第二章:逆鱗地雷原

第12話


 転入してからなんだかんだ一週間が経過した。

 俺を取り巻く雰囲気は入学当初と打って変わった。これまでの疎外感とは真逆、むしろべったり纏わりつかれている。

 これまでの学校生活とは全くの別物。そもそもの話、ここはまともな教育機関ではなく、〈鉄檻〉という蔑称通りの環境なのだが。それを加味しても圧倒的落差、戸惑いは否めない。


「あのあの、魅命君」


 主に間宮のべったり具合が顕著だ。転入初日の一件以来、ことあるごとに俺と関わりを持とうとする。日常の他愛たあいもない話から〈怪異持ち〉特有の悩みや日頃の成果まで、スマートフォンの通知以上の頻度で話しかけてくる。それに、心なしか性格も明るくなったように思う。といっても、一週間程度の付き合いだ。誤差の内かもしれない。


(しかも、いつの間にか名前で呼ぶようになっているねぇ。乳もそこそこ大きいし、私の魅命に近づこうなんて生意気な子じゃないか)


 ヴェノがいらぬ警戒をしている。両耳の鈴がちりちりと警報アラーム代わりに震えていた。

 苗字でも名前でも大差ないだろうに。あと、胸の大小は関係ないだろ。確かにボリュームはあるけども。


「遂に“隙魔ジ・イントルージョン”を十回連続で出せるようになりました!」

「そうか。無理をしないようにな」

「大丈夫です。あたしの〈怪異能力〉は燃費がいいですから!」


 自信満々に言われましても。

 生命力の消費は性能の良し悪しでかなり違うのだろう。それでも使い過ぎれば元も子もない。彼女が陰ながら努力しているのは知っている。日々の鍛錬も大事だが、オーバーワークはほどほどにしてほしい。


「でもまだ、隙間に入り込むだけしかできなくて。魅命君みたいに強い〈怪異能力〉が使えるようになりたいんです。だから、その……コーチしてほしいなぁ……なんて」


 勉強を教えてほしい、みたいなノリか。

 向上心があるのは良いが頼られても困る。俺はあくまでも〈怪異能力〉が使えぬ落ちこぼれ。他の〈怪異持ち〉と一線を画す力を持つのは、直接召喚しているからに過ぎない。教えられることは毛ほどもないだろう。

 いじめの現場から助けたため距離がぐっと縮まったのか。この間柄を友達と言うのかもしれない。


(ふぅん、魅命にガールフレンドねぇ)


 なんだ、その含みのある言い方は。

 生まれてこの方友人が皆無だったのだ。祝福してくれてもいいだろうに。まぁ歪んだ愛を抱く相手に期待するのもお門違いか。


「もう、魅命さんを独り占めしないでくださいよ」


 俺と間宮の間に、一人の子どもが割って入ってくる。

 半ズボンの制服を履いた活発さ溢れる装い。ふんわりと跳ねた髪の毛とまんまる瞳が可愛らしい。梅組のクラスメイト、井之口いのくち舞生まおだ。〈鉄檻〉の学生では最年少の〈怪異持ち〉。普通の子どもなら小学五年生として、平和な学校生活を謳歌していただろう。因みに性別は男である。人は見かけによらないものだ。


「ボクだってお話をいっぱいしたいんです。ということで、今日こそ強さの秘訣ひけつを教えて下さい」

「いやだから、聞かれても答えられないんだが」

「じゃあじゃあ、日頃の練習メニューとかルーティーンとか」


 井之口も纏わりついてくる一人だ。彼の場合、強さにこだわりがあるらしい。英雄願望と言うのだろうか。正義のヒーローに憧れており、夢のために教えをう。原因は間違いなく転校初日のやらかしだ。クラスの不良はおろか、格上とされる竹組すら叩きのめした。という、不本意な武勇伝が流布るふされたのが大きい。

 怪異を召喚する危険行為に、コツはないし万人ができる裏技でもない。というか、やらない方がいいし、俺自身使わずに済む方法を知りたいくらいだ。


(私としてはもっと頼ってほしいし、どんどん呼び出してもらいたいんだけどねぇ)


 却下だ。

 寝首をく機会を虎視眈々こしたんたんと狙っているのだ。おいそれと召喚したくない。


(いけずだねぇ。ただひたすらに愛したいだけなんだよ?)


 捕食を愛と曲解しているだけだろ。全くもって嬉しくない。人間関係が深まるほどに、内なる怪異が鎌首かまくびをもたげてくる。勘弁してほしい。





 午前の授業が無事終了。四コマ全部実技授業というハードなスケジュールだった。俺以外の生徒は全員ぐったり死屍累々ししるいるい。ゾンビの如くふらつきながら昼休憩に突入だ。可哀想に。

 そんな同級生を尻目に、俺は学生食堂へと向かう。若干の申し訳なさを覚えるものの、規格外の〈怪異持ち〉だから許してほしい。


「あ、待って魅命君。あたしも一緒にご飯食べる」

「ずるいです。ボクだってついていきますよ!」


 誘った訳でもないのに、間宮と井之口が追いかけてきた。二人ともふらふら千鳥足ちどりあしだ。そこまでして同行したいのか。

 仲間と共に食卓を囲む。なんと学生らしいイベントだろう。これまでの孤独な時間はなんだったのか。面倒臭いと思いつつも、微量ながら嬉しさもこみあげてくる。


「それなら、わたくしもご相伴しょうばんにあずからせていただきますわ」


 因みにもう一人、クラスメイトの高須賀たかすが白凪しろなもついてきた。年齢は俺より二つ上。高身長で間宮以上に恵まれた胸囲が特徴的。だがそれ以上に、お嬢様の代名詞たる縦方向に巻かれた金髪という、古の少女漫画にいそうな出で立ちが印象に残る。目立つことこの上ない、高貴な味が濃厚過ぎる格好だ。彼女に関してはマジで面倒臭い。

 何故なら、その目的が井之口にあるからだ。彼を愛でるためならたとえ火の中水の中。どこであろうと血眼ちまなこでストーキングだ。かつては男子寮まで追ってきた事案もあったらしい。小動物的可愛さに心を奪われているのは分かるが、最上級生として分別をつけてほしいものだ。


「何か文句がありまして?」

「いや、別に」


 一瞥いちべつしたら、滅茶苦茶鋭い視線でにらみ返された。

 他人同士のあれこれで飛び火してはかなわない。余計な指摘はしない方が賢明だろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る