第33話 ただの引きこもりと巨大剣

バルダス剣士道場の評判が上がるにつれ、猪の団の兵士の数も増えていった。


剣士道場を卒業して、そのまま猪の団に入団する者が多いからである。今や、猪の団は1000人以上の兵を擁する大きな傭兵団となっていた。


その中にはかなり高レベルの冒険者も多かった。猪の団がハイムに拠点を置いていることから、『かけ出し冒険者の街』のわりには、王都に次ぐ、戦力の高い街となっていた。



俺はというと、各方面から色々と頼まれて多忙を極めていた。


まずは、メイドカフェ『どり〜む・きゅあ♡』の2号店のオープンだ。拠点の1階にある1号店が大好評だったというのもあり、ロデリック王に直々に頼まれ、王都に2号店をオープンすることとなったのだ。


2号店の店長は、1号店と兼任して、シスにやってもらう。


「この日のために、新しいコスチュームの開発、メニューの見直し、接客レベルの向上などを図ってきたわ。あと、私のバニー姿も、さらにパワーアップして、殿方への夜のオカズの提供も抜かりなしよ♡」


「は、はは・・あまりやりすぎると捕まっちゃうぞ」


やる気のある魔王とか見たくねーッ!シスは魔王より、こちらが天職だったようだ。



それから、新しいアイドルグループのプロデュースである。『いちねんえーくみ』は、ユイとレイナを本業の冒険者に戻すため、一時、活動を休止することにした。


しかし、多くの人たちから「もっと見たい!」という要望があり、また、アイドルを目指す女の子も続々と集まってきたこともあって、「何もやらないでいると暴動が起きそう」な雰囲気なので、仕方なく新グループを立ち上げたというわけだ。


新グループの名前は『いちねんびーぐみ48』である。


「やろうども!あたいについてきな!」


「サラ、それじゃ、みんな怖がって逃げちゃうよ。とほほ・・」


メンバーを48人に増やし、サラとナディアには中心メンバーとしてグループを引っ張っていってもらおうと思う。



そして、大きなビジネスの話しも舞い込んできた。


たまたま、お客として来ていた『商人連合』の人が、厨房の調理器具『レンジレンジ』に目をつけたのだ。『商人連合』とは、大陸中の商人たちが加盟している組合のようなものだ。


「ぜひ、この『レンジレンジ』の独占販売権を、我々、商人連合に与えていただけませんか?」


「うーん、どうする?レイナ」


「・・・。契約料はいくらなの?」


「はい、手付金として、とりあえず1億ゼニスほど。販売に際しては、さらに、10%分のライセンス料もお支払いいたします」


「「い、い、1億ゼニス⁉︎」」


俺とレイナは、即答で、こう答えたのだった。


「「よろしくお願いします!」」




今、俺は拠点2階のリビングのソファーで横になりながら、ここ数日を振り返っていた。「異世界」というよりは「秋葉原」と言ったほうが正しい気がする今日この頃・・・。


これから大金も入ってくる予定だし、このまま、ここでのんびりと過ごすのも悪くない。仮に、現代日本に帰れたとしても、こんな金持ちになれる人生が送れるわけがない。


「あの、ソウタ、そろそろ暗黒魔導士の行方を探しに行きませんか?」


「ユイ、ヤツに動きがない以上、探しようがないだろ?」


「たしかにそうですが、もう三日もここでゴロゴロしてるじゃないですか⁉︎」


「ユイ、ゴロゴロしているわけじゃないよ。身体を休めているんだよ。そんなこともわからないのかな?」


「わ、わかりませんよ!道場での稽古も三日と続かなかったし、これじゃ、ただの引きこもりじゃないですか⁉︎」


「・・・・・」



そう、俺は、ユイの言うとおり、「ただの引きこもり」になったのである。だって、正直、お金はあるし、特別やらなきゃならないこともないし、こんな時は家でゆっくりするのが一番だからだ。


何の心配もなく、誰に何を言われるでもなく、思う存分、ダラダラできる・・・これ以上のことがあろうか!いや、ない!


今日の紅茶は、はるか西方の国から取り寄せた『ダージリンリン』という銘柄だ。まろやかな渋みとフルーティな香りが特徴だ。いっしょにいただくスイーツは、シスの手作りシフォンケーキ。ほどよい甘さが紅茶と合う。


部屋着は、最近お気に入りのシルクのガウンだ。肌触りが良く、締め付けがないので、とてもリラックスできる。


窓から見える景色は、雪がちらつき、とても寒そうに見えるが、目の前の暖炉が部屋を暖かくしてくれる。パチパチと燃える薪を眺めていたら、時間を忘れてしまいそうになる午後のひと時だ。そうだ、今夜はワインと魚にしよう。



「レイナも何とか言ってやってくださいよ!」


「・・・。これは、何を言ってもダメだわね。目に覇気がないわ」


「なぁ、キミたちもここに来て、いっしょに紅茶でもどうかな?」


「「キ、キミたち・・・⁉︎」」




数日後。拠点2階のリビングにて。


「ねぇ、ソウタ、この動画見てー!おかしくない?」


「あはははは、おかしいね」


魔道具『タブレ』という石板で配信を見て笑っているのは、俺とレイナだ。



チリン、チリン。


「お、出前が届いたよ」


「お腹すいたー」


届いたのは、『ピッツァ』というピザに似た食べ物だ。こんな寒い日は、暖炉の前で『ピッツァ』と『ビビア』に限る。アルコールは身体を温めてくれる。


そうだ、今夜は海鮮鍋とお酒にしよう。



「ちょっとー!二人とも!いいかげん、外に出ましょうよ!ギルドのクエスト受けてダンジョンに潜りましょう!このままじゃ、身体が鈍ってしまいますよ!」


「ユイ、犬じゃないんだから、こんな寒い日にわざわざ外に出る人なんかいないよ。風邪を引いたら大変だし、家の中でジッとしているのが賢い選択だよ。まして、ダンジョンなんて、寒くて凍え死んじゃうよ」


「そうよ。ユイもこっち来ていっしょに動画見よう?」


「くぅぅぅ!・・二人とも・・・」




さらに、数日後。拠点2階のリビングにて。


「雪がだいぶ積もりましたね」


「あぁ、そうだね。ユイも、たまには外に出て雪合戦して遊ぼうか?」


「ご冗談を、そんなことしませんよ。風邪引きますよ。あははは」


「ねー、この動画見てー!面白いよー!」


そう、気付いたら、俺たち三人は立派な引きこもりになっていたのである。

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