第2話
「いい子ちゃん気取って何の得があるってンのよ」
「で、でも。あたしは……その」
「だぁかぁらぁ、言いたいことがあるならはっきり言えっつってンだよ、この隙間女!」
ギャルの
他のクラスメイトは無反応だ。暴力の嵐が吹き荒れる前兆を前に、ある者は遠巻きに傍観し、またある者は無関心を決め込んでいる。
いじめを苦々しく思うも動かない、動けない。あるいは動く気すらない。それがこのクラスの日常茶飯事。あるいはこの学園全体が、だろうか。
あの時と同じだ。
ここに来る羽目になった、あの時と何も変わらない。
「いつも思うんだけどさぁ。隙間女のくせに、この乳は何ってかんじなんだけど?」
遠慮も
「い、痛っ」
「無駄におっきいモンぶら下げちゃって。隙間に入ったら押し潰されちゃうでしょ」
「えっと、それは……その。あはは」
「だったらさぁ。あーしが潰しちゃってもいいんじゃね?」
「ほら、これでもまだ笑っていられンの?」
振り上げられるマンホールの蓋。一般人であれば、その重量で殴られれば致命傷になる。たとえここの生徒でも重傷は避けられないだろう。悪ふざけの脅し程度のつもりかもしれないが、一歩間違えれば大惨事。それでも少女は愛想笑いを絶やさずにいる。否、よく見れば顔が引き
何故抵抗しない。
理不尽を前に全てを諦めてしまったのか。
(なんだ、つまるところ同類じゃないか)
俺だって同じだ。
諦観して流れに身を任せて、挙句の果てがこの現状だ。人のことをとやかく言える立場じゃない。
これからもずっと、そうやって
体の奥底、魂の内側よりどす黒い
張り裂けんばかりの自己嫌悪。
次の瞬間、弾かれたように動いていた。無意識だった。
これ以上我慢できない。
眼前で展開する非道行為にも、自分の意志を抑え込み続けることにも。
「いい加減にしろ」
マンホールの蓋と少女の間に割って入る。
予想外の横やりに、いじめっ子ギャルは目を白黒させている。被害者側の少女も突然の救いの手に困惑気味だ。あわあわと両手を胸元で震わせている。
「な、何だよ転校生。文句でもある訳?」
「そーだそーだ」
どうやら、一度痛い目に遭わないと分からないらしい。
「やめろと言っているんだ」
黒光りする蓋に向けて真っ直ぐ右手を
一触即発。火薬庫は引火の瞬間を、今か今かと待ち望んでいる。
それでもギャルは
「あーしに指図すんじゃねーよッ!」
俺の脳天へとマンホールの蓋を振り下ろした。
ギャルの体が回転し、教室の引き戸を突き破る。飛び散るガラス片。廊下の壁に叩きつけられ、
不可視の連撃。
マンホールの蓋を
「え、え?」
腰巾着は何が起きたか理解できずにいるらしい。主人が吹き飛んだというのに
一秒にも満たぬ間に状況が逆転したのだ。
「て、てめぇ。よくも俺の女に手を出しやがったな!」
椅子が床を転がり、怒り心頭を絵に描いたような男が躍り出てくる。これまた柄の悪そうな見た目だ。マンホール女の彼氏というのも納得できる。
ギャル男が呪文を唱えると、その頭部はみるみるうちに膨れ上がる。繰り出されるのは勢い任せの頭突き攻撃だ。
恋人の敵討ちのつもりらしい。逆恨みも
頭の大きさの割に器が小さいこと。
半眼で見据え、迫る男へと右手を向ける。
(敵の力量を推し量れないとは。単細胞の行動は度し難いね)
弾ける衝撃。
目にも止まらぬ一撃が
男の体が回転し、もう一つの扉を突き破る。飛び散るガラス片。廊下の壁に叩きつけられ、カップルは二人仲良く沈黙した。
残響の中、クラスメイト達は誰もが微動だにしない。
あり大抵に言えば、ドン引きしているのだろう。
ああ、またやってしまった。
事が終わってから、どっと後悔が押し寄せてくる。
これで二度目だ、感情に任せて力を行使してしまうのは。
同じ
この力は使いたくない。使ってはならないのに。
まったく、どうしてこうなってしまったのだろうか。
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