第14話


 ちりちり、と。

 突き刺すような感覚が皮膚ひふの表面を駆け抜ける。


(一番前にいる、ひらひらマントの気取った男。あいつが君のことを真っ直ぐ見つめている。もしかして、恋の矢印がびんびん向いているのかもね?)


 ヴェノの指摘通り、赤いマントの男子が切れ長の瞳を光らせている。恐らく松組を率いるリーダー的存在だ。つまり、〈鉄檻〉ひいては〈怪異能力〉のトップに君臨する生徒、と言っても過言ではない。

 ただ、ヴェノの考察は的外れだ。射貫くような視線ではあるものの、さすがに恋愛の類ではない。少なくとも、そんな生易しい色の瞳じゃない。


(冗談だよ。私に腐女子みたいなBLボーイズラブ趣味はないからね)


 お前の趣味なんて興味ない。

 むしろ腐って土に還ってほしいくらいである。

 ともかく、だ。あの視線は、相手の力量を測ろうとする眼力ではなかろうか。

 喧嘩を売るつもりかもしれない。


(あり得るかもね。初日に暴力沙汰を二度も起こしたんだ。新参者のくせに調子に乗りやがって、なぁんて腹にえかねている人間もいるんじゃないかい?)


 どこまでも他人事か、コイツは。

 まぁ、召喚したのは俺の意志なのだ。自分がいた種、身から出たさび。最終的な責任はこちらにあるだろう。

 さて、どうしたものか。

 先頭の男子と視線の鍔迫つばぜり合いをながら、次なる一手に思考を巡らせる。


 あちらに明確な害意があるとするなら先制攻撃をするべきか。松組レベルの〈怪異能力〉が相手となると、さしものヴェノでも無傷で済むとは思えない。俺に至っては致命傷を負う可能性だってある。それならば先んじて攻めに転じ、出鼻をくじいた方が勝算ありではないか。

 だが問題なのは、後ろで控える残りの六人だ。先頭の男子もそうだが、残りの男女も〈怪異能力〉が不明。勇み足は命取りだ。下手すれば大乱闘に発展し、食堂が西部劇の酒場と化してしまう。


 先頭の男子が距離を縮めてくる。眼前にやってくるまで、残りあと十メートル。九、八、七、六、五……。

 先制攻撃すべきか否か。

 選択できぬまま、ついにその時がやってくる。

 ゼロ距離。

 目と鼻の先まで肉薄した男子が睥睨へいげいし、そして――何事もなかったかのように通り過ぎていった。

 肩透かしだ。

 他の松組生徒も追従して食堂を後にしていく。

 ランチを注文せずに、立つ鳥跡を濁しまくってとんぼ返りだ。随分と派手な冷やかしである。


(なぁんだ、喧嘩も愛の告白もないなんて。せっかく出番かと思って準備体操していたのに、拍子抜けじゃあないか)


 大事にならなかっただけ幸運だよ。こちらとしても、早々お前を召喚したくない。あと、BLネタをいつまで引っ張るつもりだ。しつこいぞ。

 それよりも、だ。

 リーダー格の男子がどんな怪異を宿しているのか。噴き出す瘴気から判別はついたか?


邪険じゃけんにする割には、ちゃぁんと頼ってくれるんだねぇ。そういうツンデレなところ、結構可愛くて私は好きだよ?)


 御託ごたく戯言ざれごとも後にしてくれ。

 それで、どうなんだ?


(私だって、何でもお見通しな万能ガール、って訳じゃないんだ。相手が〈怪異能力〉を披露してくれさえすれば、どんなマイナーな怪異でも言い当ててみせるんだけどね。期待外れだったかい?)


 いいや、別に。

 分かればもうけもの程度にしか思っていないよ。

 ヴェノはあくまでもはた迷惑な怪異であり、強制的に組まされたペアに過ぎない。日頃不利益を被っている分、こちらも有効活用させてもらうだけだ。持ちつ持たれつ、利用し利用される関係である。


「なぁ、間宮。一番前にいた奴って誰なんだ?」


 それに、仲間なら他にいる。出会ってまだ一週間と日は浅いが、ヴェノよりもよっぽど信用できる。人間と怪異、比べるまでもなかろう。

 間宮は小声でこそっと質問に答えてくれる。


「えっと、マントの人だよね。あの人は万堂ばんどう紅我こうがさん。松組のリーダーをしている人で、〈鉄檻〉で一番強いって言われているの」


 予想通り、彼が最強の生徒という訳か。

 それにしても、万堂紅我か。名は体を表す、とは言うが、ファッションでも主張するとは。はためく赤いマントは自前なのだろうか。


「ここに来る前は生徒会長を務めていたそうですわ。なんでも、不良退治から学校に蔓延はびこる不正まで断罪した超エリート、なんて噂もあったそうで。もっとも、真実かどうか甚だ疑問なのですけれども」

「それ、ボクも聞いたことあります。万堂さんには先生達も逆らえない、絶対的権力があったとかなんとか。生徒会が学校を支配しちゃうなんて、まるで漫画の世界みたいな話ですよね」


 高須賀と井之口が情報を付け加えてくれる。

 真面目な生徒然とした立ち姿だったが、放つ殺気は噂の信憑性しんぴょうせいを補強するに足りるだろう。正義を重んじる完璧超人、といったところか。

 とすると、騒動を起こした俺を敵視しているのだろう。それでわざわざ視察に来た、あるいは警告のつもりだったのか。面倒な相手に目をつけられたものだ。

 松組が残した氷点下の空気も和らぎ、食堂は普段通りの喧騒に戻りつつある。高須賀は優雅にお茶をすすり、間宮と井之口も箸を進め始める。

 奴の真意は分からない。足りない情報であれこれ考えてもせんないこと。いずれ答えが出るだろう、その時を待つだけだ。

 気を取り直して、俺は鯖の味噌煮を頬張った。やはり普通にうまい。





 昼食を済ませた後のこと。

 午後の授業が始まるまでの残り時間、俺は一人静かに過ごしていた。

 食堂や体育館など生徒が集まりやすい場所を避けて、特別教室が多い閑静かんせいな校舎を散策する。

 生来騒がしいのは苦手だ。それに、一人でいる方が慣れている。初めて友達ができたのは進歩だろうが、それはそれとして人付き合いが疲れるのも事実。定期的に静寂成分を補給したくなる。

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