第4話
「それじゃ、新入生のガイダンスは以上でおしまいってことで」
気だるげに伸びを一つすると、スキンヘッド男は手をひらひら。自分の役目は終わったとばかりに立ち去ろうとする。が、隣の女がそれを許さない。振り下ろされる拳が無防備な後頭部に直撃。
「帰らないでください。まだ終わっていません」
「何すンだよ、痛ぇじゃねーかコラ」
「ちゃんと仕事をしない方が悪いのです」
頭にたんこぶが出来上がるも、男は何事もなかったかのように戻ってくる。頑丈なメンタルと頭蓋骨の持ち主なのだろう。
本来であれば、転入生に概要を説明するのが決まりなのだろう。校則や施設の利用についてなど、大まかに伝えて新生活への不安を
「あの。まずはお二人の名前を教えてもらえませんか?」
「そうか、まだ言ってなかったかー」
出会ってまだ数分だ。会話もほぼ交わしておらず、名前すら聞いていない。ちょっとした確認のやり取りだけだ。これでガイダンスと言い張るのだから、神経の図太さは目を見張るものがある。ちゃんと仕事しろ。
「オレはお前の担任教師だ。敬愛の心を込めてミスターTと呼んでくれ。で、こっちのつまらん女は――」
「事務員の
スキンヘッドの男――ミスターTが名乗り、それに続けてスーツ姿の女――寺骨が鉄拳を振り下ろした。またも金盥のような音がして坊主頭が揺れる。まるでボブルヘッド人形だ。愉快な動きをしている。
(軽口と暴力の応酬。これが二人のコミュニケーションなんだね)
多種多様な〈怪異持ち〉が
「ああ、そうそう。念のため聞いておくが、〈百物語事件〉は知っているよな?」
「当然です。〈怪異持ち〉が生まれた原因なんですから。そのうち歴史の教科書にも載るんじゃないですか?」
全ての始まりにして、俺の運命を
十年前、全国各地に封印されていた怪異が一斉に解放された。その原因は依然として不明。封印の耐怪異性に不備があったとか、テロ行為の一環として人為的に引き起こされたとか。大真面目な報道から
封印解放が発覚した当初は、誰もが
トラブルはよくあること、ただちに問題はないだろうし、自分が不利益を被ることなどあるはずない。野に放たれた怪異が行方不明のままでも、危機感を覚える者は数える程度しかいなかった。
正常性バイアス、あるいは平和ボケか。
解き放たれたはずの怪異達が見つからぬ理由。それは子ども達に
自身と波長の合う子どもと同化し、共に成長し、永き封印で衰えた己の力を取り戻すという魂胆だ。というのが、怪異の専門家達が出した見解である。もちろん諸説あり、異を唱える者もいるだろうが。
(いいや、実際その通りだよ。頭でっかちの連中の割には的を射ているね)
俺に宿る怪異もその一体だ。
幼少期より心の奥深くに棲みつき、
ともあれ、意思に反して怪異を宿してしまった子ども達を、総じて〈怪異持ち〉と呼ぶのだ。俺を含めて当事者の誰もが、〈鉄檻〉に収監されるという望まぬ結果に至っている。
「〈怪異持ち〉はどいつもこいつも危険だからな。〈百物語事件〉は不幸な出来事だったろうが、その辺は平和のために涙を
怪異に
もし、それだけだったのなら、一体どれほどよかっただろうか。
俺達〈怪異持ち〉の厄介なところは、その大半が〈怪異能力〉を発現させてしまうことにある。
内部に潜む怪異が成長する過程で、宿主の肉体にその特性の一端が
「存在そのものが危険だから隔離する。大多数のために一部を犠牲にするのが、ここのやり方ってことですか?」
「しょーがねーだろ。先人達がやりたい放題しちゃったんだからさ」
「一理あります。ですが、それは〈怪異持ち〉でも一部のはずです」
「一般人からしたら、そんなの関係ないんだろうよ。全員ひっくるめて要注意の劇ヤバ集団。そんでもって、自分達に有力な対抗手段がないときたら、恐れて迫害するのも無理はないんじゃねーか?」
事態が発覚したのは〈百物語事件〉から一年もたった頃だった。
次々と〈怪異能力〉を発現させていく〈怪異持ち〉達。感受性豊かで不安定な時期にある彼ら彼女らは、時にその強大な力を暴走させてしまう。〈怪異持ち〉が起こした事件事故は数知れない。一般人の犠牲者も相当数出たと聞いている。
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