第13話
「ちょっと行ってきますね」
舞生は先んじて食堂の受付に向かうと、初老の女性職員と
彼は〈怪異能力〉に目覚めた最初期の一人だ。そのせいもあり、〈鉄檻〉での生活が特に長い。他の生徒は教師や職員を目の敵にしがちだが、井之口の場合その真逆を行く。それもこれも、物心つく前から生活しているが故だろう。
とことこ戻ってきた舞生は、「今日も増量してくれるそうですよ」と耳打ちしてきた。彼との交流が始まって以来、日々恩恵にあずかっている。食事は〈怪異能力〉の原動力となる、生命力に直結する重要なファクターだ。大盛にしてくれる食堂の職員達にも感謝である。
本日のメニューは
テーブル席を囲むように座る。俺の隣には間宮、向かいには井之口、その隣には高須賀が陣取る形だ。
味は可もなく不可もなく。ごく普通の定食だ。しかし、友達と――正確には違うだろうが――同じ
「疲れてもうクタクタだよ……。四時間連続で対怪異授業なんて、あたしの体力だと耐えられないです」
「そんな調子でどうするんですか。留見さんはボクより年上なんですから、もっと頑張って下さいよ」
「しょんなぁ……」
「ちょっとあなた。わたくしの舞生君に色目を使わないでもらえますこと?」
「高須賀さんのものになった覚えはないんですけど」
「あらまぁあらまぁ、もう反抗期なのね。でも、いいですわ。それも成長の証ですもの。お姉さんが全部受け止めますわ」
「あ、あはは……。魅命君、この人どうすればいいのかな」
急に対応を求められましても。
割り込む高須賀の異物感は凄まじいが、冷や水を浴びせるのも
(随分と後ろ向きな理由だねぇ。もっと前のめりに学生生活を楽しめばいいのに)
そんな意欲、とうの昔に消え失せた。
俺の中にお前という怪異がいる以上、この世の全てが
故に、間宮達との関係も一時的なものだ、と理解している。その程度の浅い関係なら、仮に失う羽目になったとしても、大して心は痛まないはず。
だからこそ、いつか訪れるその日まで、波風立てずに過ごしたい。まぁ、初日で大失敗しているのだから、既に手遅れな気もするのだが。
(ごちゃごちゃ屁理屈なんて並べずに、もっと素直に欲望を
これが俺の生き方なんだ。こうするしか方法を知らないのだから仕方ない。
と、ヴェノの
「なんで松組七人衆が……」
隣の間宮は口をあんぐり。食堂を訪れる者達に気圧されて硬直している。否、彼女だけではない。俺を除くその場の生徒全員が固まり、あるいは腰を抜かして退こうとしている。皆、本能的な恐れに支配されている。
先頭に立つのは赤いマントを
学内トップクラスの〈怪異能力〉を有する生徒達七人。それが松組だ。まさに少数精鋭であり、梅組や竹組とは別次元の特別待遇。教室は離れの校舎最上階に位置しており、専用の食堂で特別なメニューが振る舞われているという。〈鉄檻〉の中でも格差社会が構築されているようだ。
そんなエリート生徒が何故、一般生徒の憩いの場を訪れたのだろうか。
場違いにも程がある。おかげで食堂の雰囲気は氷点下まで下がってしまった。ぴんと張り詰めた緊張感が空間を支配している。
「そこにいるだけで弱小生徒を怯ませる……さすが松組ですわね。わたくしが加わるのに
声を震わせながらも、高須賀は上から目線で評論をしている。
じゃあなんでお前は梅組なんだ。と、突っ込みを入れたいところだが、下手に掘り返すと地雷を引き当てそうだ。触らぬ神に祟りなし。怪異同様、そっとしておくのが定石だ。
(何を言っているんだい? むしろ放っておかずにぐいぐい来てほしいくらいだってのに。奥手なのも可愛いけれど、二の足を踏んでばかりじゃあ人生損で悲しくならないかい?)
お前のせいで人生損している気分だよ。
自分の悪行を棚に上げて、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えるものだ。頭痛がしてくる。
「あれ、もしかしてこっちに来てないかな?」
「ですよね。これは明らかに……」
間宮と井之口が身を
正解だ。松組七人衆は間違いなくこちらへと歩みを進めている。
まさか、最下級の梅組が気に食わない、と言いがかりでもつけに来たのか。絶大な能力と権力を暴虐無人に振るい、弱者をいたぶり踏みにじる。というのは、フィクションでよくある話だろう。しかし、そんな下らないことのために、わざわざ下界に降りてくる暇人集団でもないはずだ。いくら〈鉄檻〉でも選りすぐりのエリートだ、失望させないでほしい。
(ふぅむ。どうやら、彼らの目的は君みたいだよ、魅命)
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