小話:夢見娘
漆黒の
どこまでも深く冷たい闇が支配する〈鉄檻〉。その体育館に一人の少女がいた。
何を隠そう、梅組最底辺の生徒――間宮留見である。
紺青の制服に赤いリボン。背丈は女子の平均程度だが、豊満なバストに
だが、現実は正反対。むしろ彼女は、自身の恵まれた肉体を嫌っていた。有効活用するどころか、それが好奇の眼差しを誘い、挙句
留見は幼少期から絵に描いたような引っ込み思案だった。
人の輪に入れず二の足を踏んで独りぼっち。おかげで小学校時代はからかわれる毎日。面白がる同級生達の玩具にされるばかりだった。
全部、自分が悪いんだ。
勇気が出ない自分が悪い。
嫌だと言えない自分が悪い。
そうやって、辛い日々を耐え忍んできた。
中学生になると、いじめはより
原因は前述の通りその肉体だった。周囲の誰よりも発育がよく、思春期男子の視線を一身に集める。おかげでイケメンからオタク男子まで、あらゆる方向性からアプローチを受けた。しかし、まともな交友関係を築けない陰の住人だ。コミュニケーション能力はへなちょこ。気の利いた返しができるはずもなく、いつも
無論、女子からの受けはすこぶる悪かった。何の取り柄もない陰キャのくせに、男子達にちやほやされて生意気だ。面白く思うはずもなく。いじめの内容は次第にエスカレートし、肉体的にも精神的にもいたぶるメニューに変化していった。
契機になったのは中学二年生の時だ。
いじめから逃げようとしたところ〈怪異能力〉が発現した。
この力さえあれば、きっともう大丈夫だ。
やっと手に入れた僅かな自己肯定感。
勇気を振り絞って、両親に〈怪異能力〉の目覚めを告白した。
本来であれば隔離確定、〈怪異持ち〉は危険生物扱いで〈鉄檻〉行きだ。それでも、両親ならきっと認めてくれるはず。いつだって自分の味方をしてくれるはずだ。
しかし、それは幻想でしかなかった。
両親は拒絶した。
唯一信頼していた相手にすら裏切られた。
自身の短慮さを呪うしかない。
結局間宮は、その日の内に連行されて〈鉄檻〉に収監された。
それからも何一つ変わることなく、梅組でもいじめられ続ける毎日。
自分はずっとこのままなのだ。
いつまでたっても成長しない、人間未満の〈怪異持ち〉。
そう諦めていた。
「でも、このままじゃ駄目なんだ」
そんな自分に今日でさよならだ。
彼に出会って、留見の心は
「巴坂君に……ううん、魅命君に
転校初日早々から、いじめの魔の手から救い出してくれた。
一生弱者と
彼となら、やり直せるかもしれない。
そんな希望がむくむくと膨らんでいた。
だからこそ、身を挺して庇ったのだ。悪名高い竹組の二人から、魅命を守らなくては。考えるより先に体が動いていた。
本当に役立ったかどうかは怪しいところだ。後で聞いた話によると、あの後自分は操られてしまい、魅命の手を煩わせてしまったらしい。
このままではいけない。
もっと彼のために尽くせる〈怪異持ち〉にならないと。
気付けば留見は、魅命のことが気になって仕方なかった。
「だって、あたしを見つけてくれたんだもん」
小さな頃から漠然とあった夢。
王子様と幸せな結婚をして、誰もが
そんな前時代的で非現実的な願望が、今になって
闇の呪縛より救い出してくれたのだ、魅命こそ王子様に適任だろう。
では
「まだまだ全然だよ。あたしの力じゃあ全然釣り合わない」
魅命の隣に立つために、彼を支えられる〈怪異持ち〉になるために。
至らぬ所ばかりである。
留見は落ちこぼれの梅組でも更にどん底最底辺。このままでは姫ポジションはおろか、友人A役にもなれないだろう。モブ中のモブだ。
少しでも強くならないと。
「“
呪文を唱えて〈怪異能力〉を発動。滑るように空中を移動すると、窓の隙間に入り込む。続けてもう一度発動。今度は用具入れの下へ。またも発動。次は扉のレールの溝へ。次々と生命力を瘴気に変換していく。
隙間に入るだけしか能がなくても、きっといつか役に立つはずだ。
そのためにも今は鍛錬あるのみ。スムーズな発動、連続使用。とにかく〈怪異能力〉の性能を上げるのだ。
こめかみから
肩で息をする。立っているのも辛い。それでも己を追い込んでいく。
今、努力しないでどうする。
幸せを手に入れるため、このチャンスを絶対モノにするのだ。
※
そんな留見のトレーニングを見つめる者が一人。
片思い相手の魅命本人だ。
夜中でも明かりが点いたままの体育館を怪しく思い、なんとなしに覗きに来たのだが、まさか留見がいるとは思っていなかった。
「あいつも頑張っているんだな」
自然と感心の呟きを漏らしてしまう。
魅命にとって、彼女はクラスメイトの女子に過ぎず、内気な弱者程度の認識だった。しかし、向上心に見どころがある。評価を改めるべきだろう。
だが、その本心、鍛錬するモチベーションの正体には気付いていない。
留見が夢見がちな経験ゼロ女子であるように、魅命は夢のない経験ゼロ男子なのだ。
進展する気配は毛ほどもなかった。
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