第3話




 時は一時間ほど前までさかのぼる。

 拘束されて、半ば強制的に連れてこられたのは、薄暗く無骨な部屋だった。

 内装はコンクリート打ち放しで、寒々しい壁が四方八方を囲んでいる。圧迫感で息苦しい。一方で四隅にはお札や注連縄しめなわに十字架など、仰々しいアイテムが雑多にまとめられている。統一感がなさ過ぎて居心地が悪い。無理矢理着せられた制服も違和感の原因だろうか。ごわごわする。

 部屋の中央で棒立ちの俺、その眼前には男女が一組立っている。

 男の方はスキンヘッドにサングラスと、近寄りがたい輩のような出で立ちだ。橙色の袈裟けさを着ているので僧侶なのだろう。しかし、椅子にふんぞり返りだらける姿からは、いわゆる生臭坊主の臭いがぷんぷん漂ってくる。対する女の方はスーツ姿にハイヒールと、キャリアウーマン然とした印象だ。それなのに、髪型は幼さ溢れるツインテールと実にミスマッチ。しゃんと屹立きつりつする姿との落差がむしろ不気味である。

 なんなんだ、この二人は。

 両者が放つ異様なオーラに気圧けおされてしまう。

 ぴんと張り詰めた静寂。

 長らくの沈黙を破り、坊主の男が口を開く。


「えーと、君の名前は確か……巴坂魅命、だっけ?」

「……そうですが」

「どうしてここに連れてこられたか、もちろん分かっているよな?」

「俺が怪異持ちだから、ですよね」

「うんうんそうだね、大正解。って、それくらいは世の常識か」


 ここは〈怪異能力特別育成学園〉。

 その身に怪異を宿す子ども達――〈怪異持ち〉が集められた教育機関だ。しかし、学園というのは名ばかりで、その実態は収容施設と表現して差し支えない。でなければ、ちまたで〈鉄檻〉などと揶揄やゆされてはいないだろう。

 蔑称べっしょうの原因はその立地にもあるだろう。何せ孤島に建てられており、周囲は結界を張られて許可のない出入りは不可能。所在地については詳細不明。道中は意識を失わされていたこともあり、日本のどこに位置するのか皆目見当もつかない。


(まるで犯罪者扱いだね。とはいえ、一般人からすれば危険因子に変わりないし、厳重な対応は妥当なところなのかな)


 とはいえ、何もしていないのに罪人扱いとは承服しかねる案件だ。

 いや、何かはしたか。

 確かに俺は怪異を用いて人を攻撃した。それはれっきとした事実だ。弁解の余地はゼロだろう。


「確か、同い年の男子三人と女子一人に全治半年の大怪我を負わせた、だったかな。随分と派手にやったみてーじゃねーか」

「連中のやったことに対する報いとしたら適当かと」

「オイオイ、開き直りってか?」

「単に事実を言ったまでです」


 中学校卒業を間近に控えた、ある日の昼休みだった。

 校舎のどこにも居場所がなく、渋々体育館裏に退避したところで、あの現場に出くわした。

 隣のクラスの男子三人と女子二人、尋常ではない空気を纏って集まっていた。男子三人は悪名高い不良達だ。度々非行を起こして補導される問題児で、一般生徒にも被害をもたらしていた。女子の内一人はどこぞの議員の娘だ。こちらも悪名高く、彼女に目を付けられると遭うともっぱらの噂だ。そして最後の一人が、その遭っている女子だ。地面に転がり擦過傷さっかしょう土埃つちぼこりにまみれている。玩具おもちゃにされているのは一目瞭然だった。


 いじめという名の犯罪現場だ。

 議員の娘が主導して、手を汚すのは札付きの男子達といったところか。何故ターゲットにされたのかは知らないが、十中八九理不尽な理由なのは想像に難くない。

 おそらく、それだけなら俺は見て見ぬ振りをした。面倒事には巻き込まれたくない、ときびすを返していただろう。

 だが、連中は一線を越えようとした。

 冷酷無比な議員の娘は配下に命令を下す。眼前の女子を襲え、と。無論、単なる暴力行為ではないのは全員理解していた。不良達も被害者の女子も、遠目に見ていた俺でさえも。

 それがだった。

 気が付けば議員の娘と不良達はボロ雑巾のようになっていた。


 騒ぎを聞きつけた教師が通報したのだろう、やってきた警察は有無を言わさず俺を連行。現場検証にて残留した瘴気が発見され、怪異持ちだとバレてしまったからだ。

 最後に見たのは、俺が助けた女子の瞳。恐怖に怯えてみ嫌うような視線が、深々と突き刺さった。

 そこから先は悪い意味でとんとん拍子だ。知らぬ間に手続きが進められ、こうして〈鉄檻〉への収監が決まった。

 

 これまでずっと隠してきたのに。

 己の内に潜む怪異をさらけ出さぬよう生きてきたのに。

 事なかれ主義で心を殺していたつもりだったが、存外感情的な部分が残っていたらしい。

 もたらされた結果からすると、その良し悪しには一考の余地があるだろうが。


「つー訳で。怪異絡みの暴力事件を起こしたお前は、なんやかんやで無事保護処分になりました、と。今日から〈怪異能力特別育成学園〉の生徒だから、その辺の理解をよろしくな」


 スキンヘッドの生臭坊主が不敵に笑う。

 保護処分と婉曲えんきょく的に表現しているが、実態は隔離措置と同義だ。一般社会では〈怪異持ち〉が手に負えないのでていよく島流しにした。大多数の一般人を守るため、異端者を排除した構図に近い。もっとも、〈鉄檻〉の方針を決めた者達は絶対に認めないだろう。あくまでも保護のため、善意で行っていると平気な顔でうそぶくのだ。明確な悪意の方が幾分マシに思える。

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