第15話
(そんなこと言っちゃって。まんざらでもなかったんだろう?)
うるさい。そもそもの話、お前がずっと心の中に居座っているのが原因だ。たとえ誰もいなくとも、内なる怪異が四六時中語りかけてくる。おかげで完全なる静寂は皆無だ。適切な距離感が保たれぬ同居状態なので当然ではあるのだが。
(どんなに言い訳を取り繕っても、魅命は友情ごっこで嬉しくなっている。私には無意識の底の願望まで一切合切ぜぇんぶ筒抜けなんだよねぇ)
勘違いするな。
その「嬉しい」は、新たな知見が得られて興味深いという意味だ。根も葉もない深掘りをして、火のない所にせっせと煙を立てようとするな。
それに、深層心理では歓喜に打ち震えているとしても、だ。後先考えず能天気に小躍りしている訳がない。
いくら人間関係を積み上げたところで砂上の
(うーん、つくづく後ろ向きだねぇ)
おかげさまでね。
内心で吐き捨てるように悪態をつき、俺は冷たい階段を上っていく。目指すは屋上。お一人様時間を過ごすには最適だ。授業が始まるまでぼーっとしていよう。
踊り場を通過。あと何段あるだろうか、と素朴な疑問が浮かんだところで、左腕を誰かに掴まれた。
白く細い指が絡みついている。
何者かの腕が、踊り場に
「おいおい、嘘だろ」
次の瞬間、猛烈な勢いで鏡の中へと引きずり込まれる。抵抗する間もない。視界を横切っていく銀色の世界。煌めきが過ぎ去り、鏡の向こう側へと墜落していく。
「うおっ」
尻もちをつく。尾てい骨の痛みに顔を
鏡の中に引きずり込まれたはずなのに、元の場所に戻っているとはこれ
それは何か。
左右が反転しているのだ。
張り紙も階数を示す表示も全て鏡文字。何もかもがひっくり返った世界になっている。まさにそれは、
「“
鏡の世界。
答えに辿り着くと同時に、上方より
階段の先を見上げると、そこには腕を組み仁王立ちする少女が一人。切り揃えられた前髪に棚引くロングストレートヘアー。すらりとしたモデル体型には見覚えがある。
「お前は確か……
「ご名答。我こそが伝説の正体、藤村キラリ。〈怪異能力特別育成学園〉を陰より支配する最強の〈怪異持ち〉だ。恐れ
紺青の制服が示す通り〈鉄檻〉の生徒、梅組の藤村キラリだ。年齢は中学二年生あたり。ちょうど、そういうことを言いたがるお年頃だ。黒いケープを羽織り、物々しい鏡のペンダントを身に着けているのが、いかにもそれっぽい。もっとも、特別な能力を備えているのは事実だ。中身が伴っているのがややこしいところである。
彼女の印象を一言で表すのなら――陰気。人のことを偉そうに評価できる立場ではないが、友達がゼロに等しいタイプだろう。この一週間、彼女に話しかける生徒は見かけなかった。いつも教室の隅で縮こまり、怪異絡みの本を読む姿しか知らない。一瞬、名前すら思い出せなかったほどだ。セロハン並みに印象が薄い。
なので、因縁をつけられる覚えはさっぱりない。まさかコイツも、初日の騒動で物申したいことでもあるのか。いい加減にしてくれ。
(なるほど、対象を鏡の世界に引きずり込む能力か。面白いねぇ)
ヴェノの眼光が真紅に輝く。解析は瞬く間に完了。これで藤村に宿る怪異とその〈怪異能力〉は丸裸だ。
(どうやら、
紫鏡とは都市伝説の一つだ。その名を二十歳になるまで覚えていると不幸になる、とされている。具体的に何が起きるのか、どうしてその名が
そして彼女の〈怪異能力〉、“
手っ取り早いのは〈怪異持ち〉をノックアウト、強制的に〈怪異能力〉を解除させることなのだが……こちらとしても、安易にヴェノを召喚したくない。
まずは会話を試みて、穏便に帰してもらうのがベターだろう。
ただ問題なのは、コミュニケーション能力が絶望的に低い、ということか。成育歴上、他人との関わりに乏しいかったせいだ。ただし、ヴェノは除く。
「……何か用でもあるのか?」
地雷を踏まぬよう慎重に言葉を
(既にぶっきらぼうで、女子に対する言葉遣いじゃないよねぇ)
いちいち口を挟むな。集中できないだろうが。
初めて友達ができたばかりの、人生経験乏しい人間に多くを求めるんじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます