第17話


「その程度の色仕掛けで、俺を落とせると本気で思っていたのか?」

「そ、それは」

「体形以前にやり方がなっていない。勢い任せの強引なアプローチなんて、モテない男子の幻想でしかないんだ。馬鹿正直に実行するのが間違っている」

「だ、誰が男子レベルだって」

「それに、色仕掛けがうまくいったとして、だ。お前は最後までやり遂げられるのか? その覚悟が本当にあるのか?」

「うぐっ」


 案の定、図星だったか。

 俺にまたがってからずっと、彼女の体はおこりにかかったように震えていた。男性に慣れていない証拠だ。陰気な性格で、恋人はおろか友人すらいなかったのだろう。大人の階段を何段も飛ばそうとした結果、盛大に踏み外して転がり落ちている。実際、ここも階段だし。


「う、うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」


 矢継ぎ早の追及に耐えきれなくなったらしい。藤村は突っ伏すように倒れ込むと、大声で大号泣だ。制服に涙やら鼻水やら生温かい液体が染み込んでくる。


(ちょっと、何べったり抱きついているんだい、この女は。魅命の胸でわんわん泣いちゃって、うらやましい憎たらしい)


 魂と一体化している奴が言う台詞じゃないだろう。自分の所業は棚に上げて身勝手なものだ。怪異相手なので今更ではあるのだが。





 藤村はようやく泣き止んでくれて。

 どうにか冷静に話し合う段まで辿り着けた。


「つまり、全部俺の予想通りだったんだな」

「そうよ、そうですよ。悪かったわね」


 中二病の実現を目論み既成事実を、というのは概ね正解だったらしい。キャラになりきる陶酔感とうすいかんも冷めたようで、スッキリしらふで洗いざらい吐き出してくれた。

 曰く、周囲に舐められないよう自己防衛のため、敢えて強者を演じていたとのこと。その出来に関してはいまいちだし、虚勢を張っているのがバレバレだったのだが、それについては言及するまい。これ以上プライドを傷つければ、ガラス細工の如く粉々に砕けてしまいそうだ。

 とにかく、彼女との和解は無事完了。早いところ、鏡の世界から帰りたい。


「で、どうやったら元の校舎に戻れるんだ?」

「普通に入った鏡から出られるけど」


 脱出方法は意外にもシンプルだった。

 試しに姿鏡へと腕を突き出してみると、ずるりと向こう側へと沈み込んだ。抵抗もなくスムーズに。足を入れても同様だ。そのまま頭を突っ込んで、銀色に煌めく空間を通り抜けていく。

 ものの数歩で旅路は終わり、そこは変わらぬ踊り場の景色。しかし、張り紙や階数を示す看板は正常。元の校舎に戻ってきたのだ。


「ね、言った通りでしょ」


 姿鏡からぬるっと藤村が飛び出してくる。


「藤村の〈怪異能力〉、俺は結構有能だと思うのだが。それなのに、何故落ちこぼれ扱いなんだ?」


 彼女自身は戦闘能力の低いひ弱な存在だろうが、〈怪異能力〉自体は強力な部類のはずだ。鏡の世界を行き来可能で自由度が高い。プライベートな空間として利用するもよし、他者を引きずり込んだり不意打ちに活用したりするもよし。

 では、どうして梅組なのか。


「使いづらいからよ」


 その理由は、汎用性の低さにあった。


「“ようこそ鏡の世界へミラクル・ミラーワールド”で空間移動ができるのは、私と私の執着する相手に限られているみたいなの。それに向こう側は外部からの観測が不可能。だから〈浄霊師〉は鏡の世界に懐疑的で、まともに評価されなかったのよ」

「ああ、なるほど」


 自身と特定の人にしか効果がない。しかも、分かりやすい結果も出ないとなると、低評価の烙印らくいんが押されるのも納得か。

 梅組在籍の生徒は何かしら大きな欠点がある。俺の場合〈怪異能力〉自体が使えず、間宮の場合最弱つ使いどころに乏しい、といった具合に。では藤村はというと、使用可能な範囲が狭過ぎるのだ。自ら課した制約でもなく、執着する相手という曖昧な制限がかけられている。命がけの仕事である〈浄霊師〉、その見習いとしては難ありと言わざるを得ない。

 ん、ちょっと待てよ。


「執着する相手って、俺が?」

「勘違いしないでよ。あなたの場合、好意を抱いているって意味じゃないから。むしろその逆で負の感情。嫉妬心の矛先が向いているだけだから」

「そうなのか」


 力を渇望かつぼうする身からすれば無理もないか。

 転校早々武勇伝を打ち立てられたら面白くない。それは理解できる。


「一応改めて釈明させてもらうが、俺自身は別に強くない。むしろ〈怪異能力〉が使えず、怪異そのものを直接召喚しているだけだ。梅組に押し込められたのだってそれが理由。力を使いこなせていないからだ」

「同じことよ。あなたが梅組期待の星なのは変わらない事実。竹組相手に圧勝だなんて、これまであり得なかったのよ。大ニュースだったんだから。こうして恥を忍んで、やりたくない色仕掛けをしてすり寄ったくらいなんだし」


 誰かに必要とされるのは悪くない。

 だが、どうにも神輿みこしとして担ぎ上げられている気がしてしまう。梅組反撃の狼煙のろし、その一番槍にでもなるのか。がらでもない。俺は限られた平穏を享受していたいだけなのに。

 頭をきながら、特別教室の校舎を出る。

 あと十数分で授業が再開される。急いで戻らないと遅刻だ。担任教師の態度からして罰則はなさそうだが、途中入場は個人的に居心地が悪い。藤村も同意見のようだ。尊大な態度は演技であり、中身は陰の住人らしく生真面目そのもの。お互い次第に早足になっていく。

 梅組の教室を目指し、階段を上がって渡り廊下へ。もうすぐでゴールだ、というタイミングで二人組の影が割り込んできた。

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