」とも申せば、さような苦労など殿様育ちの真玄は知る由もございません。加えて申しますれバ、家名が上がれば上がるほど太鼓持ちは増えるもの… 残念なことにこのカラス、叩かれる太鼓が多ければ多いほど舞い上がる性分にございました。舞い上がるなら己のみならず家名まで舞い上げたいと、弟君には生田の森に勝るとも劣らぬ名家の姫との縁談を企んでいたのでございまス。

 とは云え、都近隣を見渡せば、岩神の森のカラスの姫は従妹いとこ、片岡のもりと岩瀬の森の姫は再従妹またいとこ、藤の杜と盤田いわたの森と来瀬くせの杜の姫は再々従姉またまたいとこ常盤ときわの杜の姫は大叔父おおおじの孫で、羽束師はづかしの杜と久我こがの杜の姫はどうやら大々叔父おおおおおおじ玄孫やしゃごらしい… 衣手ころもでの森は母親の実家で、ははその森は継母ままははの実家、いつきの森とは無縁なれど、かの家の姫は代々伊勢神宮に仕える身——と畿内で名門とされるカラス一党はことごとく、とうの昔に縁戚関係が結ばれていたのでございまス。

 ——さもあれば仕方なし… この際、ゼイタクなど云ってはおれヌ。家名にハクをつけてくれるのであれば多少翼の色が違かろうと、くちばしの先がシャクレていようと、落ちてるモノを拾って食おうと、空さえ飛べれば御の字じゃ——

 伎芸に秀で、美しさにおいてもならぶ者ナシと評判の、さる異禽いきんの姫君の存在を祇園林の殿様が知ったのは、さように腹をくくって間もない時のことにございました。


   *******


 また、中鴨の森に一羽のシラサギありケリ。

 このサギ、山城守津守正素やましろのかみつもりただもとと申シ、身の丈四尺余りの文字通りのダイサギにございました。

 羽衣は薄明に浮かぶ新雪がごとく仄青ほのあおく透きとおり、肩より垂れたる飾り羽は往年のキング・オブ・ロックのフリンジにも似テ、若鳥の頃は「♪ゆえぃん・なっばら・はぁんど~っぐ…」と京都会館第一ホールのステージで腰を振っては、都のGAL鳥をカアチュンポッポと啼かせて失禁させていたとか——

 またこのシラサギ、文武にも秀で、『春秋』や『新潮』を読んでは、いにしえ武士もののふや三島由紀夫に想いを馳せ、周の時代の詩やスピッツに心染めては花鳥風月を愉しむ… その一方で弓の名手としての誉れも高く、「為朝か、古川高晴か」と喩えられ、剣を取っては日本一で、赤胴鈴●助も真っ青の壮年剣士にございました。


 さて、この正素には三羽の子サギがございました。

 嫡男たる上の男児は、名を七郎如雪しちろうときゆきと申シまして、生年19歳、羽色真白く頸骨抜け上がりデコルテも美しき、身の丈四尺に及ぶ、山城守に生き写しの若サギにございました。剣術の腕前につきましても父親譲リ、その長身を生かして大太刀を器用に扱いますル。若輩ながら「赤胴●之介も真っ青の」とはいかぬまでも、紫にはするくらいの剣の使い手として、すでに都のトリどもの評判を取っておりました。

 下の男児は次郎素雪じろう もとゆきと申シ、生年18歳、剣術においては兄におくれをとるものの、父から弓の才能を受け継いだのはまさしくこの弟君でございました。分厚い胸板と図抜けた太さの腕が弓く力は、すでに父・正素をも凌ぐと噂されるほど… 的を射抜く巧みさについても、ウィリアム・テルには及ばぬまでも、ウィリアム・バロウズくらいには狙いの正確な射手として育っておりまス。

 最後に一番下の娘ですが、生年13歳、楊貴妃の鼻を1cm高くしたような切なげな面立ち、たおやかで雪のなかの早梅の薫りを思い起こさせるたたずまいは、目にした者ならヒトでさえも歌に詠まずにおかない麗しさにございまス。さればこの姫、透明感のある羽衣がまるで新雪のようで、美しさが衣を通して輝いたと云う衣通姫そとおりひめにもなずらえられ、誰ともなく「雪透姫すずかしひめ」と呼ばれておりました。

 然れどモ、姫のチャームポイントは姿形の麗しさばかりではございません。詩歌管弦にも優れ、和歌を詠めば葦辺のツルも叶うことがなく、歌声の愛らしさは『少年アシベ』のゴマちゃんにも劣ることナシ——

 可憐な白翼の奏でる琵琶は、唐の奏者・簾承武れんしょうぶより八代を経て大納言経信つねのぶに伝わり、孫の信綱からその娘に受け継がれ、住吉の法橋証誠しょうせいへと伝えられた桂の流れを汲みますル。その絃の音は、零落の白楽天を慰めた芸妓のばちの音にも似て、かの博雅はくが三位さんみが逢坂山の盲法師のもとに三年通って学んだ秘曲の調べにも異ならないとも申しまス。それは宮中にも聴こえ伝わり、宝物殿に伝わる「大鳥」や「新白象」、Gretschグレッチの「ホワイトファルコン」などの名器を預かり弾いたことさえあるほどトカ——

 おまけに書の腕前につきましても評判で、筆運びは古筆に倣い、紫式部か日ペンの美子ちゃんかと讃えられるほどにございまス。


 然しテ、この雪透姫こそが、祇園林の殿様のメガネに適うこととなる姫君なのでございまシタ。


【第二】につづく——

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