第26話 ダンジョン配信と巨大剣
温泉宿『タキモト』に押しかけてきた群集は、ラムザ村の人たちだけではない。中には、獣人やホビット、ドワーフまでいる。
「ソウタさま、ぜひ、私に剣術を教えてください!」
「キャー!サインくださーい!」
おぉ!パニック状態じゃないか⁉︎こんなに迫られたら・・・悪い気分じゃない!むしろ、いい気分だ!
「みなさーん、あとで降りていきますので、それまで待っててくださいねー!」
「完全にスター気取りですね」
「身のほどをわきまえたほうがいいわね」
俺たちが歩くところは、常に群集に囲まれていた。そのうち、温泉宿にまで侵入する者も現れ、温泉に入る時も、部屋で食事をする時も、トイレで用をたしている時でさえも、常に人の目にさらされるようになったのだ。
「おい!ここはプライベート空間だぞ!入ってくるな!」
「ソウタさまが、隠れて剣の鍛錬をしようとしているぞ!みんな、見逃すな!」
剣の鍛錬なんかしないっての!おいおい、どういうことだよ⁉︎プライベートも何もあったもんじゃない!せっかく、ゆっくりできると思ったのに、気の休まる暇もないぞ!
それもこれも、すべてこいつのせいなのである。
「やっほー、アニエスだよー!今日も
最近、流行りの「配信者」と呼ばれるやつだ。魔法を使って、見たものを『タブレ』という石板に投影するものらしく、視聴者は『タブレ』さえあれば、配信者が見たものと同じものを見ることができるらしい。
そして、中でも人気爆発中の配信者が、俺に粘着してるアニエスだ。カールのかかった赤髪に派手な格好、
ちなみに、ユイもレイナも知っていて、何も知らない俺はオッサン扱いされた。
「おい!アニエスとか言ったな!これ以上、人が集まったら大変だ!配信は、もうそのへんにしてくれ!」
「えー、ダメだよ!今、視聴回数が爆上がりで絶賛バズり中なんだからー!」
くっ!おまえは迷惑系ユーチューバーか⁉︎
「困りました。これ以上、人が押し寄せると温泉宿の営業も難しくなります」
「す、すいません。俺のせいで・・」
せっかくの素敵な温泉宿がめちゃくちゃだ。これ以上、女将さんにも迷惑はかけられない。
「おい!レイナ、転送魔法でハイムへ逃げよう!」
「ハイムへ行ったところで状況は変わらないわよ。むしろ、街である分、もっと多くの人が押し寄せて大変なことになるわね」
「じゃ、どうしたら・・・」
「アニエスにかけあってみてはどうですか?『集まらないように』と注意してもらえば、それを見た人たちは来なくなるのではないでしょうか?」
「やっぱり、それしかないか!」
俺はアニエスに直接かけあって事情を説明した。
「・・・なぁ、頼むよ。これ以上、俺の配信は止めてくれないか?」
「うーん、事情はわかったけど、それは難しいわね。ソウタ氏が巨大な剣で魔物を倒すのを視聴者が待っているし・・」
「その剣なんだが、今、手元に無いんだよ」
まぁ、あったところで持ち上げられないけど。
「わかったわ。じゃ、これでどう?」
そう言って、アニエスは提案を持ちかけてきた。
「わたしは本業がダンジョン配信なのだよ。ダンジョンに潜って、魔物を倒したり、お宝を見つけたり、そんな映像を配信しているの。だから、今回、キミたちにダンジョンに潜ってもらって、その様子を配信させてくれない?それなら、魔物と戦うシーンもあるだろうし、視聴者も納得してくれるよ」
療養中の身だが、これ以上、温泉宿を荒らされるわけにはいかない。
「よし・・・わかった。やろう」
というわけで、俺たちは、この近くの中級ダンジョンに潜ることになった。
「ここは、『ゴブリンの巣』と言われる洞窟だよ。魔物は弱くないわ。決して気を抜かないでね」
ユイを先頭に、俺とレイナが後に続く。その後に、アニエスが付いてくるという陣形だ。なにせ、俺の武器はミニマムダガーだけで、【力の強さ】しか上げてこなかった。恥ずかしながら戦力にはならない。
「さぁ、ソウタ氏のパーティと共に『ゴブリンの巣』にやってきたよ!今回は、見逃せないよー!」
“神回の予感”
“ついに伝説の剛剣が見られるのね!”
“ゴブリンはよ”
“おにゃのこかわいい”
“噂のデカい剣が見当たらないのだが・・”
「来るぞ!」
「「「グギャギャギャギャ」」」」
俺たちは、ゴブリンの群れに遭遇した。5、6匹はいるか。
「はぁっ!」
ユイの剣が次々とゴブリンを斬り倒す!
「ファイアボール!」
レイナの火炎魔法が敵を焼き尽くす!
「おぉ!さすが、ソウタ氏のパーティ!ゴブリンを寄せ付けない!」
“TUEEEEEE!”
“剣士の女の子かわえええええ”
“下着みたいな鎧だな!けしからん!もっとやれ!”
“魔導士のロリ娘もっと”
“つるぺたたまらん”
俺の出る幕もなく、ゴブリンは全滅した。
「終わったか」
ホッと一息ついた時、洞窟の奥の方から強い風が吹いた。その風に吹かれてランタンの火が消えてしまった。
「うおっ、真っ暗で何も見えんぞ!」
モゾモゾ
手探りで辺りを確認する。
「ひっ⁉︎」
「・・んごっ」
ん?なんだこの感触は?
「みなさん、大丈夫ですか?」
そう言って、ミーアが火をつけてくれた。
灯りに照らされた俺はというと・・・。
右手はユイの胸を掴み、左手はレイナの顔のあたりにあって、指二本は口の中に入っていた。
「て、手をどけてもらってもいいですか⁉︎」
「・・んごっ、んごっ!」
“おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお”
“神回確定!”
“エロすぎる!”
“全冒険者が泣いた”
“予想を裏切る展開(いい意味で)”
“ありがとう”
“最低”
“ソウタしね”
“やつは戦わず乳揉んで舐めさせるだけ”
「きょ、今日はこれで配信終わりー!また、見てねー!バイバーイ!」
アニエスは配信を即時終了した。それは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。
とりあえず、俺たちはダンジョンを出てきた。
「今回は、どうもありがとねー!視聴回数が過去最高を記録したよ!さすが、伝説のソウタ氏ね!」
「で、俺のイメージとか、そういうのは大丈夫なのか?」
「・・はははは・・・だ、大丈夫だよ、きっと・・・。じ、じゃ、わたしはこれで。バイバーイ!」
アニエスは、逃げるように去った。
翌日からは、温泉宿に静けさが戻った。露天風呂に浸かりながら、しみじみと思う。
「はぁ、やっぱり温泉は、こうでなくちゃ」
いつの間にかヤケドの痕も消え、松葉杖がなくても歩けるようになっていた。湯治に来たかいがあったってもんだ。
コンッ!
「痛っ」
外から小石が投げ込まれた。それは、一つが二つになり、二つが三つになっていった。
ボチャ!ボチャ!ボチャ!ボチャ!
「おわーっ!誰だ⁉︎石を投げるのは⁉︎」
「神殺しの変態は帰れ!」
「女剣士に触れるな、セクハラ野郎!」
「ロリコンソウタ!」
俺の知らないところでアニエスの配信は好評を得ていたが、大炎上したのは俺自身である。そして、『天下の変態神殺し』という不名誉極まりない称号を得たのだった。
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