第16話


「言葉にするまでもない。胸に手を当てて考えてみるのだ。学園最強のダークホースと目されているのだから、心当たりの一つや二つあるはずだろう?」

「いや、ないが」

「そんなはずあるかっ。今では松組の万堂紅我とも渡り合えるともっぱらの噂であるのだぞ!?」

「いや、本当に知らないが」


 俺のあずかり知らぬところで話が大きくなっている。

 梅組の不良と竹組のチンピラを叩きのめしたのは事実だ。松組相手でも負ける気はしない。だが、それを可能にしているのはヴェノであり、多大なるリスクを背負って召喚しているが故だ。〈怪異能力〉ではない別種の力。ある意味反則技であり、同じ土俵で比べていいのか疑問が残る。

 要するに、あまり俺を持ち上げないでほしいのだ。


「悪いが俺は噂ほど強くない。だから心当たりもないし、拡げられるほどの話もない。さぁ、早くここから出してくれ」


 おおよその目的は、強さを求めて「ご指導ご鞭撻べんたつのほど」といったところか。間宮や井之口と大差ないだろう。それならこんな場所でやる必要はない。それに、教えられることは何もない。午後の授業もあるのだ。さっさと帰りたい。


「ふん、帰す訳がなかろう」


 だが、切なる願いは虚しくも棄却ききゃく

 キラリは階段を駆け下りて、勢いそのままに俺を押し倒す。

 馬乗り。あるいは騎乗位と言うべきか。

 鏡の世界でインモラルな雰囲気が漂い始める。


「なんのつもりだ?」

「見て分からぬのか?」

「分からん」

「襲っているのだよ」

「はぁ」

「性的にな」

「そうなのか」


 キラリの目的は強さではなくそっち方面らしい。

 確かに、そういう興味を持ち始める年頃でもある。俺にも身に覚えがあるし、女子の方が進んでいるというのは有名な話だ。それを加味すると、この流れもあながち間違っていないだろう。

 誰にも邪魔されぬ鏡の中で、二人ひそかにしっぽりと。現実離れした十八禁作品にありがちな展開だ。シナリオの是非ぜひは別として、テンプレートとしては悪くない。


(いや、何も良くないんだけど。私の魅命を手籠てごめにしようなんて、許しがたい暴挙でしかないからね)


 後半は脇に置くとして、良からぬ展開なのはその通りだ。

 ヴェノの嫉妬しっと以前の問題である。

 いくら無理矢理襲われたからとはいえ、相手はうら若き中学生だ。客観的な判断に基づけば、裁かれるのは間違いなく俺の方。このまま一線を越えては身の破滅。社会的な死が待ち受けている。

 まぁ、その気になれば力尽くだ。ヴェノの助けなしでマウントポジションを逆転できる。もっとも、それはそれで絵面が悪いのだが。

 さて、どう対応するべきか。


「俺を襲って何の意味がある?」

「決まっておろう。〈鉄檻〉を牛耳ぎゅうじる最強の我と、最強と噂される新進気鋭の貴様。結ばれるべき運命にあると思わないか?」


 尊大な口ぶりからして、性欲由来の行動でないのは明らかだ。色気もムードもへったくれもない。むしろ魔王と勇者の会話を彷彿ほうふつとさせる。ジャンルが別物過ぎる。

 だが、そこに状況を打破する突破口があるはずだ。

 気になるのは彼女の立ち位置だ。いや、馬乗りかどうかの話ではない。人間関係における立場の方だ。

 先程から色々と豪語しているが、その大半あるいは全てが虚偽、単なる妄想の産物だろう。あり大抵に言えば中二病だ。〈怪異能力〉持ちとはいえ黒歴史まったなし、謎の全能感がもたらす弊害へいがいである。その極北に位置するのが彼女なのだろう。見ているだけで痛々しい。


「要するに、俺との既成事実がほしいだけなんだろ」

「なっ、何を言うかっ。そ、そそそそんな訳」


 分かりやすく狼狽うろたえているな。目の泳ぎ方がバタフライだ。右往左往バタバタ迷走している。

 本当のところ、彼女は陰の支配者でもなんでもない。もちろん、最強の〈怪異能力〉も持ち合わせていない。この学園では珍しくないただの平凡な〈怪異持ち〉。更に言えば、底辺とさげすまれる梅組の一人に過ぎないのだ。

 では、何故わざわざこんな手を使って俺に近づいたのか。

 それこそ、既成事実を作るためだ。

 現状、不本意ながら俺は松組並みと噂されている。そんな俺と恋仲になれば、威光の恩恵を一身に受けられるはず。支配者という妄想を現実にできる千載一遇の大チャンスだ。逃す手はない、と目論んだのだろう。

 しかし、こんな浅はかな方法でうまくいくはずもなく。

 一部の物好きからすれば、中学生に迫られるのは願ってもいない幸運かもしれない。だが、


「色仕掛けをしたつもりなんだろうが……」


 普段より間宮や高須賀の胸に見慣れているせいだろうか。彼女の貧相なまな板ではぴくりとも食指が動かないのだ。いや、将来性はあるかもしれないが、あまりにも平面すぎて、井之口と大差ないという事実が脳裏をかすめてしまう。


「わ、悪かったわね。どうせ貧相な体ですよ!」


 視線から意図を読まれてしまったか。

 発育途上の女子を相手に失礼だった。あの二人を基準にしてはいけない。そこは素直に反省しておこう。

 それよりも、今指摘すべきなのは、


「オイ、キャラが崩壊しているぞ」


 藤村の口調が変わった件についてだ。

 強者を装う言葉遣いはどこへやら。頬をかっかと紅潮させて喚き散らしている。馬乗りの君主は年相応の少女でしかなかった。

 中二病らしくキャラを演じていたようだが、作り込みがまだまだ甘い。この程度でメッキが剥がれるようでは、〈鉄檻〉の玉座など夢のまた夢だろう。

 今こそ勝機。俺は一気に畳みかける。

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